●天才政治
今の政治は、ある一定の年齢を得て選挙権を与えられた人たちの「清き一票」によって選ばれた政治家たちによって運営されており、私たちの大半は、それが「民主主義」として当たり前であり、正しいあり方だと思いこんでいるふしがあるように思います。
しかし、それは本当でしょうか?
ある一定の年齢を迎えれば、どんなに愚直な人間でも、選挙権が与えられます。
私は、その事にとても疑問を感じざるを得ません。
私たちが民主主義と呼んでいるものは、実際には「平均政治」です。なぜならば、通常、最も人数が多いのは、平均的な知性を持った人たちであり、選挙によって為政者たちを決める民主主義においては、そうした平均的な知性を持った彼らの声が決定権を持つからです。
今の民主主義は、選挙民の知性のレベルをまったく考慮にいれていない制度です。
選挙権を与えられる年齢に達すると、どんなに愚昧な者にでも「平等に」選挙権が与えられる一方で、その年齢に達していないというだけで、天才には選挙権が与えられません。
こうした制度の下では、アインシュタインのような高い知性を持った人の一票が、愚昧な一人の一票にかき消されてしまうのです。しかも、もっと困ったことに、アインシュタインのような知性を持つ人物よりは、愚昧な知性しか持たない人たちの方がずっと多く存在します。すなわち、私たちは、愚昧な人々によって選ばれた愚昧な為政者たちの下に置かれていることになるのです。従って、現在のような、人々の願いとは正反対の世界ができあがってしまったのです。
こうした愚昧な為政者たちが民衆の上に立つ今の民主主義に取って代わるべき政治体制として、「天才政治」があります。
天才政治の根本原則は、平均より優れた知性を持つ人たちのみが選挙権を持ち、天才のみが被選挙権を持つべきだ、ということです。18歳になったからといってバカにも選挙権を与え、まだ16歳だからといって天才に投票させないことこそが、原始的な民主主義の愚かさを示す、数多くの証拠のうちの一つだと、彼は述べます。今の民主主義のように、もっとも高い知性を持つ天才たちを、そうではない平均的な知性しか持たない為政者たちの下に置いておくのではなく、天才たちに為政者としての権力を持たせようとする体制、それが天才政治です。
天才政治の根本的な目的としては、次の五項目が挙げられます(『天才たちに権力を!!』ラエル 無限堂)。
| 1. |
最も知性的な人々によって、天才たちのあいだから選出された人々から構成される単一の世界政府を樹立することにより、地球を人種、宗教、文化、もしくは知性の程度によって差別されることのない、全住民にとって幸福と開花の世界にすること。
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| 2. |
この目的達成のために、あらゆる手段を活用すること
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| 3. |
個人もしくは集団による暴力を廃止すること
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労働の法則をやめて、開花の法則に置き換えること
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| 5. |
支配者層の知性の欠如から引き起こされている、破滅の危機から人類を救うこと |
天才政治の下では、天才や秀才を選別して、彼らにその能力に応じた教育を十分に受けさせることを目的に、さまざまな年齢の子どもたちに知性を評価するテストを受けさせる必要があります。なぜならば、平均的か、あるいはそれ以下の知性の子どもたちにあわせた今の教育は、不毛な平等教育を口実として、これらの天才や秀才のようなずば抜けた知性を持つ子供たちに関心を示さないため、彼らにやる気をなくさせるとともに、その極めて貴重な芽をつみ取ってしまうからです。さらに記憶力偏重の現在の教育は、人間にとって最も大切な想像力をまったく台無しにしてしまいます。こうした教育は、人類に対する取り返しのつかない犯罪行為だとさえ言えます。
私たちは誰しもが、自己実現や自己表現のために平等な機会を与えられるべきであり、法の下では平等であるべきですが、能力においては平等に与えられて生まれてきたわけではありません。今の教育は、何でもかんでも「平等」を強調しすぎる嫌いがありますが、知性は平等に与えられていないことをもっと直視すべきであると思います。ありていに言えば、知性は、生まれながらにしてまったくもって不平等なのです。
