大豆の話
日本人の生活に欠かすことのできない大豆。この最も身近なはずの作物が今いろいろな意味で問題になっています。「環境ホルモン」として、「遺伝子組み替え作物」の代表として。都会生活を送る今の私に聞こえてくる言説は、今や大豆が身近な植物ではなくなってしまったということを物語っており、非常に悲しく思われます。というわけで大豆にまつわるあれこれを書いてみました。
大豆を育てる
実家では大豆は味噌の原料などとして自家消費分はいつも作っていたと思います。でも必要以上に作らなければならなかったのは「減反政策」のおかげでした。本当なら美味しい米の産地である宮城県大崎平野で、全国一律の減反政策のため米を植えることができなくなった田んぼに、手間のかからない転作奨励作物として、大豆が植えられたのでした。大豆は豆科の植物の代表で、根に根粒菌が共生していますから空中窒素を固定することができます。ですので肥料を必要としないとてもエライ植物なわけです。だから痩せ地でも育ちます。肥料をやってしまうと逆に葉っぱばかり繁って実が生らないということになります。娘の保育園の園長先生から聞いた話ですが、「消費者運動」をやってるという人が保育園に「子どもたちの健康のため」にと「化学肥料を使っていない大豆から作った味噌とか豆腐」とやらを薦めにきたことがあるのだそうです。当然値段は市販のものよりはるかに高い。園長先生はご自身が農家の出身ですからすぐにそんなものはいらない、と断ったのだそうですが、これはよくある話です。「化学肥料を使っていない大豆」なんて要するにただの大豆で、それを「特別なもの」として高く売る、という行為はほとんど詐欺でしょう。最もこの手の「消費者運動家」には自分が詐欺行為を働いていることに気づかない場合が多いようなのですが。ほとんど無意味な「有機野菜」「無農薬」の表示に騙されるのは結局自分では野菜を作ったことのない人たちでしょう。
枝豆
若い大豆の実は茹でて枝豆として食べます。面白いもので採る時期によって柔らかくて甘いものから堅いものまで好みがあるようです。ビールに野球に枝豆、はお父さんたちの「日本の夏」ですね。宮城では「ずんだ」といって枝豆をつぶして砂糖で甘く味付けしたものをお餅や団子にからめて食べます。枝豆をすり鉢でつぶすとき、ぽんぽんはねるのがやっかいだったのですが、今私が作るときはミキサーで一気にやってしまいます。あまり細かくしすぎないのがこつでしょうか。離乳食にも使いました。おかげで娘は今でも枝豆大好きです。ずんだは日持ちがしないので首都圏ではほとんど見られません。仙台なら「ずんだだんご」も買えるのですが。
大豆の収穫
秋になって枝が完全に茶色になって枯れてしまった大豆を根っこから引き抜いて、土を落としてさらに干して乾燥させます。からからに乾いた枝から豆を外すのは「足踏み脱穀機」の仕事でした。「むしろ」で覆いをしたこのとげとげのドラムのある機械を、調子良く踏みながら(間違えると逆回転してしまう)大豆の枝をさばいていきます。力を抜くと巻き込まれたり弾かれたりするので気合いを入れてやります。豆がなくなった枝はお風呂を沸かすのに使います。さや付きの豆はさらに乾燥させた後、「唐竿(からさお)」でたたいて中身を出します。竹の棒を二本、回転軸で固定しただけの単純な道具ですが、ぴし、ぴし、と音を立てて調子良く回すのは結構快感でした。唐竿が壊れてしまったあと、母は軽トラックで何度もひく、という荒技を得意としていました。さてこうやってできたものから殻と実を分けるのですが、「唐箕(とうみ)」を使います。なんだか大げさそうだけど原理はとても簡単なこの木製の機械は上から入れた豆と殻を下に落ちてくるまでの間に風で飛ばすことで分けるという代物です。手で回す木の板が作る風はそれほど強くないので何度も入れ直していました。最後には人の手でごみをより分けて「大豆が採れた」ということになるわけです。この時使うのが「箕」。この作業は70年代の話です。稲のほうはコンバインだハーベスタだと機械化が進んでいた時代ですが、儲からない作物のためには機械など買わないですから。ここで出てきた農器具は博物館で展示されていることが多いのですが、どうも博物館に行くと「ものすごく昔の話」みたいに展示してあって違和感を覚えます。そんな大昔のことではないのに。
味噌をつくる
