「買ってはいけない」雑感

週刊金曜日の「買ってはいけない」という連載について、後藤さんから資料を提供して頂いてほんの一部についてだけ、荒っぽい反論を書いたのが今年の三月末くらい。その後このシリーズが単行本として出版され、私にとっては全く予想外の売れ行きを示しました。後藤さんが週刊金曜日の購読を辞めた後、西村先生からこの連載のとんでもなさを度々伝え聞き、時には反論に参加してみたりもしました。西村先生が「買ってはいけない」はオウムだ、とおっしゃった時正直言ってオーバーなと思っていたのですが、例えば旧帝国大学卒業の研究職にある人でもこの本に共感してしまうということを後藤さんから聞き、週刊朝日、朝日新聞などが持ち上げるのを見るに及んでさすがに危機感を持ちました。私はこれほどひどい内容の記事なら、普通の大学教育を受けた人ならまともに受け取ることはないだろうと思っていましたが、間違っていたようです。今でも私は「買ってはいけない」を買っていませんし、買うつもりもないのでこれ以上自分のページで個々の記事への反論を増やすつもりは今のところはないのですが(他にも批判はあるようですし)、この本が売れるという状況そのものについて思うところを書いてみます。

「買ってはいけない」オウム説はある意味では的を射た表現で、オウムの信者たちは自分たちが国家や警察に毒ガス攻撃を受けているといい続けていました。それと同じく、「買ってはいけない」は「我々は敵から毒を盛られている」という主張をするわけです。この場合の「敵」は「大企業」であり「資本主義」であり「国」であるようです。普通の感覚なら、ごく当たり前に生活している平凡な人間が毒ガス攻撃を受けるなどという妄想にとりつかれるのは病気としか言いようがないでしょう。いくつかの間違いがあったとしても、基本的には認可されている食品添加物は安全と見なされているから認可されているのだし(「毒なのに売ってる」のはタバコとアルコールでしょう)、それを全く信じるな、というのは「他者への絶対的不信」とでも言うべき態度でしょう。ごく普通に何の特別な配慮も無しにいても生きていられることは決して「当たり前」ではないし、今自分達が何不自由なく暮らしていられるのはたくさんの人たちの努力のおかげでしょう。そういう基本的な感謝を全く感じることもなく、不平不満ばかりを数えたてるという態度。別に大人がそういう価値観を持って自分だけを信じて生きるのは勝手だし、そのおかげでどうなろうと知ったことじゃないとは思います。だけどもしも「買ってはいけない」の信者が子どもの母親で、しかも一番たちの悪い専業母(専業主婦ではないです、子ども「だけ」が生き甲斐というタイプの母親のこと)だったりしたら、その子は「他者への不信」のみを植え付けられて育つわけです。「この世の中には敵ばかりで、ママだけがあなたを守ってあげる」という親に育てられた子ども。考えただけでぞっとします。現在でもオウム信者の子どもやヤマギシ会の子どもは大きな問題なわけだけれど、それでも数は少ないはずでした。それが100万人だったら大変なことです。

もちろん最大の疑問は100万人もの「本を読む習慣があってかつ現状に疑問を抱くほどには進歩的な」人がこの本の正体を見破れないという教養の無さです。子どもの学力が落ちていると大騒ぎしてますが、子どもではなく大人の思考力がないのだということが良くわかります。たとえ本人がよくわからないことでも、信頼できる人に訊く、ということならできるはずですから。朝日新聞の8/27付天声人語に至っては全く信じられないほどに低レベル。この論調はアメリカではよくある「創造論と進化論は同等の学説」という主張と良く似ています。幸いにして日本では創造論者との不毛な論争を経験せずに済んだ学者たちは、ここにきて初めて「化学物質(又は人工物)全て健康に悪い」という創造論並の不条理な命題との対決を迫られているのかもしれません。個人的には「買ってはいけない」がいい本だと言うような人とはお付き合いしない方がいい、という踏み絵として使えそうではあります。

最後にマスコミ全体の問題。「買ってはいけない」の内容について、医師や薬剤師、化学や生物学を専攻する研究者などにコメントを求めればまず間違いなく「トンデモ本」のお墨付きがもらえるはずです。それなのにわざわざそういう「まともな」取材は一切避けているのは悪意があるとしか言いようがない。一般人をそこまで間違った方向に誘導したいという理由は何なのでしょう?日本でのヒトの健康にとって最大の問題はタバコ。次いでアルコールとディーゼル排気ガス。記者たちはタバコを吸いながら、酔っ払ってくだを巻きながら、「環境ホルモン」とか「食品添加物」とかいった小さな問題をせっせと「大問題」にし、もっと重要なことが何かを隠蔽している。知性を磨こうとしない記者たちには以下の詩句を捧げましょう。

二十日鼠と人間の、最善を尽くした計画も
後から次第に狂っていき
望んだよろこびのかわりに
嘆きと苦しみのほかは、われらに何者も残さない
     -ロバート・バーンズ

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