ダライ・ラマ
1997/中国/監督:白丹

ダライ・ラマ(右)、パンチェン・ラマ(左)、毛沢東(中央)

 チベット問題の中国側からの見解を示したドキュメンタリー映画。数々の映像資料と当時者の内、ある者は嬉々と、ある者は目をそらしながら話すインタビューからなる。

 チベット問題は中国共産党の最大の恥部であろう。1980年頃、チベットを訪問した故胡耀邦はその惨状に呆然としたという。現在も漢人の入植政策によるチベット文化破壊というイスラエルと同様の政策が為され、チベットは迫害され続けている。しかし、中国にとってもチベットの分離独立を認めてしまうと中国中の民族問題が爆発していしまい、ロシア以上の大混乱と、ユーゴスラビア以上の戦争が行われてしまう可能性があり、引けない問題でもある。

 私にとってもこの問題には複雑な気持ちになる。仏教徒としての私はチベットにも共感するし、アジア主義者としての私は中国にも共感するのだ。ただし、この前公開された”セブン・イヤーズ・オブ・チベット”にはかなりの胡散臭さを感じた。帝国主義的侵略を続けた日本と、それ以上に残虐だった国民党に対して、貧農を積極的救い、人々から支持を得て中国を統一した当時の人民解放軍がそれほど悪質であったかだ。

 日本軍の中国での行軍は基本的に略奪だった。それは食料が現地調達であったためだ。国民党軍は貧農をまるで省みず、ひたすら戦争のための高い税金を徴収し、地主や幹部は税金やアメリカからの援助を横領し肥え太った。その惨状の中で、毛沢東と朱徳は逆に地主が貧農から搾取した食料を貧農に分け与え、それにより貧農の支持を得ていた。朱毛の名は西南地方では英雄となっていた。そして、貧農は自らの解放のために人民解放軍に志願した。指導者達はみな贅沢を拒み、死を恐れず勇敢で、理想に燃える人々であった。(※1

 そんな人民解放軍が何故帝国主義的侵略とも言える「チベット解放」を行ったのかという点で中国側の発表であるこの映画はとても興味深い映画だった。

 まず、チベットの歴史を見ることからこの映画は始まる。西側からの情報では「チベット解放」以前のチベットは仏教による理想社会であることが語られるが、この映画では結局はそれも封建社会であったと語られる。農民は貧しく、僧侶はそれを搾取する。当時を生きた農民がそれを語る。そして当時の刑罰がいかに残虐であったかが語られる。数々の拷問道具、目をえぐり出すなどの刑罰など。そして、中央では権力闘争が繰り返される。イギリス軍がインドを経てチベットに入った時、最初は歓迎していたが、それを歓迎していた一派は、後にそれに反対する一派に目をえぐられる等の刑罰を受けさせられ、つぶされてしまったという。また、最高位のダライ・ラマは世襲ではなく、先代のダライ・ラマが死ぬとその生まれ変わりが探され、それが新しいダライ・ラマとなるというシステムになっているが、そこには権力者の意図が入りやすかったという。そのためチベット仏教を信仰していた清の皇帝はそのようなことが起きないように籤を引かせるようにしたという。現在のダライ・ラマ14世はそんな中、権力の意図の入らない地方から選ばれた。

 清や中華民国の時代を通して、中国はインドを通してやってくるイギリスと通商権を巡り争っていた。この頃からチベットは穏やかながらも帝国主義にさらされていた。そして、インドが独立し、中国共産党が中国を統一した。もはや、イギリスはチベットへの影響力を失っていた。そんな中、1950年「チベット解放」が始まった。そこについての映画の描写はたどたどしくなる。いかにチベットの貧農が貧しい状況に置かれていたかのフィルムや貧しい農民を僧侶が叩くフィルムをやたら流し、最後にはチベット側がいかに軍備を蓄えたかが語られる。そして、最初の戦闘があったチャムドで、侵攻する人民解放軍を先に攻撃したのだという。まあ侵攻されれば、攻撃するのは当たり前だし、チベット側があっさり負けたところを見るとそれがたいした軍備で無いことがわかりそうなもんだが・・・・・

 その脅威からまだ即位する歳である18歳になっていないが、ダライ・ラマは親政を開始し、ラサから逃れた。そして1951年中国側からの「平和協定」に調印し、ラサに戻ってきた。この時期は信仰は守られ地主に対する攻撃は行われなかったという。チベットが自分から民主化を行うのを待つという姿勢だったという。そして、1954年ダライ・ラマは第1回中国人民大会に出席するため北京に行き、毛沢東やその他幹部に手厚い歓迎を受けた映像が流される。その時のダライ・ラマの顔は本当に嬉しそうだった。そして、ダライ・ラマは全国人民代表大会常務委員会副委員長に任命された。

 その頃、アメリカやイギリスは中国のチベット併合に脅威を感じ、チベット独立に向けた工作を始めたという。1956年ダライ・ラマは釈迦牟尼生誕2500年祭に出席するためインドに行くこととなった。この映画はこれでダライ・ラマは感化されてしまったのだという。ダライ・ラマの人格を評価する一方で、彼は周りに影響を受けやすいと語る。その頃独立派は着々と準備を進め、1959年人民解放軍がダライ・ラマを劇に誘うのを、誘拐だと言いがかりをつけ、暴動へと発展したという。その中、ダライ・ラマはチベットを脱出することとなる。そして、共産党がいかにチベットの発展させたかを語り、この映画は終わる。

