王欣太 李學仁(原作)『蒼天航路』

 一時期に比べ、最近新人のおもしろい短編漫画が出てくることが少ないようです。特に小学館の系統で。松本大洋、井上三太、魚喃キリコといった短編の中に一瞬の鋭い感性が光る漫画を見かけない。ドラマでやったようなストーリーの漫画が目立つ。(ヤングマガジンに連載された山下ゆたかの『ノイローゼダンシング』あれだけは例外。したしぶりに興奮しました。)漫画も壮年期時代に入ったということだろうか。それに対してベテランや、長編型の漫画がおもしろい。小山ゆうの『あずみ』や、浦沢なおきの『MONSTER』がいい例だろう。そして講談社漫画賞を受賞したこの王欣太の『蒼天航路』が挙げられる。

 この作者がベテランかどうかは知らないが、三国志歴史物という点で、ベテランの漫画家か書きそうな内容である。そして、それらはだいたいにして三国志演義から逸脱の無い小説の漫画化物ばかりだ。

 この『蒼天航路』はそのような伝統をぶち壊す、小説ではできない漫画だからこそできる三国志だ。三国志を知る者なら、自分の中にある三国志の定説を壊す快感を得られ、三国志を知らない者には三国志の世界に引き込まれていくだろう。

 三国志の小説や漫画では、必ず劉備が主役となり、曹操は必ず悪者だ。劉備はまじめで聖人のように描かれ、曹操は意地の悪い傲慢な策謀家として描かれる。小説では『逆三国志』といった史実を変えてまで曹操に負けさせるものまである。三国志の中で最大勢力を築き上げ、才能もあった彼がどうしてここまで嫌われてきたのか。以前、中国の列車の中で三国志について話したが、彼はまじめぶっている劉備より、曹操の方が好きだと言っていた。台湾人の李學仁を原作とするこの漫画ではその流れのためか、曹操が主役なのだ。(李學仁さんは在日韓国人二世の映画監督でした。間違えてしまい申し訳ありません。そして昨年9月22日亡くなられたそうです。1999年5月12日追記)

 劉備が主役の今までの三国志では、勧善懲悪になり、そこに策略の戦いが乗せられるという形になってしまう。いくら善を盾に孔明が善戦しても、結局は魏に負けてしまうのだ。それが、この曹操主役の漫画では、善悪ではなく、それぞれの勢力が並列に並べられ、その思想同士の戦いとなっている。黄巾党を評価した三国志が今まであっただろうか。董卓を評価した三国志が今まであっただろうか。

 歴史というものは力の無い力に脅かされてきた文官によって書かれる。力のある者は、歴史書など書かず、自らが歴史になるだろう。歴史家はそのかわりにその力の無い視点で歴史を作る。できるだけそんな自分に合う人物を英雄にするか、あるいは、英雄がそんな人物で無くても自分の性格に合わせてしまうかどちらかである。それは三国志演義が金やモンゴルに脅かされた宋の時代の影響でもあるだろう。黄巾党、特に董卓など極悪人としてだけで葬られてしまいがちだが、それが漫画というメディアで迫力を持った思想として描かれる。

 また、現在、描かれてる途中の官渡の戦いでは曹操と袁紹の間の、人間への捉え方の戦いとなっている。袁紹は人間の陽の部分だけ見て、それを拡大させることに重点を置いた用兵をするが、曹操は人間の陽も陰も両方利用する用兵をする。三国志演技では大軍だが優柔不断な袁紹が、曹操の策略で兵糧を焼かれ大敗するということになるが、この漫画では袁紹はそんな落ち度は無く、曹操は劣勢を強いられるが、いったい曹操はどのようにそれを切り返すのだろうか。

 どちらにしろ、この漫画の作者は幅広い視点で現代と自分のまわりを見ているのだろう。それが歴史物であるこの漫画に生きている。彼の世界観は曹操の視点を借りることにより、三国志に、現代でも通用しそれどころか現在に欠けている価値観を見いだしている。それは今まで三国志の劉備の視点ではだめなのだ。姦雄と言われた清濁併せ飲むことができる曹操の視点でなくてはならないのだ。これからの長編漫画は漫画であることの利点を活かし、著者の生活の中で何を見てきたか、自分をどれだけ客観視できるかがポイントとなるだろう。
H10/11/03

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