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ビデオスターリンのパンクでポップな面とパラノイアスターのサイケデリックな面を両方併せ持ったバンドを目指して遠藤ミチロウ氏が1989年再結成(再結成したと言ってもミチロウ氏以外は同じメンバーがいない)したスターリン(以降スターリンと呼ぶ)。一作目の『JOY』はパンクではないにしてもサイケデリックでも無かった。その意味ではこの作品はそのコンセプトが限界まで突き詰められた作品だった。 一曲一曲がものすごい。特に『石のような雪が降る』はこれ以上の曲は無いというほどすごい。サイケデリックな世界を背景にパンクのように激しく音と詞が飛び回る。『WALK BOY』,『WAKE UP MORNING』なんかはバンドの曲というものを逸脱し、音が詞の世界を作り、詞が曲になっている。ミチロウ氏自身もこれこそ、初代ザ・スターリン(以降ザ・スターリンと呼ぶ)の幻想を乗り越えた新しいスターリンだとこのアルバムの名前を『スターリン』と名付けた。 このアルバムはメジャーで大々的に売られた。その割には売れなかったらしい。ザ・スターリンの過激さを期待して、それが無いことに幻滅したためということもあるだろう。しかし、それだけでも無いようだ。 私はスターリンから聞いて、ザ・スターリンを後から聞いた。最初は『JOY』とこの『スターリン』を聞いた。最初聞いた時訳がわからなかった。スターリンは過激だということは聞いていたがこれが過激なのか、そして何故これがスターリン(ヨシフ・スターリン)なのかもわからなかった。次に出た『殺菌バリケード』は聞き易くアルバム全体が一貫していた。(今聞くと随分当時のバンドブーム的で普通の曲。) そこからスターリンと遠藤ミチロウをよく聞くようになった。『スターリン』もザ・スターリンも聞くようになった。 『スターリン』はザ・スターリンと比べてみても、アルバム全体として聞くと一貫性に欠けるのだ。一曲一曲聞く分にはいいのだが、アルバム全体を通して聞くと何かたまらない気分の悪さが残ってしまう。それはザ・スターリンの過激さの表現としての気分の悪さとも違っていた。それはむしろ快感だった。シングルカットされた『勉強ができない』こそその気分の悪さを象徴していた。この曲どう見ても詞と曲がかみ合っていないのだ。そこを狙っているということをおいていても気分の悪さが残ってしまう。 というようにこの『スターリン』は非常にわかりずらい作品なのだが、一曲一曲がものすごく突き詰められた実験性に富んでいる。なんで今更私がこの作品を評するのかというと、最近再びザ・スターリンと遠藤ミチロウ氏が注目を浴びてきて、それとともに今は絶版になったCDが多いスターリンが伝説化しはじめているからである。シングルの『勉強ができない』などヤフーオークションでそこそこの高値がついている。スターリンが活動している頃はザ・スターリンの伝説は残っていても、スターリンの方はそうならず衰退していく感じだった。それが時代が経って見直されたためか、今のミチロウ氏の未だ盛んなる活動のためか、または、作品が前衛的すぎて後の時代でなければ理解できないものであったためか、今注目を浴びつつある。 『スターリン』レコーディングについての舞台裏は、スターリンのドラムであり、ローザルクセンブルグのドラムとして有名な三原重夫氏のページにあります。必見!! |
H13.04.17