新疆ウイグルは私が帰国した後もくすぶっている。新疆ウイグルの独立運動は天安門事件で人民のイデオロギーが崩壊した以降徐々に大きくなった。天安門事件の北京学生のリーダーはウイグル人のウアル・カイシ氏。この頃はまだ、人民のイデオロギーが生きていた。天安門事件後、運動とその弾圧は激しくなる。南疆鉄道がカシュガルまで達する2年前、1997年にはウルムチでバスが爆破され、衝突は頂点を迎える。以前はカシュガルに入るにはウルムチから3日間かけてバスで行かなければならなかった。今年3月に起きたチベット暴動は青蔵鉄道が完成した2年後だ。国家による弾圧とともに鉄道が出来ることにより、漢人資本が入り、現地の利権や経済が侵されることも暴動の一員のようだ。カシュガルや伊寧のテレビからの映像を見ても、中国型の都市に作り変えられている様子がよくわかる。人民元の肖像画も1999年以前は毛沢東やその他指導者が出てくる肖像画は100元札だけ、それ以外は少数民族や人民の肖像画だった。それが1元札以上は全て毛沢東一人の肖像になってしまった。それは漢人のグローバリズムのようだ。 中国の東北地方から日本に来た中国人から聞いた話だが、今、ウイグル人のマフィアは広州に進出してきていると聞く。ユン・チアンの「マオ」によると毛沢東はライバルの張国Zの紅軍を全滅させるために、新疆ウイグルからソ連とのルートを切り開く命令をし、張国Zの紅軍はウイグル族の反攻の中でほぼ全滅したとある。ウイグル人の反骨の気質も物語るエピソードだ。新疆ウイグルには漢人以外にも、ウイグル人以外の民族も多数いる。今、中国の国家の留め金を外したら外したで、ソ連撤退後のアフガニスタンのようになるとも限らない。彼らはイスラムの同胞同士で殺し合ったのだ。 しかし、92年に西安のイスラム寺院で礼拝に参加させてもらったことがある。仏教徒だという我々を親切に迎え入れてくれた。それも忘れられない。 私は北京についた初日にmaoという出来たてのライブハウスに行ってきた。場所は鼓楼の近く、鼓楼東大街にある。9年前この辺りに今は無いCD屋があり、中国のパンクバンド"THE FLY"の友人だという兄ちゃんに中国のパンクロックを紹介してもらった。現在、このへんには楽器屋や、ロック専門店が多い。
店内の客のファッションも格段によくなっていた。昔は日本人は格好でだいたい分かったが、もう中国人と日本人は傍目では見分けられない。私の漢人女性のイメージは甲高い声でしゃべるきつい女性、または、バスの運転手をしているような男勝りの豪快な女性という感じで、人間的にはいいのだが、異性としてはあまり魅力を感じたことが無かった。雲南省の白族、納西族の女性は当時も可憐で美しかった。今は漢人女性もかわいい声でしゃべる娘もいるし("かわいい"はそのままの発音で中国にも輸入された。)、ファッションセンスのいい女性が増えた。そんな漢人女性は浮気性の漢人男性よりも澄んだ目をしたチベット僧の男性に恋してるという。また、少数民族出身のアイドルが最近増えてきていて、漢人男性は少数民族女性にぞっこんだ。この流れは中国の民族の矛盾を解決できるだろうか。中国は拝金主義からそれぞれの民族の文化を見つめ直す時代に来ている。 |