第2話 「マレ 嵐の中の昼食」



 作者は東京在住であり、九州や沖縄のように台風が頻繁に通過するという所でもない。
 それでも何年かに1回は台風が上陸してくることがある。
 そういう時に、決まって想い出すのは、ニューカレドニアのマレ島で台風の直撃にあった
ときのことだ。
 別段、生命の危機に曝されたわけでもないのだが、海に面したマレの民宿シ・メッドの窓
から荒れ狂う海や風でなぎ倒されるヤシの木を見て、自然の脅威というものをまざまざと実感
した。
 だが、この台風のおかげでもうひとつニューカレドニアのメラネシンの人の優しさも実感で
きたのであった。

 マレの1回目の訪問は惨憺たる結果に終わった。
 前日までの晴天が嘘のような大雨、この雨で急に温度も冷え込んで出発直前に日本でひいた風
邪をぶり返してしまった。
おまけにヌーメアに戻る飛行機がエア・カレドニアの飛行機トラブルで1時間半も遅れ、
熱が出てだるい体でマレの空港で飛行機を待ったのはなかなか辛かった。
それだけに、2回目のマレ訪問は、「リベンジ」をしようと心中、期するものがあったの
だが・・・・。


マレに渡る前日、「みかど」で夕食を取ったときに、奥さんから「バヌアツ上空で台風が発生
したらしいわ。残念だけど、明日のマレは雨かもしれないわね・・・。」
と忠告を受けた。

実は1回目のマレ訪問のときも、その前日、「みかど」で夕食を取ったのであるが、奥さんから
「明日は雨かもしれない」と忠告を受け、それが的中した。(「みかど」の奥さん 宮川夫人は、
湿度が高くなってくると頭痛が起きるそうで、その翌日は雨が降るという天気予報の達人なので
ある。)

「うーむ、そうですか。雨ならゆっくり寝ていましょう。」
ニューカレドニアの天気が運次第なことをよく知る作者は笑ってそう答えた。
1回目の雨のマレの教訓を生かして、今回は、折りたたみ傘、厚手のトレーナー、雨をはじくビニ
ール製の薄手のジャンパーと完全装備である。
雨でビーチを楽しむことは出来ないかもしれないが、この装備なら雨でも島内散策には出れるはず
である。
台風は予想外であるが、「台風一過」、あっという間に通りすぎて、あさってはビーチで楽しむこと
ができるだろうと軽く考えていたのだった。
(ニューカレドニアの台風は日本のそれと違い、ゆっくり迷走を続け、なかなか通り過ぎないとはこの
時点では知る由もなかったのである。)

さて、マレへの出発当日、AM5:20頃、パークロワイヤルホテルの部屋を出て空を見上げると台風どこ
ろか星が出ている。
「台風が外れたのかもしれない。」
と安直に考え、ホテルのロビーに行くと、迎えのフランス人が来ている。
通常の日本人観光客なら、この他に日本人のガイドの人が来てくれるので、台風の情報が聞けたのかも
しれないが、旅行のアレンジをしてくれた佐倉さん、「すっかり慣れてますからガイドは付けなくていい
ですね。その分、安くしますから・・・」
ということで、迎えのガイドの人は来ないことになっていたのだった。
 もしここで日本人のガイドさんが来ていれば「台風情報」を尋ねてマレへの訪問を中止できたかも・・・
と思ったのは、ずっと後のことである。

夜が明けきらぬヌーメアの道を走ること30分、マレに渡る国内線の出るマジェンタ空港に到着。
この頃には空も白く明るくなって来たが、いつの間にか星は消えて、空は雲に覆われている。
送迎に来たフランス人女性は「Bon Voyage」の一言を残して帰ってしまった。
ここからは自分のフランス語だけが頼りの旅である。

