南アフリカのAIDS危機と疑似科学

米科学誌Science (www.Sciencemag.org) のvol.288 19 MAY2000のEditorialのコーナーに載ったM.W.Makgoba(President od the Medical Research Council of South Africa)氏の文章を紹介します。
翻訳は本職ではないので間違いが多いでしょうが、お許し下さい。

HIV/AIDS: 疑似科学の危険

Mbeki大統領が「HIV/AIDSに関するどれほど重要な事柄を西洋から学ばねばならないとしても、西洋の経験を単純にアフリカの現実に重ね合わせることは不合理で非論理的だ」と宣言するオープンレターを発表するに至って、AIDSの流行に対する南アフリカの対応は政治が不当な主導権を握ることになった。皮肉なことにこの「アフリカの現実」に対する間違った解決方法を教えたのはアフリカ人ではなく、しばし「異端者」と呼ばれる西洋の科学者集団である。
 これは南アフリカがAIDS危機に対してとってきたたくさんの政治的決断の最近の一例でしかない。1998年にはMbeki大統領はじめ多数の政治家が安価なAIDS治療薬としてvirodeneを、何の科学的根拠もなく、熱烈に歓迎した。AZTとnevirapineが母から子へのHIV感染を抑制するという証拠があるにも関わらず政府は母子感染予防のための妊婦へのAZT投与を拒否した。この決定はHIVの母子感染が全HIV感染者を毎年10%増加させている国に、重大な道徳的倫理的ジレンマをもたらした。もっと最近では、科学的証拠もなしに、アフリカの栄養失調と貧困がAIDSの原因であるとする政治的運動が行われ、これは馬鹿げているだけではなく一種の国家的思考停止である。南アフリカは今やしばしば政治家に信奉されてきたタイプの疑似科学の孵化場となっている。
HIVの流行が制御できたかもしれない1990-95年には南アフリカは機能する政府を持たず、流行に対処するための公衆衛生策もなかった。現行政府は革新の真っ最中であった。新しい民主的制度が驚くべき早さで創り上げられた。新しい、複数人種からなる南アフリカを創ろうという英雄的努力のただ中では、HIVの流行はたくさんある問題のうちの一つにすぎなかった。そしてUhuruの熱狂とアフリカの社会変革が一段落した今、政府はHIV/AIDSの爆発的流行に対処する短期的及び長期的戦略がないために転覆しかかっているのに気がついた。間違いを認める代わりに、政府は修正主義者たちの理論のもとに退却し始めたのだ。
 HIVがAIDSを引き起こすことははたくさんの注意深い実験や臨床例研究から疑う余地はない。一方貧困や栄養不良、たくさんの慢性感染症などのアフリカでよく見られる条件そのものがAIDSに特有のCD4+細胞の減少による免疫不全を引き起こすという証拠は何もない。疑似科学的言説の混合により補助因子と原因を混乱させることは、拒否感や狂信的愛国主義や恐怖、無関心がはびこる社会では科学的・政治的に危険である。そのような社会では科学的事実の恣意的操作や間違った解釈は流行をさらに激しくするだけである。  高度に特異的で有効な抗レトロウイルス剤の導入により、HIV/AIDSの性質は変わってきた。今日先進国ではAIDSはコントロール可能な病気と見なされている。しかしこれらの薬物は万能ではないしHIV/AIDSを治癒するものでもない。さらに途上国でこれらの処置を行うことはHIVウイルスの持続的供給を意味し、深い倫理的道徳的ジレンマがある。南アフリカ政府はこうした問題に、政治及び研究レベルで迅速に、毅然と対応しなければならない。
 HIV/AIDSに関する異端的理論とそれを支持するMbeki大統領により引き起こされた南アフリカの政治的・科学的異常は、南アフリカ及び南アフリカ人に予想以上に広範な影響を与える。現在の議論は現行政府の建設的公衆衛生政策の根幹を脅かし、AIDSの流行の軽減と根絶のために努力してきた人々を混乱させ感染患者や家族の道徳に間違った影響を与える。強固な科学的研究基盤をこれからつくろうとしている国にあって科学者や科学的手法に対する疑義はことさら危険である。さらにこうした状況は南アフリカに対する投資家の信頼を損ない経済危機をも招くかもしれない。我々が現代で犯した最も大きな罪の共犯者とならぬよう、南アフリカはもうこれ以上間違いをおかしてはならない。

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 南アフリカのこうした状況を日本は他人事だと言えるのでしょうか。少なくともアメリカの科学界はこの文章を載せることで疑似科学に対する危機感を表明していると思いますが、日本はどうでしょうか?あまり擬似科学という側面からの報道もされてないようだし、危機感はないように思えます。
 化学7月号で東大・生技研の安井教授が日本のサイエンス・リテラシーが主要14カ国中13位で、「非常によく知っている」というレベルはせいぜい2%程度、「比較的よく知っている」というレベルでも20%以下でイギリスやデンマークの1/3というお寒い状況について紹介されてるのですが、これで科学技術立国なんてどうして言えるのでしょうか。もちろん「知らない」人たちが常に間違った行動をするわけではなく、「自分たちはよくわからないから知ってる人に聞いてみよう」と考えているのであれば多分大きな問題にはならないでしょう。ところが日本の場合、大学進学率だけは非常に高い故に「知らない」ことを認めない、あるいは「知らない」ことに開き直ってしまう状況があるような気がします。そうでなければこれほどたくさんの疑似科学が世間に広がっているはずはない、と思うのですが。ライフスペースによるミイラ事件のような特異な例だけではなく、たばこの害を認めないJTの上層部、占いや怪しげな健康情報を垂れ流して飽きることのない放送局、「買ってはいけない」のような悪本を賞賛する朝日新聞社、とにかく自分たちは正義だと信じて疑わない生協や消費者連盟のような市民団体等々、数え上げればきりがない。科学は人間にとって都合の良いことばかりを示してはくれないし、わかりやすくもないし、現実はしばしば人間の努力など及びもつかないようなものではあるけれども、それでも我々が進む道は粘り強い科学的思考を積み重ねる以外にはないと思います。考える努力を止めたとき、そこに擬似科学の誘惑がまっています。科学者もおかしいことはおかしいと、もっと発言しましょう。世間にこれだけ擬似科学がはびこるのは科学者にも責任があるのだから。