 この映画は中国の意図が見え隠れしながらも、映像資料、当事者の声など実に参考になるものが多い。その点では、ヒロイズムで煽る”セブン・イヤーズ・オブ・チベット”よりはずっと評価できるだろう。チベットを理想化しすぎる西側メディアへの距離をとるのにいい材料だと思う。チベットが独立したまま現在までいたったらどうなっていただろうか。チベットは一部通商があったものの、基本的に鎖国国家だ。情報は隔離されるだろう。そして生産量も少ない貧しい地域である。現在の北朝鮮のようにならないと言えるだろうか。そして今すぐにダライ・ラマが復権したとして、現在のような生き仏のイメージを情報操作無しに保てるだろうか。戦後日本の天皇制や神道と同様、胡散臭いイメージをまとわりつくことがないだろうか。現在でも日本伝統文化の御輿が学校で担がれることがキリスト教徒によって止めさせられたのだ。チベットのような政教一致の政治がイスラム原理主義を批判する西側メディアの手で再び胡散臭いイメージをなすりつけられることは無いと言えるだろうか。チベットは宗教だけの世界でなく政治の世界でも生きてきて、独立するとなるとこれからも政治とつきあわなければならないのだ。

 中国共産党について言えば、どんな名目をたてようと結局、西欧諸国や、日本と同様、帝国主義的力関係の中で侵略をしたわけだ。(※2) また、いくらチベットの刑罰が残酷だといっても、彼らはそれと同様の拷問をし、数多くの政治犯または政治犯とされた人々を処刑、または、餓死させたのだ。何故、理想に燃えた中国共産党はそこまで残虐になったのか。それは地球総人口の4分の1にもなる人口を貧農にいたるまで食べさせていくということがいかに難しいかということでもある。4000万人の餓死者を出したという大躍進政策は無料食堂を建てる等、まさにそれを実現しようとして失敗したのだ。一般人が食べれてなかったのだから、労働改造所内はもっと食べれてなかっただろう。それで人々の不満は溜まって、独裁者特有のパラノイア状態の毛沢東の一言で文化大革命に突入する。責任を全てに他人のせいにして、貧しいという状態になるのだ。

 現在の中国はどうだろう。私は1992年に中国へ旅行へ行った。西安駅で公安がボロボロで立てない少年に棒で叩くシーンを目撃した。中国にはやはり人権意識は希薄だ。その頃はチベットには入れなかった。チベットではどうだったのだろうか。ただし、列車で話した人民解放軍の兵士は、誠実そうで、たばこも酒もやらないまじめそうな人物だった。また、西安の小学校をいきなり訪問したことがあった。校長先生も本当に人が良さそうな人で、外人が来るの初めてらしく歓迎してくれた。その時に道徳の教科書をもらった。そこには少数民族を差別するなと書いてあった。実際、少数民族の白(ペイ)族の住む雲南省大理、納西(ナシ)族の住む麗江に行って来た。大理は貧しいところもあったが、麗江はかなり豊かでゲームセンターには当時日本で流行っていた”ストリートファイター2”があった。総合的に見て、内陸にしては他の漢人の地域に比べ豊かだった。中国の少数民族保護政策はそれなりに実行されていたのだ。あと、中国全般的に車の中には毛沢東のキーホルダーをつけているのをよく見かける。本当に毛沢東を尊敬している人は多い。奥宮正武さんの「大東亜戦争と日本人」の中では以下のように語られる。奥宮さんが中国を訪問した時、年輩の中国人はこう語ったという。「もし、毛沢東先生による革命がなかったら、今日、われわれは、食べるものも、着るものもなく、雨の当たらない家に住むこともできなかったであろう」

 現在、ダライ・ラマの要求していることは、独立ではなく、チベット人の人権確保と漢人移住政策によるチベット文化破壊をやめることだという。中国の実状とチベットの未来を考えた賢明な提案だと思う。これからダライ・ラマはより政治的に動くこととなるだろう。その政治的過程の中で、ダライ・ラマのイメージにシミを作ることが起こっても、ダライ・ラマの支持者ならそこでしらけてはならないだろう。そこが人を祭りあげるだけの人間と本当にチベットの未来を考える人間の分かれるところだ。もう、ダライ・ラマを聖化するのは止めよう。彼は毛沢東のように数々の俗世の塵にまみれて、現実的にチベット人を救わなければならない。

※胡耀邦
彼の死が天安門事件の発端ともなった
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※日本軍の中国の行軍
奥宮正武「大東亜戦争と日本人」PHP出版参照。以前、朝まで生テレビでこの戦争の従軍者の方が出演したが、この方も自分がそのような行為をしてきたことを語っていた。
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※1
S・リッテンバーグ,A・ベネット 金連緑訳「毛沢東に魅せられたアメリカ人(上)」筑摩書房参照(9/5作者名修正)
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※2
現在、自由主義史観の人々が日本がいかに朝鮮の発展に貢献したかを語っているが、彼らはこの映画と同じことをしているのだ。日中戦争が侵略でないのなら、中国がチベットに対してやったことも「解放」だということになる。
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