2002.6.8
無認可添加物騒動
ミスタードーナツの肉まんや香料で騒ぎになった「無認可添加物」。一部で「毒入り」とか「もう食べるものがない」とか言ってる人たちがいるようなので一応言っておく。今騒がれている物質は別に「毒」ではないです。手続き上の問題で「無認可」なわけで、申請してあれば多分認可されていたであろうもの。例えばミスドの肉まんのTBHQについては厚生労働省HPにこんなのがあります。
98/07/07 食品衛生調査会毒性部会・添加物部会合同部会議事録
これはBHAの話ではあるけれどBHAの代謝中間体がTBHQだから毒性についてはほとんど同じと考えていいので。BHAが問題になったのはラットの前胃という組織(ヒトにはない)に対する発がん性があったためで、これがいろいろ調べたところヒトには当てはまらないことがわかったのでもうBHAは使ってもいいことにしよう、というような話。
この議事録を見るとそうなのに、どういうわけかその後で出ている食品添加物公定書にはBHAの項目に、代替品(BHTのことらしい)があるのでそっちを使えという記述があって釈然としない。
まあそれはともかく、その議事録の中のこんな文章を一応引用しておきましょう。
一番最後に付け加えたいのは、BHAが今問題になっているんですけれども、天然の中にはカフェ酸、あるいはセサモールのように、BHAよりもはるかに強力な前胃の発がん物質が見出されています。
特にカフェ酸に関しましては、リンゴ、あるいはジャガイモの中には数百ミリグラムそのほかにいろいろな穀物、豆類にも含まれておりまして、ヒトの摂取量はBHAの比ではありません。しかしながら、疫学的には野菜や果実などの摂取はかえって発がんのリスクを下げるということも知られている。ここに書くのを忘れたんですけれども、アスコルビン酸と亜硝酸、これをまぜてネズミに投与しますと、BHAよりもはかるに強い変化が前胃に起こってまいりまして、1年間で乳頭腫、あるいはがんができるという事実もありまして、BHAよりもいろいろな天然の物質でもBHAと同じ、あるいはそれ以上の強い発がん性のあるものがこの環境中にはあるということを最後にお伝えしたい。
この文章だけだと誤解されそうですが、ラットで癌ができたからといってすぐにヒトに対して発がん性あり、とはならないのでご注意。
こんな文献もあります。BHTやBHAがヒトに使われていて問題ないという話、むしろ発ガンを抑制してるかも?とまで言ってる文献。リンクはしないですが。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov:80/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list
_uids=10541460&dopt=Abstract
http://www.ncbi.nlm.nih.gov:80/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list
_uids=10942321&dopt=Abstract
香料問題にしても、酒やタバコは堂々たる発がん性を持ってるというのに平気で売られ、添加物は認可制という制度があるために無害であっても騒がれるというアンバランスばかりが気になります。
関係ないですが「無認可=悪い」というステレオタイプな考え方、保育関係者から散々聞かされて、うんざりしています。認可(つまりお上のお許し)さえあればいいってものでもないでしょうに。本当に大切なことはお上任せにしないで、自分で判断基準を持ちたいものです。
2002.5.18
これから論文を書く若者のために
東北大学理学部の酒井先生より「これから論文を書く若者のために」(共立出版)を贈って頂きました。酒井先生のHPを充実させた内容になっています。うちと相互リンクということもあって原稿の段階で見せて頂きました。実際に本を手にして、若い方にはいい本だろうと改めて思います。
「指導者に恵まれない方のための」論文投稿マニュアル作者としては、この本を読んで耳の痛いセンセイがたくさんいるだろうと思いました。論文の内容には全くタッチしていなくても「名前を入れろ」と言う人、再現性がなくても過去の論文と矛盾していても平気な人・・。実際のところ私にだって愛着のある論文というのは僅かしかありません。ただあるべき姿としては間違いなく酒井先生の言うとおり。志を高く持つ若い人たちには「これから論文を書く若者のために」を是非読んで頂いて、現実にいろいろな障害にぶつかって、運悪くどうしようもない環境に陥ってしまった時には、私のサイトも参考にして下さい。
2002.4.21
