長尾謙一郎『ギャラクシー銀座』小学館

 長尾謙一郎はたしか年齢80歳というふれこみでヤングサンデーに『おしゃれ手帖』を書いていた。私はそれを真に受けて80歳でこのセンスを出せることに感銘を受けていた。ヤングサンデーを読まなくなって随分たつが、ビックコミックスピリッツに『ギャラクシー銀座』でこのいきなり名前が載って、よく調べてみたら私と同世代。見事騙されていた。

 この作品を載せるスピリッツの編集者はやはりすごい。吉田戦車のセンスを時代に乗っけてしまっただけのことはある。松本大洋を見いだしただけのことはある。私は芸術とは今の文化で見えない所を開拓し、その文化の外から文化の中心を引きずり回し、引っ張り終えたら役割を終えるものと思っている。文化の外で文化の中心を引っ張れなければそれはただのモノでしかない。または文化の中にいるのに文化の外にいると言い張っているだけだ。それが文化の中心になってしまうと芸術では無くなってしまう。吉田戦車はもうそうなってしまったようだ。

 『ギャラクシー銀座』はもうこのタイトルのセンスだけでもすごいが、もう言葉で説明出来ない。言葉で説明出来ないから意味の無い羅列という訳でもない。それはエヴァンゲリオンのように意味ありげな羅列を残して放り出してしまうようなずるさとも違う。何かある。しかし、それを考えることで繋げてしまうと何かを逃してしまう。ただ、感じろとしか言いようがない。それが芸術なのだろう。

 俺のビート!!!!!


H19.11.24

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