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滝沢克己の人と生涯


1909年、宇都宮生まれ。1984年、博多にて死去。75歳。

九州大学教授、ハイデルベルク大学名誉博士。専門は哲学・神学。

西田幾多郎、カール・バルトの影響を受け、晩年は「純粋神人学」という

独自の学問を構想した。著作多数。



          略年譜


小・中学と一年飛び級
1924年 第一高等学校(現・東大駒場)入学
1927年 東京帝国大学法学部仏法科入学(十月退学)
1928年 九州帝国大学法文学部哲学科入学
1931年 九州帝大卒、五月より副手。
1932年 小笠原としと結婚
1933年 論文が雑誌『思想』に掲載  西田から激賞される             フンボルト協会給費生として十月にドイツ留学
1934年 カール・バルトに師事
1935年 8月に帰国 
1936年 九州帝大哲学科助手
1937年 山口高等商業学校に赴任 翌38年教授に
1943年 九州帝大嘱託講師(週一回、西洋哲学)
1945年 西田幾多郎病没  日本敗戦  
1947年 九州帝大哲学科哲学専任講師に  翌年同大助教授
1950年 同大教授
1958年 洗礼を受けクリスチャンに
1961年 九州大学文学長に(63年まで)
1965年 ドイツに招かれる  30年ぶりにバルトに再会
1968年 九大構内にジェット機墜落  全共闘とかかわる
1969年 朝日ジャーナル誌で東大全共闘議長・山本義隆と往復書簡
1971年 五月十二日付で退官(定年まで一年を残し辞職)
1972年 法蔵館から著作集全10巻が刊行(七五年完結)
1974年 ドイツに招かれ客員教授(七月より一年間)
1976年 マルコ伝講座をひらく
1977年 ドイツで客員教授  翌年四月まで教える
1978年 十二月三日、末娘・比佐子逝去
1979年 ドイツで客員教授(四〜十月)  帰国後眼病発症
1980年 手かざし治療に通い始める(亡くなるまでほぼ毎日)
1981年 マタイ福音書講座、日本人の精神構造講座をひらく
1984年 六月二十六日 急性白血病で死去。
       九月ハイデルベルク大学より名誉神学博士号を受ける


  経歴も立派だが、かれのすごさはその仕事にある  

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