●知性は遺伝する
ひとくちに知性と言っても、知性は複数の知性が複合して形成されていることが近年明らかになってきました。教育学者、心理学者のガートナーは、知性には言語的知性、空間的知性、音楽的知性、論理数学的知性、感情的知性などの8つの知性が存在すると唱えています。心理学分析の面からも、これらの知性はおのおの独立しており、それぞれ別々に並行的な処理をおこなってことがわかってきました。たとえば、音楽を聴きながら文章を書くことは、誰でも経験あると思いますが−今の私の状態がまさにこれです−、この場合は、音楽的知性と言語的知性が別々に働いていることを示しているわけです。さらに脳神経科学の観点からも、これらの知性が脳のどの部位に深く関係しているかも次第に明らかになりつつあります。
知性の優劣の評価というと、一般的にIQ(知能指数)が知られていますが、IQは知性そのものから見れば大した意味を持ちません。脳科学者である澤口俊之氏が主張しているように、人間にとってもっとも重要な知性は、IQではなくPQ(前頭連合野知性)です。
ヒトの脳には、前頭連合野と呼ばれる部位があります。ヒト以外の動物は、この部分をまったく持ちませんが、あるいは持っていても、脳に占める割合はほとんど小さいものです。大脳皮質に占める割合は、イヌで6%、ヒトと近縁種であるチンパンジーにおいても17%程度ですが、ヒトは実に30%も占めています。ヒトとチンパンジーの間では、知能には大きな違いがないにもかかわらず、前頭連合野には著しい違いが見られるのです。
そして、この前頭連合野こそは、未来指向性や独創性、高度な心理能力、感情の支配などを担っており、いわばヒトをヒトたらしめる、脳の中で最高位のレベルの処理能力をおこなう場所であり、ヒトを他の動物から決定的に分けている部位なのです。澤口氏によると、このPQは、ほかの複数あるすべての知性の基底かつ主軸となる知性であり、もっとも人間らしい知性であるといいます。
あなたは天才、あるいは知性に満ちた歴史上の人物として、誰を思い起こすでしょうか。私は、アインシュタイン、ヘレン・ケラー、ガンジー、レオナルド・ダ・ヴィンチ、シェークスピアなどを思い起こします。いずれ人たちも、それぞれ異なった分野で卓越した知性を発揮し、人類の発展に貢献した偉人たちであることは論を待たないでしょうが、おそらく彼らは極めて優れたPQを持っていたのではないでしょうか。
知性は、知識とは異なります。
知識を豊富に持ちながらも知性的だと言い難い人たちは、世の中に大勢います。知性は、大学生や学者が詰め込んだ知識の量とは異なるのです。 コンピュータに人類が所有するあらゆる知識をインプットしたところで、コンピュータが知性的になるわけではないのと同じです。従って、毎日難解な文献と向かい合っている博学の学者ではなく、肉体労働者が「天才」として選ばれることもあり得るわけです。
ここで重要なのは、知性のレベルをいったいどのように評価するかです。
それは、現時点ではまだ考案されていないはずですが、いずれ評価方法が開発されれば、現在一般的に評価されているIQ(知能指数)に取って代わるでしょう。この新しい評価方法で確定する必要があるのは、その人が持つ知識や教養のレベルではなく、「生来の知性レベル」です。
2001年、国際行動遺伝学会の会長を務めたこともあるロンドン大学のロバート・プロミン教授が、IGF2Rと呼ばれる遺伝子がIQと関係していると発表し、人々を驚かせました。すなわち、「知性は遺伝する」ということです。
これまでの研究によると、IQの約60%は遺伝に依存し、残りは環境の影響を受けるそうですが、同じくPQも遺伝することが、すでに分かっています。おそらく、遺伝的要素を持つPQ、もっとも人間らしい知性であるPQが、将来、天才政治体制の基礎となる生来の知性レベルとして評価されるようになるのでしょう。
