農林水産行政に望むこと
○科学的根拠に基づいて政策を行ってほしい
牛海綿状脳症(いわゆる狂牛病)をめぐるごたごたについては池田先生の意見にほぼ全面的に同意するのでさらに追加することはほとんどない。
農林水産業は人が生きていくための食糧を供給する非常に大切な、基本的な営みなので、それが健全に発展・持続することは誰もが望むこと。だからこそもう一度基本から考えて欲しい。
食べることは生きること、人間が生きるということは日々他の生命体の命を奪って自らのエネルギーにすること、そして最後には必ず死ぬこと。
食べ物はもともと「安全」などではありえず、日々命を削る闘いのうえで得られるもの。いかに人間が家畜や農産物を飼いならしたり栽培したり養殖することに成功していたとしても、それは根本的に人間にとって「他者」であって、常に人間の都合のいいものでなどあり得ない。
人間の死因の多くの部分はいろいろな意味で食べ物が原因で(がん・糖尿病・動脈硬化)、それは医学がどんなに進んでも変わらないだろう。だから農産物に対して「安全」を売り物にするのはやめて欲しい。
もちろん許容範囲というものはある。河豚で即座に死ぬのは嫌だし青梅も駄目。ほうれん草の蓚酸・魚のPCB・動植物由来の各種毒素など、一定の値以下なら良しとすべきものもたくさんある。そういうものをきちんと評価する習慣があれば、「所沢ダイオキシン騒動」でほうれん草が暴落したり東海村臨界事故で茨城産の農産物が売れなくなったり、狂牛病で牛が売れなくなったりしないはず。これらの事件によるリスクの増加がバックグラウンドのリスクに比べれば問題にならない程度であることは明らかなのだから。
そしてどう考えてもメリットよりデメリットの多いもの、タバコ栽培に関しては税金を使って補助するのをやめて欲しい。
科学的根拠に基づかない農業振興策の代表として、「有機農産物」の認証制度を挙げておこう。「農薬や化学肥料を使わないで育てた野菜」が優れている(どういう意味で?)という証拠はない。敢えていうならばこの「認証」はイスラム教国で行っているところの「ハラル」の認証と同じ程度の意味しかない。個人の宗教的自由は保障すべきであろう、それが「有機野菜」信仰であろうと。けれどそれは日本国の政府が税金を使ってやるべきことではない、信者団体に任せればいい。
他にも農林水産省は「○○は体にいい」という類の表示を農産物や加工品にしようとしている。人気のテレビ番組で「ココアがいい」と言われればココアが売れ、ブロッコリーが病気予防に効くといわれればブロッコリーが売れる、という状況を利用しようというわけ。これに難色を示したのが厚生労働省で、ヒトでのデータがないのにそういう表示をすることは認められない、と。結局今まで人間でのデータがなければ「健康にいい」という類の表示は認められていない。これは厚生省側の言い分が正しいと思う。「みのもんた効果」で売れたものは簡単に風評で売れなくなる。食べ物はファッションではないのだから、イメージだけでマーケティングをすべきではない。農業振興の試みは評価するけれど、振興のためならトンデモでもいいという態度はいただけない。農水省のHPからいくらでも例は探し出せる。
○農家を自立させて欲しい
自民党が農村を票田と考え、利益誘導政策を繰り返してきた結果、自営業としての誇りと自由を持って責任ある経営をしている農家は全く育たなかった。米(やタバコ)さえ作っていれば、それがどういう品質であろうと国が全て買い上げる。収量が少なければ所得保障をする。その代わり頑張っていいものを作っても、消費者のニーズの高い作物を作っても何一つ報いられない。何の勉強もせず、ただ農協の言うとおりにやっているのが一番いい、という状況で、いったい誰が幸せになれるというのだろう。私の小中学校の同窓生には「農家になるのに学問はいらぬ」と進学させてもらえなかった子もいるけれど、自営業に勉強は不可欠ではないだろうか。自分で考えてやるからこそ、成功すれば嬉しいし、失敗しても立ち上がれるのではないか。
土地を持っていなくても新しく農業をやりたい人にはチャンスを与えるようにして欲しいし、農業用具や飼料や融資にいたるまで全て農協経由という仕組みも壊して欲しい。
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