環境ホルモン騒動について
内分泌撹乱物質(いわゆる環境ホルモン)について、マスコミが大騒ぎし、かの有名
人の立花隆氏が子どもたちがキレルのは環境ホルモンのせいだなどと言い出すに及び
、政府は多額の研究費をばらまき即刻答えを出せ、と研究者に要求してきました。研
究を必要とすることに異議はないのですが、問題はそもそもどういう問題が解決され
るべきなのかがわからないことと、とにかく結論を急げと言われることです。
ある物質にホルモン様作用があるかどうかを調べるだけなら、数の問題はあってもそ
れほど難しいことではありません。あらゆる技術を駆使して検出感度を上げるという
のも難しい問題ではありません。環境中にある特定物質の濃度を計るというのもそれ
ほど困難ではありません。困難なのは「何をもって人間の内分泌に撹乱作用があると
判断し、閾値を設定するのか」です。合成ステロイド剤のように強力な作用を持つ物
質ならいろいろな生物学的指標が使えます。けれど今回騒いでいるのは天然のエスト
ロゲンの数千分の1という程度の活性のものです。通常の動物実験(餌に混ぜる実験
では5%が最大濃度です)では検出できない(活性がない)ものがほとんどなのです。
この騒動の最大の疑問点は、天然のホルモン様物質(大豆などはよく引き合いに出さ
れます)は安全で、プラスチック製品などの合成品は危険だと、「Our Stolen Futur
e」の著者が述べていることからもわかるように、極めて非科学的な憶測が非常に多
いということです。天然と合成とで同じグルタミン酸ナトリウムの味が違うと主張し
ているマンガ「美味しんぼ」の著者みたいな人も世の中にはいるのですが、こういう
ことを本気で主張する「科学者」はいないでしょう。立花氏の「キレル原因説」にも
科学的根拠は薄いと言えます。
人間の健康に与える影響では、もしも男性ホルモンや女性ホルモンが僅かであっても
口に入っては困るというなら、食用の乳・肉製品が全てダメでしょうし、生肉なんて
言語道断になってしまいます。当然天然物には多様な活性がありますから、食物の違
いが身体上の違いに直接現れて来るはずです。ところが例え食文化が違っても、男女
比が違ったりすることは知られていません。南の島の人たちも都市生活者も菜食主義
者も肉食中心でも、男女比はほぼ1:1です。胎児が心配?なら性の異なる多胎児は全
て「異常」なのでしょうか?それこそ器官形成の大切な時に、違う性のホルモンに暴
露されているのに。
こういう具合に、既に天然にかなりの活性物質を取り入れた生活をしている現状を見
ると、微量の弱い活性をもつ物質がさらに加わったことで現れる変化を捕らえるのは
非常に難しいと考えざるを得ません。さらに「精子の数」です。一体これは何の指標
なのでしょうか?「精子の数が減ってるかもしれない、だから不妊になる」という議
論を聞いたとき、「女の子の胸囲が母性の指標だ」というトンデモ説を聞いたときと
同じ気持ち悪さを感じました。なんとなく関係ありそうだけど、その実全く相関関係
は立証されていない、という点で両者はよく似ています。こういう訳の分からない話
について、作業仮説を立て、立証するための実験をするのがどれほど大変なことかわ
かってもらえるでしょうか?「何でもいいからやればいいんだ」と言う人もいます。
でも明確なビジョンなしに実験をしても資源と時間と動物の命を無駄にするだけです
。どんなに難しくてもやれと言われたらやらざるを得ないのですが。
野生生物保護の立場からの環境ホルモン規制については割愛します。基本的には人間
がいないことが彼らにとって望ましいには違いはなく、特定化学物質を規制するより
人間が立ち入らないこと、の方が効果的とは思いますが。
もう一つ、北野大氏がしばしば言うことですが、「危険かもしれないなら取りあえず
避けるべきだ」という意見について。一見尤もなこの意見は、一般人の処世術として
は通用すると思いますが、仮にも科学者がマスコミで言うべきことだとは思えません
。科学者に求められるのは「危険だとしたらどれくらい危険なのか」をできるだけ正
確に見積もることだし、さらにマスコミで宣伝活動をするのなら回避に伴うメリット
・デメリットを考察した上でやるべきだと思います。今回の騒動のデメリットは、一
つには特に乳幼児を持つ母親層の不安を助長し社会全体への漠然とした不信感を煽っ
たこと。次に本来解決すべきもっと重要な問題があるのに(例えば健康被害ならタバ
コやディーゼル排ガス規制、学校でなら給食の食器より教育そのものの問題)それら
の解決を結果的に遅らせることになること。そして最後に将来もっと深刻な問題が起
こった時に真剣に受け取ってもらえなくなるだろうということです。これらのデメリ
ットを上回るだけのメリットは今回の騒動にはない、というのが私の見解です。
こんなことを言うと必ず持ち出されるのが「水俣病」であり「薬害AIDS」であり、「
役人や御用学者は信ずるな」であるということが残念です。せめて理性のある人には冷静に判断をして欲しいものです。
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