意識を生じさせる場所がはっきりと特定できるようになれば、生来の知性レベルを評価できるようになり、その結果、天才政治を確立することができるようになるでしょう。天才政治の下では、すべての人たちに対して、生来の知性レベルを測定する科学的なテストをおこない、そのレベルが平均よりも10%以上優れた人たちに選挙権を与え、さらに平均よりも50%以上優れた人たち、すなわち天才にのみ、被選挙権を与えるとしています。従って、こうして選ばれた天才たちは、あらゆる社会階級、国家、人種、年齢、性などから選ばれた人たちであり、彼らには権力が与えられるとともに、天才ではない圧倒的多数の世界中の人々のために働くことになるのです。
●肛門の為政者たち
ラフサンジャニ前イラン大統領が、かつてブッシュを「恐竜のような頭に、すずめほどの脳しかもちあわせていない」と、あからさまにブッシュの知性の貧相さを批判したように、ブッシュは知性とあまり縁がないようだという話は有名ですが、今の世界が危機的な状況を呈しているのは、ひとえに天才とはほど遠い知性しか持たない為政者が、世の人々の上に立っているためです。
数年前、アムステルダムでラエルが「国境のない人権」の代表にインタビューを受けたとき、彼は天才政治をわかりやすく説明するために、人類をひとりの人間のからだにたとえて、あるコメディアンが作った「脳と肛門の会話」を紹介しています。それは、おおむね次のような内容です。
あるとき、脳が肛門に、「おまえは役立たずだ」と言った。
肛門は、「私が役立たずというのであれば、働くのをやめる」と答えた。
その一週間後、脳は肛門に、どうか開いてくれるように哀願せざるを得なくなった。
なぜならば、脳は、肛門が長い間機能しなかったために、毒がたまってしまってうまく機能できなくなったからだ。 |
人間のからだの器官に優劣はないものの、それぞれの器官は、一つひとつがそれ自身の役割を持っています。ひとりの人間としての人類には、脳に適した働きをする人もいれば、足として働くのに適した人もいます。しかし、ひとりの人間の行動は脳が決定するのであり、足ではありません。現在の人類がかかえるさまざまな問題は、人類の脳ではなく肛門が権力を握っている事が大きな理由だと思われます。言葉はあまりよくありませんが、私たちの社会は、「ケツの穴」に統治されているわけです。
今の世界情勢を見れば一目瞭然なのですが、天才政治でない今の単なる平均政治では、民主政治の下で選ばれた、天才でもない凡庸な知性しか持たない、肛門として機能すべきたったひとりの為政者が、何万、何十万、何百万人という罪のない人民の命を決定したり、人類の破滅さえ決定することが可能なのです。そのとき、私たちはこう叫びながら死んでいくのです。
「あんなヤツ(ケツの穴)を選ぶのではなかった!」と・・・。
ですが、そのときではもう遅いのです。遅すぎるのです。
私たちは、人類の肛門であるヒトラー(1933年の『タイム』誌の「マン・オブ・ザ・イヤー」に輝いたこともある!)やブッシュ(きわめて乏しいPQの持ち主たち)が民主主義の中で選ばれた人物であることを、ここでもう一度思い起こさなくてはならないでしょう。いや、正確にいうならば、ブッシュは民主主義の中で選ばれてさえいないのです。アメリカ国民は、もともと彼を大統領としてふさわしい人物だと認めていなかったのです。
米英軍によるイラク侵略が続いている3月25日、ロサンゼルスでおこなわれた第75回アカデミー賞授賞式の場で、映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」で賞を受けたマイケル・ムーア監督が、ブッシュを「虚構の選挙結果による虚構の大統領」と言い切ったことは、まさしく真実なのです。今、世の中をかき乱している、世界の民主主義のリーダーを自負する国のトップは、実は民主主義制度の中で選ばれたわけではなかったのです。ムーア監督は「俺たちはもはや、自らの国を治めたり、自由で公正な選挙をおこなう能力はない」と述べましたが、民主主義のリーダーを自負するこの国は、自分たちのトップを決めるための選挙さえまともにおこなえないでいるのです。
ブッシュがアメリカの第43代大統領となった2000年の大統領選挙は、アメリカの二大政党の共和党と民主党からそれぞれ選出された、テキサス州知事のジョージ・W・ブッシュとアル・ゴア副大統領の一騎打ちとなりましたが、通常ならば即日開票で次期大統領が確定するはずのところを、投票の再集計がおこなわれたり、その結果をめぐって両陣営から多くの訴訟が提起されたりと、アメリカ史上前例のないほど混乱したものとなったのです。そして、選挙後5週間経って、連邦裁判所の最終判決により、ようやくブッシュが新しい大統領に就任することになったのです。