薬剤師国家試験
今年から薬剤師国家試験の結果がWEBで見られるようになりました。今年は試験監督の当番だったので、試験監督に行きました。でも新卒者の一人もいない会場だったのでした。当日から合格率の低そうな会場だなとは思っていましたが案の定合格者は少なかったようです。気軽に確認できるのはいいのか悪いのか・・ごみを持ち帰るようにと言ったのに机の中に置いていったあなた、落ちましたね・・とか試験監督は思っています。
2002.4.10
東急ケーブルTVに契約を変えました。cgiが使えないのでカウンタはなくなりましたが、それ以外は今までどおりのそっけないページです。慌てて移動したのでリンクの間違いなどあるかもしれません、お許しください。導入してすぐに、落雷のせいでホームターミナルが故障するというアクシデントがあり、故障だと気がつくのに時間がかかって苦戦してしまいました。常時接続・高速回線になったことと電話代を気にしなくて済むことが嬉しいです。
もう一つ、この春から子どもが学童保育に通うのをやめたので、負担だった父母会に出なくてよくなりました。無認可の保育園時代は本当に幸せだったなあと思いながら、学童父母会の役員を二年間務めました。最初の一年は役所と敵対することを正義だと思ってるらしいとんでもない団体とのつきあいでうんざりし、結局加盟をやめることで解決。二年目は子どもが学童に行きたがらなくなったので(相性の悪い子がいたので)何で役員やってるのかわからないという状況でした。父母の負担を減らすために行事を減らそうと言ってみれば、行事はやりたいけど役員は嫌、とかいう人がいたりして、父母会活動にはいい思い出は全くなかったです。公立保育園出身の人はそういうことに慣れてるらしいのですが。もっとも悩みや負担が深く重かったおかげで問題意識を共有できる仲間にも出会えたわけで、ある意味「良かった」のかもしれません。
2002.3.2
住んでいる集合住宅にケーブルTV・インターネットが導入されることが決まったのでそのうちこのページも引っ越すことになりそうです。
食品安全庁構想について
タバコを生産農家保護のために有害と認めない農林水産省が主導権を握るなら「安全」など二の次になること間違いなし。大体何をするにも「補償」とセットだなんて。
牛肉などの表示偽装について
食べ物の表示がいい加減だったのは今にはじまったことではない。例えばグラム数や豚を牛と偽る、というようなはっきりわかるものなら規制はできるでしょう。でも生産地や「この牛は飼料に○○しか使っていません」とか「無農薬栽培」とかいう「表示」は確認のしようがない。商品に何の物理的違いもないのに値段が違うとなれば「偽装」はむしろ当然でしょう。だから私はこの手の「安心です」「愛情を込めて作りました」という類のことを売り物にするのは嫌い。「愛情たっぷりでも技術がなくておいしくない料理」より「職人芸に徹した技術水準の高い料理」のほうが商品としては上なのは明らか。
2002.2.2
2ちゃんねるに誰かがこのページの文章をコピペしているのを発見。さすが2ちゃんねらー。いろいろ批判はあるけれど、2ちゃんねるの存在は私は面白いと思う。niftyのフォーラムでもここが取り上げられていたことがあったと聞いてますが、会員でないと見られなかったので結局わざわざ会員登録までして覗こうという気にはならなかった。niftyのフォーラムはシスオペの管理の下に運営されていて自由とは程遠い環境なのに比べて2ちゃんねるはそれこそなんでもあり。どうしようもないものは見なけりゃいい、ごみの中から宝探しをするのは楽しい、と思うけれど。
データ捏造疑惑や、小さな学会で賞をもらうのは単なる政治の問題だったりするのを2ちゃんねるから「勉強」するのはとても役にたつかもね。
2001.12.6
農林水産行政に望むことを載せました。農業に関しては言いたい事はたくさんあるのでぼちぼちアップします。
それにしてもモチベーションの湧かないことこのうえない「環境ホルモン」関連の仕事。業務だから仕方ないとはいえ、お金と時間の無駄としか思えない実験ばかり。何が面白くて岩波の「科学」などがはしゃいでいるのか。パラダイムシフトですって、10年たっても同じこと言ってるんでしょうね、「可能性がある」って。
2001.11.25
FTPソフトの不具合のため、更新できずにいました。結局Windows XP新発売ということもあってパソコン購入。先代のマシンはおよそ3年の寿命でした。慣れたころに使えなくなるソフトも悲しい。
2001.8.18
自己紹介(H)にリンク追加。
