アカデミック・ハラスメントと題された記事がScience 219巻(2001年2月2日号)817-818ページの NEWS FOCUSというコーナーで取り上げられていた。記事の執筆者はDennis Normile氏で、日本の大学における女性差別の原因になるのが講座制というシステムであることなどを取り上げている。グラフは各種専門分野ごとの学部学生、修士、博士課程における女性の割合と大学職員に占める女性の割合とを並べて比較したものを出している。人文学だと博士課程までの学生は半分以上が女性であるにも関わらず、教官は僅か10%強という不自然さである。
ところでこの記事のきっかけとなったのは奈良医大アカハラ訴訟という裁判の判決が出たことであり、Scienceでも目次のページと記事の本文の両方に原告であるOさんの写真を載せている。訴訟内容は彼女の支援者が作っているらしいページに詳しく載っているのでそちらをごらん頂きたい。判決は県に55万円の損害賠償を求めたもので、県は控訴している。
そこで私が違和感を抱くのは、この事件が本当に「アカデミック・ハラスメントの典型例」とは思えないことなのである。確かに女性差別は存在する、大学でいろんな意味で嫌がらせを受けたという女性はたくさんいるだろう。Scienceの記事にも別に異論はない。けれども彼女の事件については、私個人としては全く彼女の意見に共感できないのである。

彼女のページを見るとこう書いてある。

私は、助手として奈良県立医科大学に採用されて以来、今年(1998年)で22年になります。その間自分の研究テーマを持って研究をおこない、業績も挙げてきました。
・1949年生まれ。大阪府在住。
・大阪市立大学理学部を卒業。同大学院理学研究科博士課程を中退。
・現在、奈良県立医科大学 公衆衛生学教室 助手
・医学博士。

つまり27才で助手になりその後51歳に至る今までずっと同じポストにいるということのよう。
さらにこうも書いてある。

<アカハラのおこる背景>
 被害を受けるのが女性の場合には、女性差別が背景に必ずあります。女性は研究能力の如何にかかわらず、実験補助としてしかみなされず、長年勤めても昇任はありませんでした。20年以上助手のままという女性はざらにいます。私も24年間助手のままです(2000年)。
私は、医学博士号をもち、研究業績もあります。外国に留学し、国際学会でも発表しています。講義もおこなえます。 講師以上の職に昇進させるのに、なに一つ欠けるものはありません。

多分、意地悪だろうなとは思ったのだけれど、フルネームが載ってたので文献検索サイトhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/PubMed/で論文を探してみた。
Ogoshi-K, Naraでサーチ、その結果がこれ(2001年2月24日)。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov:80/entrez/query.fcgi?CMD=search&DB=PubMed
ヒットしたのは僅かに5件、うちファースト・オーサー3報、いわゆる一流誌は一報もない。
結婚して姓が変わってる可能性もあるのだけれど、この中でもっとも古いのが1989年のものだから、少なくとも12年間でこれだけしかないとは言えよう。
(ちなみに二流研究者を自称しているUneyama-Cだと52件ヒットする。これは全て私であって、同姓同イニシャルの人はこの業界にはいない)ここで検索できるのは英文のみだけれど、研究者にとっては日本人にしか通用しない文章は業績とは言えないだろうから充分だろう。
結局これから想像できるのは、新任教授は仕事のできる別の人材を採用したかったのだろうけれど、身分が公務員のため自発的に辞めてもらう以外に方法がなく、嫌がらせをして辞めると言わせようとしたのだろうということ。もちろんその嫌がらせが正当な行為でないことは言うまでもない。けれど事件の発端が1993年で、今でもこの助手と教授は教室にテープを持ち込んで録音したり裁判で争ったりということを続けながら同じ教室に居続けているわけだから、傍目には驚異的である。まともな研究なんかできないだろうし、まともな医者をつくるための講義もちゃんとできているのか心配になる。
この事例が現在助手クラスの若い人たちに何らかのメリットがあるかというと多分それはない、と断言できる。現在多くの大学や研究機関で、研究者の採用は最大でも5年契約がほとんどだからだ(研究を主導する立場のチーフだってそうだ)。その間に有用な人材であると判断されない限り、延長はない。結果を出さなければ研究主任だって次の仕事はない。だから20年以上も同じポストに居続けることはまず不可能だし、気に入らない人を辞めさせるための嫌がらせなどする必要もない。契約を更新しなければいいだけなので。

Oさんはこうも言っている。

女性で、自立した研究者で、教授にこびへつらわない者は、目障りなので出ていって欲しいのです。昇進など、とんでもないというところで しょう。その代わり、研究妨害、誹謗中傷、転退職勧奨がおこわれるのです。目的が、目障りな者を排斥することにありますから、当人が辞めるまで続きます。

自立した研究者なら、より良いポストを求めてどんどん移動するべきだし、そうしようと国レベルでもいろんな対策を講じてきている。今大学院を出て博士号を持ってポスドクのポストを転々としているような人たちは、30台でも4割ほどは研究者として残れないだろうと言われている。彼らにOさんの話をしてみればなんと言うだろうか?間違いなく、自分の方が業績もあり体力もあり、そのポストをあけ渡して欲しいと言うだろう。そして医学部なら医師免許を持っていない人間が昇格できないことに特に問題はなく、むしろ当然なのである。県立大学ならなおさら、その使命は優秀な臨床医を育てることにあるはずで、研究ができるかどうかは二の次にされても仕方ないのではないか。

研究職はブルーカラーではない。高度専門職である。だから結果が出せない場合は引退すべきであると私は思う。働く権利だとか雇用者の責任だとかいうような「運動」はよそでやって欲しい。
(Oさんのページのリンクにがんばれ国労闘争団 なんてのがありました。)

女性差別は許し難い。だけど何でも「女性だから差別された」と言ってしまっては、本当に良い仕事をしてるのに評価されない人たちにとっては逆に迷惑。この事例を見て、「女はこれだから扱いにくいんだよな」と頷き合ってる男権主義者たちの喜ぶ顔が想像できてしまう。Scienceの記者がこういうことまで理解できるとは思わないけれど。

Back