くもり空のヌーメアを飛行機は定刻に飛び立つ。
「ヌーメアは雨でもロワイヨーテ諸島は晴れていることもある」という希望むなしく飛行機の窓から
見る景色はいちめん灰色の雲。
時折、雲の切れ間から見える海も、晴れた日のターキッシュブルーの輝きとは違い、薄暗い青である。


マレに到着するころにはすっかり雨になっていた。
飛行機の乗降口が開いてタラップを降りると冷たい雨が頬を打った。
「マレの神様とはよっぽど相性が悪いらしい・・・・」と思いつつ、小さな空港の建物に向かった。

機内預けにした荷物が出るまでは時間がかかるので、まずは空港の建物を出て、マレ島での宿泊先で
あるシ・メッドの迎えの車を捜すことにした。
空港の建物を出たすぐ横には、マレ島に新設されたホテル「ネンゴネ・ビラージュ」の送迎の車が停
まっていた。
車の傍らにいた運転手のお兄さんが私の姿を見ると「ネンゴネ?」と質問してくる。
「Non,Je vais rester a Si-Med」
と答える。この辺はフランス語を習っていて本当に良かったと思う点である。

停まっている車をひととおり見たが、Si-Medの文字が入った車は見つからずじまい。
迎えはまだ来ていないらしい。
これも、ニューカレドニアではよくある話。少し不安になったが空港から電話すれば良いと決めて
まずは荷物が出るのを待つことにする。

15分くらいして、機内に預けた荷物を受け取り、再び、Si-Medの迎えを探すがやっぱり見つからない。
空港前をうろうろしているとさきほどのネンゴネのお兄さんが声をかけてくる。
「Qu'est-ce qu'il y a ?(どうかした?)」
「Il n'y a quelqun de Si-Med.(Si-Medの人がいないんだ。)」

というと、なんとネンゴネの人が送ってくれるという。
やっぱりニューカレドニアの人は心が温かい。
私がネンゴネの車に乗り込むやいなや出発。ネンゴネのお客はいないらしい。
おまけに車に積んであったミネラルウォーターを飲まないかとかやたらサービスが良いのである。

雨のマレの道を走ること50分。見覚えのあるSi-Medに到着。
親切にも送ってくれたネンゴネのお兄さんにお礼を言って母屋となるレストランに行く。
レストランではちょうどスタッフが朝食を取っていた。

バウチャーと呼ばれる予約表を差し出すと、意外にも驚いた顔をする。
この様子に驚いたのは私の方で、空港に迎えが来なかったことといい(ニューカレドニアではよくある)
なにか予約に間違いがあったのかと不安になる。
スタッフといろいろ話してわかったのは、現在、リフー島上空に台風がいて、徐々にマレに向かって
いるということだった。
空港に迎えに来なかったのはこのためで、通常ならこのような台風なら離島に観光客を来させるという
ことはないという事だった。
「いつヌーメアに帰る?」と尋ねられたので「明日だ。」と答えるとなんと「それは無理だ」という。
台風は2、3日停滞するので、その間、飛行機は飛ばないという。
これを聞いてびっくり仰天!
作者はあさってには日本に帰る予定なのである。
ヌーメアに戻れなければ、日本にも帰れなくなってしまう・・・・。
 「それならばすぐにヌーメアに戻りたい。」と申し出ると、なんと今日の飛行機は作者をマレに乗せて
きた飛行機がヌーメアに戻るだけだという。
 空港で迎えを待っている間に、その飛行機が飛び立つのはしっかり見ていたので、この言葉を聞いた時は
さすがにショックを受けた。
 ところが、シ・メッドのスタッフはのんびりムード。
 「ゆっくり寝ていろ!ラジオの天気予報を聞くしかない!午後からもし天気が良くなったら島内観光
 に連れていってやる!」
 てな感じであった。