しかし、この選挙結果に不信感を持ったアメリカ国民は多く、当時のCNNの調査では、ブッシュが正当に勝利を得たと考えている人は半分もいませんでした。そして、彼らの感覚は実に正しかったのです。ブッシュ陣営は事実、数多くの「不正」をおこなっていたのです。そのときにおこなわれた彼らの不正の数々は、アメリカの調査報道記者グレッグ・パラストが『金で買えるアメリカ民主主義』(角川書店)のなかで見事に暴露しており、上述のムーア監督のブッシュ批判の情報源も、大半はパラストの本から入手したものです。
アメリカでは、大統領選挙は各州ごとにおこなわれてそれぞれの得票結果を出すようになっていますが、このときの選挙では、多くの州の開票結果がすでに出そろっており、ブッシュとゴアの得票結果はほとんど大差がなかったため、最後に残ったフロリダ州の開票結果が大統領選挙全体の行方を決定するという状況になっていました。このため、全米がフロリダ州の開票結果に注目しました。しかし、ここで数々の問題が発生したのです。
このときのフロリダの州知事は、ブッシュ候補の弟ジェブ・ブッシュで、州選挙の最高責任者であり、しかも、州の選挙結果を確定する権限を持つ州長官のキャサリン・ハリスは、共和党員でブッシュ候補の選挙対策担当者でもありました。これだけでも何か選挙結果に胡散臭さを感じるのですが、事実、ブッシュの弟とハリスは共謀して、人種差別や人権侵害などの不正行為を繰り返しおこなった挙げ句に、国民に選ばれてもいないブッシュを大統領に仕立て上げることにまんまと成功したのです。しかも、泥沼化していたゴア・ブッシュ両陣営の訴訟合戦に最終的にケリをつけた連邦最高裁判所は、ブッシュが属する共和党任命の裁判官が多数を占めていたのです。
この選挙が私たちに示した、民主主義が抱える最大の問題は、民主主義の権化を標榜する国で、得票できなかった人物が権力の座についたという事実です。ブッシュは、「悪の枢軸」発言で有名になった2002年1月の一般教書演説のなかで、「イランは、選挙で選ばれていない者が人々の自由を抑圧している」と語りましたが、彼こそがその典型例ではないでしょうか。
民主主義に反する方法で、勝ってもいない選挙をごまかして世界一強大な権力を手に入れた、ひどく単純で頭が悪ことで知られるその男、テキサス州知事時代に圧倒的な比率で死刑執行を量産してきたこの男は、中東に「民主主義」を広げるためと称して、世界で最も弱い国のひとつに対して無理難題を押しつけて一方的に戦争をしかけたのです。アメリカ国民はだまされ、イラク国民はひどい苦しみを味わされましたが、聖書かぶれのその男は、自分は「神の声」に従っているといたくご満悦なのです。もはや民主主義の末路を見る思いです。
●ルペンに権力を!?
ラエルは、『天才たちに権力を!!』の中で、重要なことは、天才政治を強制することなのではなく、今の原始的な民主主義を廃止にする必要性を民主的に人々に認めさせることであると語っています。上に述べたように、今のホワイトハウスの住人が民主主義によって選ばれた人物でないことは、今しばらく不問にしたとしても、2002年にフランスでおこなわれた大統領選挙は、これまで述べたような、原始的でしかあり得ない今の民主主義の縮図を見るようで、実に興味深いです。
その年の4月、フランスで大統領選挙がおこなわれました。フランスの大統領選挙は2回投票制で、一回目の投票で過半数の投票を候補者の誰も集めなかった場合、上位2名で決勝投票をおこなうようになっています。
今回の大統領選は、保守政党・共和国連合のシラク現大統領と左派・社会党のジョスパン現首相、それに国民戦線の党首ルペンをはじめとする、16名にも及ぶ候補者が乱立しましたが、一回目の投票結果はフランス国民の誰もが予想もしていなかった結果となりました。現職のジョスパン首相が3位にとどまることとなり、シラク大統領とルペンの2名が決勝投票に進むことになったのです。ルペンのような極右候補が決勝投票に進出したのは、ドゴール大統領就任後の1969年の大統領選以来のことでした。
ドイツのようにヨーロッパの多くの国においては、実際の統治は首相がおこない、大統領はお飾り的な存在にしか過ぎませんが、フランスでは、初代大統領のドゴール以降、大統領は圧倒的に強力な権力を持ち、しかも任期は7年と、他国では類を見ないほど長期です。このため、フランス人にとって大統領選挙は、自分たちの将来の生活を大きく左右する、きわめて重大な国民的選択なのです。その大統領選挙の決勝投票にルペンのような極右候補が進出したのだから、フランス社会が大きく揺れるのも無理からぬ話でしょう。
