■「現代」という時代の位置づけ

●なぜ21世紀にこだわるのか?
●ヒロシマ以降の時代=アポカリプスの時代

「人類は戦争に終止符を打たねばならない。
「人そうでなければ戦争が人類に終止符を打つ事になるだろう。
「人そうでなければ戦争が人類に終止符を打(J.F.ケネディ)


*本編は、西暦2000年に書き上げたものです。
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●なぜ21世紀にこだわるのか?
 世間では、エンターテイメント関連から学術関係に至るまで実に幅広い分野において、「21世紀」という言葉を使った数多くのイベントやプロジェクトなどが催されています。あたかも人類の文明が21世紀になって「新時代」に突入したかのように誰もが「錯覚」しているようですが、そこには、誰もが見落としている大きな盲点が存在しているように思います。

 数百年前、人類はまだ一馬力程度のエネルギーしか持っていませんでした。18世紀の産業革命以降、様々な技術革新がなされましたが、これらに利用されたエネルギーは、石炭・石油の化学エネルギーや電気エネルギーでした。第二次世界大戦以降、人類は原子力エネルギーを利用することを覚えましたが、原子力エネルギーは、それまでの人類が得たいかなるエネルギーをもはるかにしのぐ大きさでした。そして、科学技術の未曾有の飛躍的な発達も、第二次世界大戦以降に起こっています。

 旧ソ連の電波天文学者ニコライ・カルダシェフは、ある惑星文明の発達段階を、その文明が利用できるエネルギー・レベルによって3段階に分類することを提唱しています。それによると、第一型文明は、自分たちが居住する惑星から得られるエネルギーを全て利用できる段階であり、そのエネルギーの大きさは約10の17乗ワットです。現在の人類の発電量の総和が10の13乗ワット程度ですから、その約1万倍に相当します。すなわち、地球の文明は、まだ第一型文明にも到達していないことになります。

 続く第二型文明は、恒星そのものが放出する全てのエネルギーを支配する文明で、そのエネルギーは10の26乗ワットであり、現在の人類の総発電量の10兆倍に当たります。そして第三型文明は、銀河系全体のエネルギーを利用できる文明で、その文明が利用できるエネルギーは10の37乗ワットであり、恒星1000億個分のエネルギーにも相当します。このようなエネルギーレベルは一見途方もないように感じられるでしょうが、科学技術の知識量は幾何級数的に発展していくため、惑星文明は急速にエネルギーレベルを上げていくと見積もることができます。

 現在の私たちの文明は、第一型文明以前のいわば第零型文明に位置づけられますが、その文明は今、核エネルギーや環境汚染などの地球規模の問題によって滅亡すら危惧される状況にあります。そして、第一型文明に満たないレベルの惑星文明が第一型文明に至る直前で越えなければならない障壁が、実は核エネルギーの使用抑制なのです

 核エネルギーは、惑星全体を一瞬のうちに壊滅させてしまうだけの破壊力を持つにもかかわらず、その段階の文明には、まだ惑星内の統一政府が形成されていないため、個々の民族国家が同時に核エネルギーを使用するというアンバランスが生じます。そのアンバランスは、惑星内の個々の民族国家が利害関係のある敵対国を持っている場合は、地球全体を悲劇に巻き込む危険性を孕んでいるのです。従って、核エネルギーを初めて手にした文明が第一段階に移行できるか否かは、核エネルギーをいかに解放するかにかかっているのです。

 第二次世界大戦は、1945年8月6日に原子力エネルギーが原子爆弾という形で初めて使用されることによって幕を閉じました。原子爆弾の使用は、それまでの微弱な電気・化学エネルギーに比べ、100万倍以上も強力な破壊力を持つエネルギーを人類が手に入れたことを世界に知らしめることとなったのです。

 前に述べたように、核エネルギーの使用は、第一型文明にも満たない文明が第一型文明に到達できるかどうかを決定する重要なファクターとなっています。しかも、核エネルギー使用をきっかけに、その惑星の科学レベルは、それまでの科学レベルから飛躍的に向上するのです。つまり、それまで人類が持っていなかった原子力エネルギーを人類の歴史上初めて実際に使用した1945年8月6日は、第零型文明に属する地球文明が第一型文明に到達できるかどうかを決める非常に重要な分岐点だったわけであり、その意味で新しい時代のエポックメイキングな出来事だったのです。この事から、人類はヒロシマの時に新しい時代に突入したと言うことができます。