 とりあえずカギを渡されバンガローに案内される。
 母屋から外に出ると、雨や風が強まっているのがわかった。
 「ここは言われるとおり寝ているしかない」と覚悟を決めて、ベッドにごろんと横になったものの、
「日本に帰る飛行機に間に合わないかも・・・」という想いが頭をよぎり不安になる。
 「とりあえず、サウスとアルファーに連絡しておこう」と思い立ち、再び母屋に行った。
 
 ここでの作者の立場は非常に複雑なものであった。
 というのは、このときはパッケージツアーを利用してニューカレドニアに来ていたのだったが、こちら
での担当会社はサウス・パシフィック・ツアー。しかし、マレへのOPツアーの手配は個人的な付き合いで
当時はまだアルファーに在籍していた佐倉さんにお願いしていた。
 となるとマレ→ヌーメアの飛行機はアルファーに面倒をみてもらうしかないし、もし予定の日本への帰国
の飛行機に遅れたらサウスに面倒をみてもらうしかない。
 サウスとアルファー、両社がライバル関係にあることを知る作者の心境は複雑であった。

 まずサウスにかけると、運がよい事に友人の雅子ちゃんがでた。
 状況を話すと、「予報だと台風は反れる方向に進むから明日の飛行機は大丈夫だと思うよ。とりあえず
なにかあったら電話を入れて。飛行機の振り替えとかはなんとかするから」という心強い返事。
 このときの作者はずいぶん、情けない声だったと今でも雅子ちゃんにからかわれるのだが、この雅子
ちゃんの返事を聞いてずいぶんと勇気付けられたのである。
 
 次にアルファー。あいにく佐倉さんは不在であった。
 対応してくれたスタッフによると「明日の飛行機が欠航するかどうかはまだ決まっていないはずなので、
心配しないでください。」とのこと。
 
 「明日、予定どおりヌーメアに帰れるかも」と気を取り直してバンガローに戻る。
 ベッドでごろごろしているとだんだん空が暗くなり雨、風とも一段と激しくなってくる。
 「そうだ昼食を頼んでおかなければ」と思い立ち、母屋に向かう。
 ところが母屋はもぬけ殻。バンガローの周りを探しても人っ子ひとりいない。
 「お昼近くになれば戻ってくるだろう」と思い直してバンガローに戻る。
 ところが、12時を過ぎてもシ・メッドのスタッフは一向に戻ってくる気配がない。
 おまけにいつの間にか母屋にはカギがかかっており、電話も使えない状態である。
 おなかは空いてくるし、心細いし・・・という所で、ひらめいた。
 ちょっと先にイエジェリ・モーテルというバンガローがあったはずである、そこまで行けば
誰か人がいるだろうし、電話も使えるはずだ。うまくすれば昼食も食べられる。

 しかし天気は最悪の状態。すでに傘は役に立たないほどの雨である。
 作者はビニールジャケットをかぶると大雨の中をイエジェリ・モーテルに向かったのである。

 はたしてイエジェリ・モーテルに着くとスタッフがいた。
 ただ残念ながら昼食はできないとのこと。
 電話を借りてアルファーに連絡する。
 こうなれなネンゴネ・ビラージュに送迎してもらって、昼食を取るしかない。あそこはレストラン
だからなんとかなるだろう。

 運良く佐倉さんも戻っており連絡が着いた。
 状況を説明するとネンゴネに連絡してみて、折り返し、電話してくれると言う。
 果たして数分後、電話がなる。ところが事態は予想以上に悪化していた。
 佐倉さんの話によると「マレは台風のため全島外出禁止。ということでネンゴネの人は送迎できない。
シメッドにも電話をかけてくれたが誰も出ない。」
 こうなると佐倉さんでももうどうしようもない。
 「とりあえずがんばってみます。カロリーメイトくらいなら持っているから・・」と電話を切り、再び
シ・メッドまで戻る。