大学、国立研究機関は独立行政法人化などで何かと落ち着かない中、雑用に忙殺されることなく余裕の研究生活を送る企業。もちろん厳しい淘汰の結果だけれど、はっきり言って研究者になるのに淘汰が働くのは当然。公務員だからという理由で何十年も進歩のないことをやってて許されると思ってる人たちが「改革反対」の大合唱をしている場所で、競争力なんて生まれるはずもない。
2001.5.13
毒性学会
3月末に米国毒性学会(SOT)というのがサンフランシスコであって、それに発表しに行って来ました。米国の学会はよく家族連れや子連れが珍しくないし服装もラフだと言われるのですが、この学会は子連れ禁止、家族も会場には入ってはいけなくて別に用意したホテルの一室で集まることができるのみ。会場に入れるのは科学者と一部の報道関係者のみというガードの固いものでした。抄録集には注意事項として、学会のネームプレートは街中では外して一般人に紛れること、学会会場付近でデモ隊などに出くわしても接触を避けすぐに通報すること、正規のルート以外でマスコミのインタビューなどには応えないこと、などが挙げてありました。情報公開では先進国のアメリカで、情報公開を犠牲にしてまでこれだけ神経質にならざるを得ないということは、それだけ「毒性学」を取り巻く環境が厳しいということなのでしょうが、参加者にしてみればそんな悪いことしてるわけではないのに、と思います。動物実験をしているのは市民の要求だし、安全性について学問的研究をした結果、「市民団体」の望むような結論に至らなかったからといって学者が悪い、と言われても・・。日本ではさすがにまだ学会会場を市民が襲うような事件は聞いたことがないし、デモといっても死傷者が出るような激しいトラブルにはならない場合がほとんどではあるけれど、この先どうなるかはわからないと思ったりして。少なくともネット上では攻撃的な人たちが自分たちに都合の悪い意見を「御用学者」とか「産業界に買収されてる」とか攻撃することは珍しくなくて、横浜の中西先生のような良心的な、まっとうな人ほど非難されていたりする。
SOT関連でもうひとつ。私が演題を申し込んだのは当然のことながらポスターで、ボディーランゲージも交えながら何とかなるだろうと思っていた。ところが事務局から届いた連絡によれば「あなたの演題は特別に選ばれてPoster
Discussion Sessionになりました云々」。これに選ばれるのは非常に名誉なことなのだと祝福されたところで英語でのDiscussion能力なんてないなあと困っていたのが実情。まあ結果は聞かないで下さいということにして、話は別のところに。今回の演題(おひまならSOTのサイトで演題をUneyamaで検索すればすぐ出てきます)は国内でも発表はしていて、4月には病理学会でランチョンセミナーという特別枠でも発表?しています。それなりに中身についての自信はあったのだけれど、何の後ろ盾もなく知名度もゼロの学会員でもない人物の発表をちゃんと評価して選択してくれたアメリカの学会運営委員の能力に感心したのでした。少なくとも提出した演題の中身を読んでるというわけで、日本だとまず考えられない(というと怒られるかもしれないけれどかなりの部分で事実)。そしてこのテーマについては国内で研究費の申請もしていたのだけれど、厚生省及び文部科学省どちらへの申請でも全て不採択、評価は一番悪いランクだったり下から二番目だったり。コメントには「申請者が書いている論文がない」とか「平凡でつまらない」とかあって、明らかに書類を読んでないだろうと思われるものもある。結局このテーマではどこからもお金はもらっていないわけです。分野が境界領域で既存の分類でぴったりのものがないということもあるけれど、この日米の差にはあきれるものがあります。審査した人物が採択したテーマの結果に責任を持つというシステムができない限り、贔屓や情実で研究費を配分するという日本の学術振興のありかたに変化はないだろうなと思う次第。
2001.2.24
「アカハラ訴訟」の記事についての私の感想を載せました。
2001.2.17
こたつ猫の幸せ
集合住宅で猫を飼い始めて初めての冬。電気こたつにもぐりこんで、子どもに蹴られながらも伸びきって寝ている猫を見ていて昔田舎の家で飼っていた猫たちを思い出した。猫は一体何匹飼っただろうか。一度に一匹しか飼っていなかったけれど、とにかく何匹も飼った。それだけ長生きせずに死んでいたということだけれど、忘れられないのはこたつの中で硬直していた猫の死体。練炭こたつは燃やし始めと消した後に不完全燃焼のため一酸化炭素がたくさん出る。東北の冬の夜の寒さをこたつの中で過ごそうとした猫が犠牲になるのは珍しいことではなく、朝掘り炬燵に足を入れると硬くなった猫がいた、というのが多分2,3度はあった。猫の死体は畑の片隅に埋められた。