 しかし西暦1990年代後半から、世間ではやたらと「世紀末」という言葉が使われ出し、2000年を迎えると、今度は「ミレニアム」という言葉がもてはやされる始末です。しかし、そうした区切り自体には、何の意味もないことをはっきりと認識する必要があります。

 これらは全て西暦で数えられた年であり、西暦とはご存知のように「キリスト教の暦」のことです。前著−『複製された神の遺伝子』(同朋舎/角川書店 一九九九年)−にも記しましたが、日本のキリスト教信者はたかだか日本人口の1パーセント程度しか存在しないにもかかわらず、国民全体がキリスト教の暦で浮き足立っているのは、見ていて実に滑稽です

 西暦の起源は、キリスト教信者にとって十字架の刑によって万人の罪を贖った救世主とされるイエスが生まれた年とされていますが、西暦の起源が制定されたのは、イエスが生まれてから実に500年以上も後であり、それもイエスが十字架の刑にかけられてから「復活」した日や、その時のイエスの年齢を適当に推測した上でひねり出されたものです。そうして作り上げたのが、西暦の起源なのです。つまり、西暦の起源は、なんら明白な事実に基づいているものではないし、しかも一つの宗教上の暦なのです。

 従って、世紀末と言っても、それはあくまでもキリスト教の暦の上での話であり、一つの宗教の暦を使ってよしとするならば、イスラムやユダヤ教などの暦を使っても全く構わないはずであり、キリスト教の暦である西暦を使わなくてならない必然性など、何一つ存在しません

 強いてその根拠を挙げるとすれば、世界中のあらゆる宗教の中でキリスト教信者が最も多いということと、世界の経済の牽引力となる欧米がキリスト教社会であるという程度でしょうが、こうした根拠はとても独善的であり、キリスト教とは無関係の文化と社会を築いている人々にとっては、全くどうでもよい問題です。世界中には、そのような人々が40人以上も存在しているのです。

 読売新聞社が1999年12月中旬に、全国の有権者3000名を対象(有効回収率64.3%)に行った世論調査によると、国民の多くが、1999年を「灰色」ととらえていたのに対し、21世紀は「水色」にたとえていることが分かりました。

 1999年を孤独、不安の象徴である「灰色」にたとえた人は全体の約30%。逆に21世紀を透明感のある明るい「水色」のイメージにたとえた人は、全体の12%。他には、青、緑、オレンジ、白など、いずれも明るい色が上位を占めており、人々が現状には不安を抱いているものの、21世紀に明るい未来を託していることが、この調査から判明したのです(1999年12月29日付読売新聞)。こうしたことからも、ミレニアムだの2000年だの、21世紀だのと世間が騒ぎ立てる背景には、不況にあえぐ今の時代に区切りを付けて、早く新しい時代を迎えたいという大衆の願いが込められているように思えて仕方ありません。

 西暦2000年を迎えた直後、某番組でニュースキャスターが開口一番、「2000年というとても記念すべき年を迎えることができてとても感激しています」と述べていましたが、2000年などという年は、日常生活の中で自分たちが全く意識していないキリスト教やイエスの復活をベースとして制定された暦であることを、このニュースキャスターは十分に理解しているのでしょうか。こうした状況を見るにつけ、人々が西暦を使うこと自体が、一つの宗教上の植民地化ではないかとさえ感じるのです。

ヒロシマ以降の時代=アポカリプスの時代
 要するに、そのような根拠が実にあやふやな一つの宗教の暦を、今でも世界中の人々が使用している事自体がとてもおかしいのです。

 そんな暦を使用するよりも、上に述べた理由から、私はヒロシマを起源にした新しい暦を使った方が理にかなっていると思います。ヒロシマは、人類がそれまでとは全く異なった新しいエネルギーを手に入れたことを人々に知らしめた、人類の歴史に残る全くまぎれもない事実であり、それまで電気や化学エネルギーしか知らなかった人類が、その100万倍も強力な原子エネルギーを手に入れた瞬間なのです。そして、それに見合うようにして、ヒロシマ以降には、世界人口の著しい増加や科学知識と人類が所有するエネルギーの飛躍的な増大が起きているのです。

 よく20世紀は、それまで人類が経験した事もないような特異な世紀だと言われます。確かに20世紀の初めは、世界の人口はまだ16億人程度でしたが、20世紀の終わりには約60億人にまで増加しています。わずか100年間で、実に4倍も増加したのです。