 バンガローに戻りカローリーメイトの昼食をかじっていると、シ・メッドの前に車が停まり、誰かが
母屋の方に行くのが見えた。
 「スタッフが帰ってきたのかな?」
と思い、私もバンガローを出て母屋に向かう。
 しかし母屋の前にいたのはシ・メッドのスタッフではなく恰幅の良いメラネシンの男の人だった。
 ここでまたひらめいた!
 「Je suis un tourist japonais.(私は日本人の旅行者だ。)
Il n'y quelquan de Si-Med. (シ・メッドの人が誰もいない)
Je ne peux pas prendre le dejuner.(昼食を取ることができない)
Est-ce que vous m'enportez au restaurant en voirture.(車でレストランに連れてってくれないか)

 このときばかりは、フランス語を習っていて良かったと思う。
 よその国ならとても見知らぬ人の車に乗ってどこかに連れてってもらうなどということはとても危険で
できないが、ニューカレドニアそれもマレなら安全というものである。

 頼まれた島の人は、私のつたないフランス語を理解してくれたらしい。
 そしてなんと、昼食を取るなら、レストランなどではなく自分の家でご馳走すると言ってくれた。
 
 さすがにこれには驚いたが、ありがたく好意を受けることにした。
 見知らぬ旅人を自分の家に招待して昼食をご馳走しようなどということは日本ではまず考えられない
ことである。まさにニューカレドニアならではである。

 さて、この島の男の人の家はというとシ・メッドの隣の家であった。
 家に到着すると、まず家族にお客が来たことを告げてくれた。
 そして奥のリビングらしき部屋に通される。
 とても簡素な家だがちゃんとテレビも備えられている。
 日本人のお客というのが珍しいのか、家族が入れ替わり立ち替わり来て「Bonjour」挨拶してくれる。
 小学生くらいの年齢の女の子が新聞を持ってきてくれた。
 こうまで歓待されるとは思っていなかった、ただし、フランス語を多少、使えるといっても新聞を
読めるほどではないので、これは読むふりをするだけだったが・・・。

 さて、キッチンに呼ばれてテーブルに着くと、目の前のお皿に料理が盛り付けられる。
 フランスパンとライス、それにイモをふかしたものと、ホウレン草のようなものを煮たものが出る。

 すかさず食べようとすると「Prier」と言われて制止される。
 お婆さんが身振りで祈る格好をしてくれて事情がわかった。
 島の人は敬虔なクリスチャン、食事の前には、祈りを捧げるのだ。
 祈りを捧げる家族の姿には正直なところ、たいへん感動した。

 さて食事が始まると、やはり日本人が珍しいのか、聞かれるのは日本の生活のこと。
 片言のフランス語で答えを返すのにはけっこう苦労したが、それでも島の人とコミュニュケーション
が取れて楽しいひとときであった。
 おまけにもし夜もシ・メッドのスタッフが戻らなければ、夕食もここに来て取ればよいと言ってくれた。
 正直なことを言えば、出された食事は、ちょっと口に合わなかったのだが、この島の人の好意は涙が
出るほとうれしかった。

 幸いにして、夕方にはSi-Medのスタッフもどこからとなく帰ってきて、夕食は無事取ることができたので、
この親切な家族とはその後、会う機会がないまま、マレを去ることになってしまった。

 マレ島の魅力は、ロワイヨーテの島の中で唯一手軽にシュノーケリングを楽しめることにあるのだが、作者は
天気に恵まれず、まだこの最大の楽しみを味わっていない。
(台風の翌日は台風一過の晴天だったのだが、波が荒く海に入れなかったのでシュノーケリングはできなかっ
たのだ・・・)
 でも、もしかしたらシュノーケリング以上の素晴らしさを作者はこのマレの嵐の中で味わうことができたのかもしれない。
 作者は大雨や台風の日になると、必ずこのマレの嵐を思い出す。そして、嵐の中、困った身も知らないツーリストを
自宅に招き入れて昼食をご馳走してくれたメラネシンの家族の素朴な暖かさも思い出すのだった。


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