平成13年総裁選について
現在の不況の日本。そこからの脱却策としてアメリカ型の能力主義の資本主義ばかりが叫ばれる。そして、平等主義は悪平等主義と、また、人権は戦後民主主義が生み出した歪んだ民主主義として叩かれる。しかし、はたして現代の日本の不況や無責任、文化の崩壊、性風俗の乱れはそれによって起こったのだろうか。不況はバブル崩壊から生まれた。それは金さえ増えればなんでもいいとする職業倫理を忘れた投資により生まれた。性風俗の乱れは需要があればなんでも供給していいとする拝金主義の規制緩和から生まれた。文化の崩壊もマスコミの視聴率優先主義から生まれた。みんな資本主義の歪みから生まれたのである。
森バッシングもあれほど政治を愚弄したものは無かった。マスコミの視聴率優先主義に政治が踊らされてしまった形だ。エイズ発言は確かに悪いが、神の国発言はそこまで言われるほど問題だったか。石原慎太郎知事の三国人発言の方がはるかに問題だった。あまり報じられないが森総理はロシアのプーチン首相以外にも、レバノン首相と会談したり、キューバからは招待状が来たという面もある。自民党もうわべで自民党としての組織の威厳を守ったが、最後は森総理を見放した。最後まで裏切らなかったのは亀井氏だけである。
人気のある小泉氏も結局、郵政民営化等、アメリカ型資本主義に追随し、利益優先主義だ。構造改革と言っても、目先の金が入らなくてもいい仕事をするという精神改革は行われないままだ。公共をどんどん民営化していったところで、目に見えない部分はどんどん切り捨てていく目先しか見えない社会を作るだけなのだ。それは今まで積み上げてきた私利私欲を捨てみなが手を取り合って社会を良くしていこうとする精神的遺産を切りつめ、滅亡へとひた走る道に他ならない。
その中で弱者を助けるという平等主義を唱えられているのは亀井氏だけだ。他の候補はみんな自民党的な保守ばかりだ。野党も政略ばかりのお気楽な理想主義を説く。はたしてそれは実現できるものなのだろうか。それを唱えることこそ保守的に見えてしょうがない。亀井氏は大学の頃まではマルクス主義者だったそうだ。安保闘争の頃から治安を守ろうと思って警察に入ったという。亀井氏に理念が無いという非難があるがこの経歴を見る限り、それは完全に間違っている。彼は教条主義に流されず時代の弱者を救おうとしてきたのだ。そのための手段は理念に縛られずに現実的に実行出来るものを選んできただけなのだ。それが彼の実行力だ。彼を批判するのはアメリカ型資本主義者とともに自民党型の保守の人間だ。彼が自民党の「転向」をもたらしたというのならそれこそ大歓迎だ。
H13.04.17
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