第一話 「ハンドメードの写真アルバム」

作者が初めてニューカレドニアを訪ねたのは1993年の9月。
もちろんフランス語など習っていなかったし、現地に友人もいませんでした。
右も左もわからず「地球の歩き方」を片手にヌーメアの街を歩いていたものです。

滞在中のある日のこと、泊まっていたイル・ドゥ・フランスで自転車を借りてヌーメア中心街まで散策に出掛けた。
(この頃は自転車でヌーメア中心街まで行くことが許されてましたが今は自転車はアンスバタ界隈で乗って欲しいと
旅行社の人から注意を受けますので、真似しないようにしてください!)

免税店の「ROZANNE」でおみやげの オードドアレ などを一通り買った後、レジにいた日本人の女性店員に「ニューカレド
ニアで結婚祝いというと何か特別なもの有りますか?」と質問してみた。
(ちなみにこの女性店員は今はサウスパシフィックに勤めるチヨコさんで、元クラブメッドのGO出身。しかし、そんなことを知る
のはずっと後のニューカレドニア旅行なのだが・・・)

というのは、テニス仲間の女性がその年の10月に結婚することになっており、なにか気の利いたお祝い物を贈りたい
と考えていたのだ。
(実はこの女性、作者が密かに想っていた女性だった。そんな気持ちを知ってか知らずか、結婚することをニューカレドニア
旅行直前、直接、話して
くれた結婚することを聞いてやはり旅行直前はりかなりショックだったが、ニューカレドニアに滞在す
るうちに気持ちが落ち着いてきたのだった・・・・)

すると「ニューカレドニアだからといって特別なお祝いはないですねー。たいてい銀のスプーンセットとか食器ですよ。
そうだ、うちの店のフランス人女性が結婚したばかりだから、ちょっと聞いてみます。」と言って傍らにいたフランス人の女性
に流暢なフランス語で尋ねてくれた。
「いろいろもらったけれど、レース刺繍のカバーの付いたハンドメードの写真アルバムがとても綺麗で気に入ったそうです。
手づくりなんでいつも入手できるわけではなさそうなんですが、店まで行ってみますか?」
もちろん行くと答えた作者のためにチヨコさん、親切にも、店にあったピクニックの地図に場所を書き込んでくれる。

店の場所はメインストリートからかなり離れた場所だったが幸いにも自転車で来ていたため問題なし。
「あっ、そうだ。アルバムが欲しいとフランス語で書いときますね。」
と先ほどのフランス人女性に頼んでピクニックにフランス語でアルバムが欲しい旨を書き込んでくれた。
「ハンドメードの電気スタンドの傘などを売っている店です。ショーウィンドウに電気スタンドが並んでいますから。」
と注意を受けると、自転車を止めてあるココティエ広場に向かい、そこから一路、目的の店へ。

とはうまく行かず、なんせその時は初のニューカレドニア旅行。途中迷って、地図を通りがかりの人に見せて道を
教えてもらったりもした。もちろん、みんな笑顔で道を教えてくれました。

炎天下のヌーメアを自転車で走ること20分、ようやく店に到着。
中に入って人を呼ぶと、おばあさんが出てきた。もちろんフランス語。
当時はフランス語などまったくわからない作者、黙ってピクニックを差し出し、店員さんの書いてくれたフランス語
を見せる。
すると、おばあさん、納得したようすで、店の中からアルバムを持ってきてくれた。
手にとってみると、本当にかわいい写真アルバムだった。
ピンク色の布地のカバーに美しいレースの刺繍がしてある。これなら誰が貰っても嬉しいはずだ。
「How much?」
と作者が尋ねると「これは売れない」と言い理由を説明してくれる。
英語に堪能でない作者だったがおおよそのことは分かった。
このアルバムはハンドメードなので3日に一冊しかできないらしい。すでにこのアルバムには先約の買い手が
付いているので、今日は売ることはできない。3日後にくれば同じ物を作っておいてくれるということらしい。

だが、作者はあさってには日本に帰る予定になっている。3日後にはもうヌーメアにはいない・・・・。
しかし、このアルバム、見てしまったからにはどうしても欲しい・・・。

無理を承知で事情を片言の英語で老婆に話すと、ちょっと考えた後、なんと売ってくれると言う。
アルバムの買い手はよく知った人だから、待ってもらえるだろうと言うのだ・・・。
この言葉を聞いた」とき作者は「やはりここは天国にいちばん近い島だ。」と思わずにはいられませんでした。

このアルバムについては後日談が有ります。
アルバムを結婚祝いに贈り喜ばれたはもちろんですが、3回目のニューカレドニア旅行のときに再び「ROZANNE」
を訪ねたら、チヨコさんとフランス人の女性店員のかたに再びお逢いすることができました。
アルバムの話をすると二人とも憶えていてくれて「よかったですね。手に入って」と喜んでくれました。
この頃には、フランス語を習っていた作者、フランス人の女性店員の方にも「Je vous remercie」とお礼を言うことが
できました。

ただ、それからニューカレドニアのあちらこちらに足を伸ばし始めた作者、肝心のアルバムを譲って頂いたお店には
再訪する機会がなかったのです。
あれから6年、あのお婆さんはまだ元気でアルバムを作っていらっしゃるのでしょうか・・・・。
今年(1999年)末に予定している11度目の旅行では絶対、再訪しようと思っています。

このホームページを読んでアルバムを欲しくなる人もいると思いますが、この店は、佐倉さんやさつまラーメンの上田
さんも知らなかった店でみあるし、作者の想い出の場所でもあるので、場所は秘密にしておきます。ごめんなさい。

どうしても、この店の場所を知りたい人は、写真と店名を頼りに探すか、いまはサウスパシフィックツアーに勤めるチヨコ
さんに聞いてください。(でも6年も前の話なので店がまだあるかどうか・・・・)

この初回のニューカレドニア旅行で受けたチヨコさん、フランス人の女性店員の方、アルバムを売ってくれたお婆さん
の優しさ、温かさ。これがその後、9回もニューカレドニアを旅行する原動力になったのかもしれません。

アルバムを買った店
アルバムを買ったお店 今もあるのでしょうか・・・?

11回目の旅行のときに、この店を再訪してみました。
6年前、自転車で駆け抜けた道を今回は思い出をたどりながらゆっくり歩いてみました。
蘇る当時の記憶・・・。

でも、やはりこの店なくなっていました。
ということで、アルバムを売ってくれたお婆さんにも再会はできませんでした。
あの美しいハンドメードのアルバムは幻のアルバムになったのです。

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