 さらに人類は、地球温暖化に代表されるような環境問題や、世界中の人間を何度も滅ぼすことができるほどの大量の核兵器の保有など、人類のみならず地球全体の生態系を巻き込む地球レベルの問題を数多く抱えてしまいました。これらの問題は、全て20世紀になって起こった問題であり、その意味では、20世紀は未曾有の異常な一世紀だったと言えます。

 しかし、もう少し詳しく分析してみると、20世紀が本当に特異な世紀だったと言える根拠は、全てと言ってよいほど第二次世界大戦以降に起こったものばかりなのです。

 例えば、世界の人口は、1900年の16億人が1930年には20億人、1950年には25億人に増加しており、1900年から1950年の50年の間に9億人増加しています。ところが、その後人口は急激に増え始め、1950年のわずか37年後の1987年には、2倍の50億人にまで昇り、1999年には60億人をついに突破しました。わずか50年の間に、世界の人口は実に2.4倍にも膨れ上がったのです。1950年以降の世界人口の推移は、急増というよりも人口の爆発と表現した方が適切かもしれないほどです。


<世界の人口の推移>


 また文明の発展を支えるエネルギーは、20世紀前半の主役は石炭、後半の主役は石油ですが、エネルギー消費量は、石油、石炭、天然ガス、原子力や水力のような一次エネルギーの消費量を石油に換算した場合で、1929年には12.53億トンで、その約10年後の1940年にもその消費量はほとんど変わっておらず、1950年には18。67億トンに微増しています。ところが、その約20年後の1971年には、一次エネルギーの消費量は46.63億トンと、1950年の実に2.6倍にも増加しています。

 わずか20年の間に、エネルギー消費量は2倍以上に急増しているのです。その後、1973年、79年の二度の石油ショックによるエネルギー価格の高騰で一時期エネルギー消費量は減少したものの、第一次石油ショックまではエネルギーの消費の伸びは人口の伸びを上回っています。そして、2回の石油ショックを経てから、消費量は再び増加しています。

 
人類が手にした科学の知識量も、第二次世界大戦以降に急増し、この10〜20年の間に得た科学の知識量は、それまで人類が得てきた科学知識量の2倍にも達すると言われています。科学は、それまでの先人たちが築き上げてきた知識の上に積み上げていくものなので、得られる知識が多くなればなるほど、それらを土台にして新しく得られる知識量はさらに増えることになり、その結果、科学は幾何級数的に発展していくのです。

 18世紀後半にイギリスで産業革命が起こり、それ以降の技術革新により世界中で産業化が広がっていきましたが、これまでの技術革新には、大きく分けて三つの波が存在しました。

 一つめの波は、18世紀後半から19世紀に至る、鉄道に代表される蒸気エネルギーを利用した技術革新であり、素材としての鉄と蒸気エネルギーを基礎として、綿織物工業や機械工業、製鉄、石炭業が発展し、さらにそれらを大量輸送するために鉄道業や海運業が発達していきました。

 二つめの波は、19世紀から20世紀前半に至る、自動車に代表される内燃機関や電力を利用した技術革新であり、電力、化学工業や製糸、セメント工業などが展開するとともに、これらの技術が組み合わさって自動車産業や電気通信産業が発展していきました。

 そして、三つめの波は、第二次世界大戦以降から現在にかけての、コンピュータやエレクトロニクス、新素材の分野に起こった技術革新であり、この時期に科学技術はまさに未曾有の大躍進を遂げたのです。人類はそれまで機械・化学エネルギーしか知らなかったが、それらのエネルギーよりも100万倍も大きな規模を持つ全く新しい″火″としての原子力エネルギーを手に入れました。そして、20世紀初頭に台頭した量子力学の知識をベースに発展したエレクトロニクスコンピュータによって、社会の様相は一変しました。

 この三つの波の代表する言葉を挙げるならば、18世紀から19世紀に至る一つめの技術革新の波は「物質」であり、19世紀から20世紀前半に至る二つめの波は「エネルギー」であり、第二次世界大戦以降の三つめの技術革新の波は「情報」となります。