フランス国民戦線の党首であるルペンは、インドシナ戦争、アルジェリア戦争の退役軍人で、移民排斥や死刑復活、EUからの脱退、治安維持の強化を主張し、人種差別的な発言もしばしば繰り返し発していたという、いわくつきの人物です。「広島への原爆投下などたいしたことではない」「ナチスのガス室は、歴史の小さな一こまにすぎない」などと、物議をかもした発言も少なくありません。そのような人物が大統領に就くということは、彼に「核のボタン」を握る権限を与えるということです。そうなれば、フランスのみならず、世界中が混乱するのは必至でしょう。
ルペンが決勝投票に進出することが確定したこの投票結果は、フランス全土に大激震をもたらしました。翌日のフランス国内のほとんどの新聞のタイトルには、「大地震」「クラッシュ」「フランスの恥」という文字が並び、フランス国民のショックの大きさを表現しようとしました。
また、投票結果が公表されるや否や、フランス各地で「反極右」「反ルペン」を叫ぶ大規模なデモが連日のように繰り広げられました。主要都市では、高校生もを含む数千、数万人がプラカードを掲げてデモをおこない、その数は一時、パリだけで実に40万人にも及びました。さらに、テレビ、新聞、雑誌などの各マスメディアも、こぞって反ルペン・キャンペーンを展開したのです。
一方、第一回目の投票でジョスパンが失脚して選択肢を失ってしまった左派は、背に腹はかえられないとばかりに、反ルペンの立場をとってシラクを支持しました。まさしく、フランス全土が反極右、反ルペン一色に染まったのです。
結局フランス国民は、汚職まみれになっているシラクか極右のルペンかのいずれかを選ばなくてはならない羽目に陥ったわけです。
いずれも、フランス国民が望んでいるような人材でないことはまったく明らかであり、この決勝投票を「スーパーマントゥール(大うそつき)対スーパーファシスト」と表現している新聞もありました。
こうした選択肢のない中で、5月に決戦投票がおこなわれ、予想通りシラクが82%を越える得票を得て、圧倒的大差でルペンを破りましたが、この結果は、国民がシラクを支持したことを示しているわけではないことは明白です。シラクに投票した多くの人たちは、左派たちのように、ルペンが当選することだけは是が非でも避けたいと思ったために、シラクを選んだだけなのです。
ただ、それでもルペンを選んだ人たちが、投票者の中に18%も存在したということが、大きな意味を持ちます。5人にひとりが、現政権を拒否して極右を選んだのですから。
こうした右傾化は、フランスに限ったことではなく、オーストリアやベルギー、デンマークではすでに極右が台頭しています。オランダも同様。ヨーロッパに見られるこうした右傾化現象は、移民急増による失業や治安悪化のような社会問題と関係があると見られています。
冷戦が終了した90年代、世界では経済的なグローバル化が進み、ヨーロッパにおいても、EUのような欧州統合が加速しました。しかし、グローバル化や欧州統合は、貧富の格差を増大を導き、大企業や社会的に強い立場にいる人たちには恩恵をもたらしただけで、社会的に弱い立場にいる人たちは、その恩恵をほとんど受けなかったのです。
今回のフランスの選挙でルペンを支持した中心層も、こうしたグローバル化の波によって破滅に追いやられた中小企業主や低所得労働者、失業者たちと見なされています。彼らは、進むグローバル化や欧州統合の影響によって、自分たちの特徴をアピールできなくなってきた従来の右派や左派に嫌気がさし、どうやらその不満のはけ口としてルペンを選んだようなのです。フランス国内を駆けめぐったこの一連のルペン騒動は、民主主義がもはや危機的状況に陥っていることを明確に示しています。
今回、フランス国内でルペンに反対してデモ行進をした人たちは、実は今の民主主義に反対しているのです。
もう一度繰り返しますが、ユダヤ民族を根絶やしにしようとしたヒトラーや、人類を滅ぼしかねないブッシュを権力の頂点の座に置いたのも−不正があったことは明らかですが−、やはり民主主義なのです。
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