春になるとたんぼの種蒔きの準備と平行して味噌の仕込みをします。蒸した米に糀菌を蒔いて暖かいところで発芽させ、糀をつくります。麹菌がびっしり生えた米を解きほぐしながらつまみ食いをするのが楽しみの一つでした。糀は水を入れて丸一日以上ゆっくり火をとおして甘酒にします。これはほんのり甘いというより強烈に甘い代物で、学校帰りのおやつに随分たくさん食べたものです。大豆は柔らかく茹でてつぶして、ほぐした糀と塩を混ぜてねかせると味噌になるわけです。味噌部屋と呼ばれる小屋には木の樽に入った味噌が何個か並べて置いてありました。ひんやりして暗くて、味噌の香りのする部屋は子供心にとても怖かった覚えがあります。今ではちゃんと床のある漬け物小屋になってますが、昔は土間でした。
納豆・豆腐・黄粉
昔の家に「納豆小屋」というのがあって、今は亡き祖父から「ここで納豆をつくるのだ」と聞いたことがありますが実際に納豆をつくっていたのを見た記憶はありません。豆腐は母が気まぐれにつくることがありました。思いっきり歯ごたえのある豆腐です。黄粉はただ挽くだけなのでいつでもたくさんあって、私はご飯にまぶして食べていたこともあります。でもなんと言っても早春の、蓬を摘んできて作った草餅には必ず黄粉でした。娘の保育園のおやつの定番は「きなこだんご」で、みんな大好きなようです。母の送ってくれる黄粉は市販のものより青みが強く、黄色というより黄緑色ですが娘はこれが大好きで、黄粉だけ食べてることがよくあります。お砂糖も塩も自分で勝手に調合して。
ベランダ栽培
今年はベランダでコンテナで枝豆を作ってみました。暑い日が続いたおかげで水やりには苦労しましたが、ちゃんとした枝豆が採れました。収穫の時、かめ虫がたくさんついていて臭い・・と娘は嫌がったのですが、茹でた後は結局ほとんど一人で食べてしまうくらい美味しかったと。収穫してすぐ茹でたのだから美味しいに決まってるのですが。小さめの野菜用コンテナ一つで大きめのお皿山盛り一杯くらい採れました。管理も難しくないので(防虫剤は使った方がいいと思うけれど)おすすめの植物です。
環境ホルモン
大豆の成分のフラボノイド類にgenistein(genistin)、daizein(daizin)というものがあります(かっこ内は糖がついてるかどうかで名前が違うものですが作用としては同じ)。これらは植物エストロゲンの一種で、エストラジオールの数千分の一くらいのエストロゲン活性があります。「環境ホルモンとして疑われる物質のリスト」に名前の上がっている各種化学物質のだいたい100-10000倍の活性があると言われています。摂取量はというと当然日本人はたくさんとっています。平均で数十マイクログラムを一日で取っているらしい・・・ということで日本人にとって「内分泌撹乱化学物質」といえばダントツで大豆製品なわけです。ほかのものはお話にならないくらい活性も量も少ないですから。さてそこで、「環境ホルモン恐怖症」のあなた、大豆製品を避けようと言う「環境ホルモン過激派」の主張に賛同しますか?それとも「天然物は安全で人工のものだけが危険」という「天然物崇拝」にいきますか?それとも環境ホルモンで子どもたちがキレるなんて話がおかしいんだと考えますか?
遺伝子組み替え
遺伝子組み替え作物の問題はヒトへの安全性が問題なのではありません。もともと農作物に対する安全性の保証など誰もやってません。普通の農作物には成分の表示義務もなければ新品種を開発した時の販売許可制度だってありません(特許は別)。ヨーロッパで輸入に反対しているのは、農業国であるヨーロッパ各国がアメリカの巨大資本の支配下になるのはイヤだ、というのが一番大きいと思います。農業は工業ではない、という誇り高き農民がヨーロッパには健在ですし、アメリカからの輸入がなくても充分自給できるだけの農業生産がありますから。一方日本はというと、現時点でアメリカが日本に穀物を輸出しない、などと言ったら飢えてしまうという情けなさ。アメリカの広大な土地で、効率よく作られる作物に値段でかなわないからと国内の農業を荒廃させてしまったのは政府の責任でもあるし安いものを求めた消費者の責任でもあるでしょう。アメリカもヨーロッパもヒトに対する安全性に問題はないとしている以上、安全性なんかを議論している場合ではないと思いますけど(どっちにしろ科学者の質でも量でも日本はかなわないのだし)。問われているのは農業のあり方。タバコなんか作らないでもっと食べられるものを作って、それで農家が経営が成り立って、自給率を上げるのが望ましいと思う。当然多少高くても国産の作物を買おうよ、と言いたい。そして観念的で思いこみばかりで非科学的ではない、まともな消費者運動をしようよ。
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