 そして今や、誰の目にも新しい技術革新の波が訪れていることが明白です。それは「生命科学」です。生命操作や医療技術によって、個人レベルでは人生を長らえることが可能になってきました。第二次世界大戦以降に世界人口が爆発的に増加した理由は、医学、医療技術の進歩によって乳幼児の死亡率が低下し、また平均寿命も延びたからです。

 しかし、一人一人の生命が生き続ける期間は確かに長くはなっていますが、その一方で、その集合体である人類という「種」、そしてさらにはその受け皿である地球そのものの生命が、いまや断ち切られる危険性を孕んでいます

 20世紀後半の世界人口と科学知識量、そしてエネルギー消費量の急激な増加に伴い、生命圏内に排出される二酸化炭素やメタンなども急激に増加していきます。氷床から掘り出した氷のサンプルに溶け込んでいる空気やハワイのマウナロアの大気を測定して得られた、大気中の二酸化炭素濃度とメタン濃度の、過去300年間の変化を見てみても、やはり、現在、世界的規模で大きな問題となっている地球温暖化の原因であるこれらの化合物の濃度も、20世紀後半から急激に増加していることが分かります。さらに、エネルギーの消費量も第二次世界大戦以降に急激に増えていることは、本文中にも述べた通りです。

 ここでいくつか紹介しただけでも、20世紀の未曾有の特異性は、20世紀全体に見られるのではなく、実は20世紀後半、つまり第二次世界大戦以降に限られていることが分かります。

 ヒト・クローンサービスベンチャーのクローンエイドを設立したラエルは、このようなヒロシマ以降の新しい時代を「アポカリプスの時代」と名付けています

 アポカリプスと聞いて新約聖書の『黙示録』を連想する人も多いでしょうが、その意味は世間で言われるような「終わりの時」を示すものではありません

 アポカリプスには「啓示」という意味があり、他にも「夜が明けてくる」「覆いがはがれる」などの意味があります。これらの意味は、まことに興味深い点を表しています。第二次世界大戦以降の未曾有の科学技術の進歩によって、私たちは、ミクロな世界からマクロな世界に至るまで、それまでの時代の人々が知り得なかった自然界の姿を目の当たりにしています。こうした時代であればこそ、それまで闇の中で神秘のベールに覆われていた自然の姿に科学が光を当てることにより、そのベールをはがすことができるのです。つまり1945年8月6日のヒロシマに起源を有する「アポカリプスの時代」とは、「科学によってあらゆる物事が理解可能になる時代」でもあるのです。

 聖書に、アポカリプスの時代としてヒロシマ以降の時代=「アポカリプスの時代」の到来が記されているとすれば、その時代がやってくる兆候も聖書の中に記されているはずですが、事実そうした記載を聖書の中にいくつも見つけることができます。

 それらは、
 「原爆の投下(1945五年8月6日)」(『ゼファニア書』1・7−10)、
 「ユダヤ国家の成立(1948年5月14日)」(『イザヤ書』11・11−12、43・1−10、『ミカ書』5・2など)、
 「盲人の人も見える時(医療技術の発達)」(『イザヤ書』29・18、35・5など)
などが挙げられます。詳細は、拙著参照

 例えば、『イザヤ書』(29・18)には、「その日には・・・盲人の目は暗黒と闇を解かれ、見えるようになる」と記されていますが、2000年初めには、ニューヨークにある医療機器などの民間研究機関・ドーベル研究所が、メガネにテレビカメラと超音波距離センサーを取りつけ、腰に装着したコンピューターにデータを転送し、データ処理された情報をその人物の脳に埋めこんだ電極に信号として送りこんで見えるようにすることが出来るシステムを開発したと報告しています。

 また、日本では、通産省と厚生省が2001年度から、光を電気信号に変換する光ダイオードなどを網膜に埋め込んで、微弱電流を神経細胞に伝える人工眼技術の開発を行い、網膜の機能が衰えて失明した高齢者たちの視覚を取り戻す人工視覚機器の研究開発を開始する予定であり、同じような研究は、アメリカやドイツでも行われています。2001年3月には、東北大学が、人間に近い情報処理が可能で、動きの速い物体や複雑な形状でもはっきりととらえることができる、目の網膜の構造をまねた画像処理チップを開発しています。

 原爆の投下については、イスラムの教典『コーラン』にも、「その時は近づいた。月は裂けた」(54・1)と記されており、月が裂けるほどの強大な核エネルギーの獲得がアポカリプスの時代(その時)の到来を告げる兆候であることを示しています。


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