熱病



今僕の体は体でなくなり
数学的論理で図式になって
目の前に現れている
たとえ目が覚めたとしても
その論理的解決をすること無しには
体の不調を解決することはできない
目が覚めた今体は意識されるものとしてあるが
観想の中の論理的数式と切り離せず
そしてそれらは同一のものなのである
だから体をねじることにより
図の論理的展開をはかり
解決へ導くのだ
体をねじることと論理的展開は
どっちが先にということではなく同時である
論理的展開をはかると同時に体がねじれ
体をねじると同時に論理的展開をはかるのだ
もう夢を見ているのではなく
目が覚めているのであるが
こんないまわしい苦痛な論理的展開を
放棄してしまおうとしても
それは出来ない
なぜならこんな複雑でめんどくさい数学的論理で
頭をかかえることと
体の不調で苦しんでいることは同じことであるからだ
だから論理的展開を放棄することは
体の不調の解決を放棄することであり
把握不可能な体の苦痛を残してしまう
そして体の不調は続く訳であるから
数学的論理はやはり残ってしまい
さらに理解不能で忌まわしい難題になってしまう
こういう時は素直に論理的展開を受け入れ
解決に導かなければならない
そこから逃げ出したりせず
こんな心の問題は肉体的不調とは関係がないといった
二元論的考えにとらわれてはならない

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