続けて紹介するのは
Science,14JULY2000, p222 NEWS

AIDS会議
南アフリカの指導者はHIVとAIDSに関する合唱に参加するのを拒否した
Durban、南アフリカ発
南アフリカ大統領Thabo Mbekiが先週日曜日Durbanで行われた第8回国際AIDS会議のオープニングセレモニーの演説のために立ち上がったとき、Kingsmeadスタジアムにつめかけた何千もの研究者は彼が「 HIVはAIDSの原因である(HIV causes AIDS)」というたった三つの単語を話すことを期待した。しかし彼は言わなかった。「彼は深刻な事態だというのに無駄口をたたいた」とSowetoにある大きなChris Hani Baragwanath病院で周産期HIVクリニックを運営している小児科医、Glenda Grayは言った。
 HIVには南アフリカの成人の5人に一人が感染しており、世界中でどこよりも感染者が多い。Mbeki氏は迫りくるAIDS危機と戦う政策を立案するための委員会を招集した。が、彼はそのメンバーにHIVは病気を引き起こさないしAIDSが新しい病気ではなく古くからある病気をまとめて新しい名前をつけたのではないかと主張するいわゆる「異端者」を入れたのだ。世界中の科学者はもう何年も前に終わった議論を主張する異端者に新たな活力を与えるMbeki氏を非難し、そうした異端者から離れることを望んだ。
 Mbeki氏は6月14日に行われた会議のスピーチでこの批判に正面から言及した。Mbeki氏いわく「私と我々の政府がHIV/AIDSを巡って重大犯罪であり大量虐殺にも匹敵する失政を行っているのではないかと考える人がいる。私は繰り返し大きな声で、しばしば怒声で「何も聞くな」と言われる」
 しかしながらHIVの役割について彼自身の立場を言明するところにきてMbeki氏は何も直接には言わなかった。彼のスピーチのほとんどは、「深刻な貧困が世界の病気や健康被害の最大の原因である」と指摘した1995年のWHOレポートからの引用であった。一方Mbeki氏は政府はコンドーム使用を奨める対AIDSキャンペーン、AIDSワクチンや抗HIV薬の研究及び「AIDSやHIVとともに生きる人々」への人道援助などを推進することも言明した。しかし彼は、赤ちゃんへのウイルス感染を50%減らせることがわかっている妊婦への比較的安価な抗HIV薬の投与を行わないという彼の下した決定については言及しなかった。
Mbeki氏がHIVがAIDSの原因であると直接認めなかったことはAIDS研究者を怒らせた。「今までの全てに終わりを告げるいい機会だったのに、彼はそうしなかった。」とMbeki氏の召集した委員会のメンバーでJohannesburgの国立ウイルス研究所のウイルス学者のLynn Morrisは言う。会議に参加した多くの科学者も落胆の感情を示した。「彼は全アフリカ大陸の劇的な指導者たることができるはずだったのに、失敗した。」アメリカ国立アレルギー・感染症研究所の所長であるAnthony Fauciは言う。
 しかしながら南アフリカの研究者のトップにはこのスピーチを一歩前進とみる向きもある。「最近数ヶ月の状況を考慮するなら、上出来の演説だった」と言うのは南アフリカ医学研究会議の議長でありMbeki氏の委員会のメンバーでもあるMalegapuru William Makgobaである。「彼はAIDSについてだけ話すこともできた。なのに彼はHIV/AIDSについて語ったのだから、HIVとAIDSに関係を認めたのだ。」ある人々は言葉遊びにすぎないと見るものをMakgoba氏はMbeki氏にとって議論を避けるための「賢いやり方」だと言うのだ。Makgoba氏によればこの演説を非難するのは粗野だということだ。
 この演説自体はいわゆる「Durban宣言」を公表するプレス会議の予想外の突然のキャンセルを巡るうわさや論争の後で行われた。5000人以上の科学者がHIVがAIDSを引き起こすことを宣言した文書にサインし、Nature 6/6号に発表された。この宣言は明らかにMbeki氏を怒らせ、彼のスポークスマンは週の始めに、この文書が大統領のところに送られてくれば彼はそれをゴミ箱に捨てるだろうと言っていた。
 Mbeki政府はこの文書にサインした南アフリカの科学者を、プレス会議で発言したら政府の資金援助を失う、と脅迫したのだとの推測も多かった。しかし会議の座長であるHoosen Coovadiaは「我々にキャンセルするよう圧力がかけられたのではない」と強調する。Chris Hani's Grayが言うには、単にMbeki氏の期待された演説の前夜に、彼に反対するのを避けるためにプレス会議をキャンセルしたにすぎない。彼らは、その穏やかな態度が、大統領にアパルトヘイトの苦悩とHIV/AIDSの苦悩を交換したかのようなこの国の悲しい歴史物語の悲しい章を終わらせることを促すことを期待したのだ。
-Jon Cohen

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例えば先の沖縄サミットで、感染症対策が重要な国際的課題として確認された、というようなことが記事になっていましたが、その深刻さがどれほどのものか、日本のマスコミはわかっているのでしょうか?

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