マレ島交通事故始末記 2004.5



 タディンに行く途中、ビーチで遊ぶ村の人と記念撮影したり、横道に逸れて、村の人と会話したり。
 村の人は快活で陽気。でも、子供は慣れないのか、カメラを向けると逃げてしまいます。
 撮影するときは、了解を貰いましょう。右の写真もお母さんにちゃんと許可を貰って撮影しました。


 ★タディンの銀行
  
  マレ一番の中心街といっても、本当に小さな村です。
  写真は、島に唯一あるタディンの銀行。

  惨劇は、この直後に起こる。


 タディンから、ネンゴネに戻る時は、海岸線を横に走ることになります。
 後方から、ちょっと大きなトラックが来たので、路肩に停車してやり過ごしました。この時、舗装道路を外れて、珊瑚の小砂利のたまった路肩
まで出てしまったのです。

 発進しようとすると、アクセルが急に吹き上がり、ウィリー走行のような形になりました。
 そう、夜に雨が降っていたので、珊瑚の子砂利は非常に滑り安い状態になっていたのです。 そこで急発進したので、完全バランスが崩れ
ました。
 それでも、もうちょっと距離があれば立て直せたでしょう。しかし、運悪く前方から人が歩いてきたのでした。
 「人に当ててはいけない!」

 焦った私は、さらにバランスを崩し、後はスローモーションを見るように、自分がスクーターもろとも、1m位下の珊瑚の岩場に落ちていくのが
はっきりと自覚できました。
 最後まで、スクーターのハンドルを握り、スクーターから投げ出される瞬間、とっさに「手を犠牲にしても、頭や体は守ろう」と珊瑚で手が傷だら
けになることを覚悟で、手で受け身を取ったのです。
 気がついたら病院のベッド。ということはありませんが、タディンの
診療所で治療を受ける私。

 岩場から自力で這い上がると、手は予想通り血だらけ。
 前を歩いていた人が、村の人を呼んでくれて、みんな集まって
きます。事故現場がタディンだったのが幸いしました。
 村の人が集まって、落ちたスクーターを道まで引き上げてくれ
ました。そして路肩に駐車させると鍵をかけて渡してくれました。

 「Je voudrais aller a hopital.Je suis japone」と村の人に言うと、
一人の村人が、車に乗れとゼスチャーを示してくれました。
 そして、親切にも、島で一番大きなタディンの診療所に連れて
いってくれたのです。
 なんと親切な人々と感動していると、診療所に到着。
 ドクターが出てきて、車で連れて来た人が、何か説明しています。
 すぐに診療室に通され、ベッドに寝かされます。

 まずは、両掌の止血。珊瑚で、ボロボロに切り裂かれています。
 また、掌は腫れ上がっていますが、腕や指は動きます。
 「Je suis toulist.Je reste Nebgone.Aujourd'hui Je vais rentre a Noumea」
 (私は旅行者だ。ネンゴネに泊まっている、今日、ヌメアに戻る)

 というと、ネンゴネ・ビラージュに電話をかけてくれました。
 脚や腕、お腹をさわってどこが痛いか聞いてきます。
 このときは、右肘や右手首もあまり痛まず、医師の質問にもはっきり答えられ
るし、意識も喪失しなかったこと、自力で岩場から這い上がったこと、右側を走っ
ていたこと、他に被害は与えてないこと、英語とフランス語のチャンポンで説明
しました。
 左の写真の右側の人物は、どうやら警察関係者らしく事故の様子を質問され
ました。
 右側は医師。「You are lucky」とあまりの軽傷なことに、驚いた様子で、私の
デジカメを無理矢理取り上げ、上の写真を撮影してくれ「ガールフレンドに上げろ」
と笑われました。
 ただ「どっか痛みが増してきたら、ヌーメアの病院にかかりなさい」とアドバイス
を受けました。
 
 やがて、ネンゴネ・ビラージュのオーナー夫人が診療所に迎えに来てくれました。

  どういうわけか診察料はタダ。

  路肩に駐輪していあったスクーターはホテルのスタッフが乗って帰ってくれました。


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