あのころ、猫は鼠捕りのために飼われていて、餌だって残飯だったし避妊手術はおろか猫のために現金を使うなんてことは考えられなかった。もちろん事故や怪我でも猫は死んだ。でも大切にされてないのは猫だけではなかったと思う。猫が死ぬこたつは当然人間にだって危険だったわけで、こたつにもぐってはいけないと厳しく言われていたにもかかわらず、子どもは寒さでこたつに潜ることはあった。当時の家は隙間風吹き放題だったので中毒にならなかっただけで、それは別の言い方をすれば家が寒かったということ。風呂も手洗いも家の外にあるという造りの日本家屋、水道も凍りつく冬ははどれほど寒かったか。子どものころの私の手足は霜焼けだらけで時に薬を塗った包帯の上に血がにじんで痛かった。母の手もあかぎれと霜焼けで腫れていて、それでもそれが普通だったから文句も言わなかった。
今の私の手にはもちろんあかぎれはないし、子どもの手足もとても美しい。雑種の日本猫は主治医もいれば猫専用餌しか食べず、定期的に予防接種もする。目を離したら火傷をするような危険もなく、うたた寝しても大丈夫。猫の毛は柔らかく、子どもは猫といっしょに床の上にだって寝ていられる。ああ、なんて幸せなんだろうと思う。
2001.1.28
日本毒性病理学会というマイナーな学会に行ってきました。
直接学会とは関係ないけれど、何人かの人と「環境ホルモン騒動みたいなものはいくらデータを出しても、世間を騒がせることを商売にしてる人たちがいる限り、決して終わりにはならないだろう」と諦めのような会話を交わす。何かが「ない」ということを証明する「悪魔の証明」に時間とお金が費やされていく。一部の人たちにはもう肉体的に限界だという激務という負荷を与えて。
ところで安井先生の環境ホルモン報道に関する記事にコメントを寄せたという専門家の意見が気になった。私自身最初はよくわからなかったので、あまり人のことは言えないのだけれど、生理学や薬理学でよく知られていた「ベル型」や「飽和型」などの用量-反応曲線は「逆U字」とは言わないのが普通である。この一部の「環境ホルモン」研究者によってのみ好んで使われる「逆U字」という用語は、大抵の場合、「高濃度域でちゃんと反応が出ていて、用量が低下して段々反応が低下してついには反応が検出限界以下になったさらにその下の用量域で突然反応が出る場合」を指している。反応に関与する受容体のタイプが違うわけでもなく、同じ系でそういう現象があると主張するのが「逆U字」である(はっきりそう言う定義を彼らがしてるわけではないがそういう場合にしか使われない)。当然のことながら、この「逆U字」がはっきり再現性をもって確認されたケースはこれまで一つもない。だけどこの用語は、安井先生にコメントを寄せた人がそうであるように、「ベル型」と混同されやすく、これまでの学問が根本的に否定されかねない大胆な提案なのだということがなかなか理解されない(「逆U字」の提唱者がわざとそうしてるのかも)。どちらにせよ、新説の立証責任は提唱者にあるはずなのだが、彼らは「手遅れになる」と世間を脅かし、「予防原則」で失敗した場合の責任回避もちゃんとしたうえで予算要求をし続けている。
2001.1.23
http://www.naee2002.gr.jp/というところで署名に参加してみました。
「ゆとり教育」は聞こえがいいのだけれど、教えるべき「知識の体系」の内容を削るのは反対。
安井先生が言うように、これからは「市民」が普通に生活していて判断すべき事柄がますます難しくなってくるというのに、教育内容を削るなんて馬鹿げてる。
子どもが学校でもらってくる通知表に「ほとんどの子どもは○、よほどひどい場合は△、非常にいい場合だけ◎でそれも成績とは直接関係ない(よく頑張ったと認められた場合は◎なので)」という説明を受けて、公立学校の教育現場ってそこまで妙に神経質になっていたんだ、と驚いた。学校で成績を評価されるのは当然なのに、成績が悪いからって全人格を否定されたと思うような幼児期の育て方をしてるとしたら、親が間違ってる。そんな親の責任まで学校がかぶることはないのに。
世の中はそもそも「難しい」のだから、学校の勉強だけが簡単になっても生きていく役に立つとは思えない。統計も知らずに生命保険なんか契約するから損するし、無用の「食品添加物の恐怖」や「電磁波の恐怖」などに怯えて暮らすはめになるのに。
2001.1.1
「週刊金曜日に疑問」出張コーナー補足板に、「グルタミン酸の科学」出版情報を加えました。
「環境ホルモン騒動」関連情報としてDEHPの解説をリンクしました。
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