ジェンダー(社会的性差)とセックス(生物学的性差)について
最近科学雑誌(Scienceなど)でsexをgenderと言い換えるのが流行してるようです
。「タバコの害の程度はgenderによって違う」とか「ゾウリムシのgenderは・・・」
とかいったふうです。明らかにこれらはsexのことでgenderのことではありません。
このことについてletter欄で女性研究者から「sexとgenderの誤用はこれまでのフェ
ミニズムの運動の成果を台無しにするものであり好ましくない」という旨の抗議があ
りましたが、その後も状況はあまり変わっていないようです。多分男性の生物学者の
多くにとってはフェミニズムなど興味ないし、sexよりgenderという単語の方がかっ
こいい(nativeにとってもそうなのかどうかわかりませんけど)のでしょう。セクシ
ャル・ハラスメントとか差別に対して日本より遥かに進んでる(と私が思ってるだけ
なのかもしれませんが)はずのアメリカでもその程度なら、日本の現状は推して知る
べしといったところでしょう。取りあえずこれを読んで下さったかたはsexとgender
は使い分けて頂きたいものです。
ところで本題です。男女平等とは何か?極端な例を挙げますと「男と女は全く違う
生き物なのだから性別役割分担は当然」という考え方から「男と女は同じ人間なのだ
からジェンダーフリーの社会を」という考え方まであります。この場合、もっとも基本的な問題なのは
男女の違いのどこからどこまでが生物学的性差でどこからどこまでが社会的性差なの
か、ということを押さえておくことです。当然のことながら生物学者が何らかの形で性差に言及した論文
などが引用されることもあります。でもそこに落とし穴があります。
例を挙げます。
「男性の平均身長175cm、女性の平均身長160cm、男性の方が女性より有意に身長が高
かった」こういう報告があったとします。科学論文の場合そこに母集団の構成とかサ
ンプリングの数とか統計手法とかいろいろ吟味すべきポイントがあって、その上で要
旨にこのような記述がなされているはずですが、一旦これがマスコミに取り上げられ
ると条件は全部省略されて「男の方が女より身長が高いことが科学的に証明された」
という風になるわけです。そしてそれを元に一般の方々が「そらみたことか、男の方
がエライんだ」「そんなはずはない、知り合いの女性は知り合いの男性より背が高い
」などという的外れな論争をはじめてしまう。ここには結構深いギャップがあります。
一つは統計学的な素養の問題で、「男性の方が女性より身長が高い」と言った場合
の「男性」「女性」はある特定の男性や女性を意味しませんし、当然のことながらあ
る特定の男性がある特定の女性より身長が高いか低いかを予測するものではありませ
ん。ただ単に性差があると言ってるだけです。その差が大きいか小さいかは全く別の
次元の問題です。
もう一つはジェンダーを巡る議論の多くは個人の生き方と社会の問題として語られ
、視点は一人一人の人間にあります。一方統計学的扱いをしなければならない学問の
分野では個々のサンプルが問題なのではなく、サンプルの総計としての「男」「女」
の特性に視点があります。この違いはわきまえておく必要があります。
(現実問題として今の日本のマスコミにはこういう事柄をきちんとわかりやすく伝
える力量はないし、下手をすると思いもよらない問題を引き起こしかねないため、マ
スコミ上でのフェミニズム関連の議論に生物学者が口をはさむのは危険だと思ってい
ます。こういう状況は不幸だとは思いますが。)
生物学者にできることは身長差があるとわかったら、それが生物学的問題なのか社
会的問題なのかをクリアにすることだと思います。もしかしたら身長の違いはその集
団での食物の性による不均衡のせいかもしれないし、生物としてどうしようもないも
のなのかもしれないからです。(身長に関しては多分生物学的性差でしょう。)もう
一つはその差がどのくらいなのかをはっきりさせる(定量)ことです。身長差が10cm
と1mとでは、当然社会としての対処法は異なるはずです。当然定量すべきものにばらつき(標準偏差)もあります。実際問題として日本人の男女
の身長差はそう大きなものではないし、その差と標準偏差を比較した場合、身長差(sex)を理由にした社会的区
別(gender)はそれほど必然性はないと言えます。
身長を例にしましたが、このほかいろいろな男女差があります。もちろん最大の違
いは妊娠・出産にまつわることですが、寿命・自殺者数・職業適性など、課題はいく
らでもあります。一般の人が科学のふりをした疑似科学に惑わされることのないよう
に、まともな科学のほうにももう少し頑張ってもらわないといけないと思っています。
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