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●「自由と銃の国」
アメリカは長いあいだ、世界にとって羨望の的でした。アメリカは、世界のどの国にもまして、資本主義と民主主義を成功させた国であるとともに、最先端の科学技術、工業技術を生み出して、科学界、産業界においても世界を常にリードしてきました。また、アメリカは、国民ひとりあたりとしても単一国家としても、世界最大の消費国です。
さらに、アメリカは「自由の国」としても知られ、法律に反すること以外は、誰もが自分のやりたいことを自由におこなうことができました。第二次世界大戦以降、誰でも才能とチャンスに恵まれ、努力さえすれば、物質的な富や輝かしい名声が保証されるアメリカン・ドリームは、貧困や圧制の下で暮らす多くの人たちに、勇気と希望を与え続けてきました。多くの人たちが、アメリカン・ドリームを夢見てアメリカに渡りました。夢と希望と自由を与えてくれ、誰もが巨万の富と名声を得ることさえ夢ではない国・・・それが世界の人々に映ったアメリカの輝かしい姿でした。
確かに50年前のアメリカは、全世界の国民総生産の半分以上を占めており、まさしく世界の多くの人々にとって、アメリカは愛すべき賞賛すべき理想の国であり、羨望の的でした。
しかし、かつてのアメリカの名声と威厳は、今やすっかり地に落ちた感があります。
『タイム』誌がおこなった調査によると、ヨーロッパの80%以上の回答者が、アメリカは「世界平和に対する最大の脅威」であると見なしており、「文明の衝突」で名の知られるサミュエル・ハンチントン氏は、『フォーリン・アフェアーズ』誌のなかで、「世界の大部分の国にとって、今やアメリカは『ならず者国家』であり、彼らにとっての主要な脅威と見なされている」と指摘しています。もはやアメリカは、かつての自由と希望の国などではなく、世界の人々にとって、国際的な秩序を崩壊させる「脅威」と「軽蔑」の国になりさがってしまったのです。
そのアメリカが21世紀に突入してすぐに他国に対しておこなったことは、圧倒的な武力を背景に、弱小国の政府を転覆させたことでした。歴史上もっとも強大な国家が、世界でもっとも貧しい国のひとつアフガニスタンと、10年以上にわたる経済封鎖で崩壊寸前の低開発国イラクに、大量のミサイルを連日投下させたのです。
しかし、政府転覆はいまになって始まったわけではなく、アメリカは、強大な軍事・政治・経済力を背景に、20世紀後半の50年間に、自国の利害に反する40以上もの政府を転覆させ、残忍な指導者たちに抵抗しようとする30以上の民族主義運動をことごとく粉砕してきました。それらによってアメリカに殺害された人たちは、南米を中心に実に数百万人にものぼります。
アメリカの国家的犯罪を告発し続けているジャーナリスト、ウィリアム・ブルムは、『アメリカの国家犯罪全書』(益岡賢訳 作品社)の中で、戦後半世紀以上にわたってアメリカが他国に対しておこなってきた、数多くの不法な軍事介入や不当な外交政策、人道に対する罪など、アメリカの「国家犯罪」を徹底的に暴いています。
かつてマーティン・ルーサー・キング牧師は、ベトナム戦争中に「アメリカは世界最大の暴力の供給国だ」と述べましたが、同じようにマサチューセッツ工科大学教授で、ベトナム戦争以来、アメリカの外交政策を批判しつづけていることで広く知られているノーム・チョムスキーも、「アメリカこそが世界最大のテロ国家であり、アメリカに対テロを語る資格などない」と繰り返し強調しており、アメリカは過去数十年にわたって国際的テロを続けてきたと非難しています。
チョムスキーは一連の著書のなかで、「テロ国家の親玉」であるアメリカが、他国に対していかに非人道的な暴力をふるい、多くのいのちを奪ってきたかを具体的にいくつも紹介した上で、「アメリカは、ニカラグア(サンディニスタ政権)への軍事干渉によって、1988年に国際司法裁判所で有罪判決を受けたが、アメリカは、国際法廷で国際的テロリズムの有罪を宣告された、世界で唯一の国である」と、アメリカを断罪しています。もちろん、ほとんどのアメリカ人は、自分たちの国にそんな事実があろうなどとは知るはずもありません。
自衛隊派遣問題で揺れていますが、第二次世界大戦以降、半世紀以上にわたって戦争を「絶対悪」として、憲法第9条(戦争放棄)を掲げた日本とは正反対に、アメリカは第二次世界大戦以降も、第一次中東戦争(1948)、朝鮮戦争(1950)、ベトナム戦争(1964)、イラン・イラク戦争(1980)、湾岸戦争(1991)、ユーゴ空爆(1999)、アフガニスタン空爆(2001)、そしてイラク侵略(2003)など、戦争や空爆などを何度も繰り返しおこなっており、その数はざっと振り返っただけでも15回以上に及びます。20世紀にアメリカの攻撃によって犠牲となった人たちは、実に数千万人を数えるといいます。上述のテロ行為まで加えると、その数はさらに増えます。第二次世界大戦以降、戦争をし続けている国は、世界のなかでアメリカをおいて他にはありません。まさにアメリカは、「自由と銃の国」なのです。
その「世界最大のテロ国家アメリカ」がおこなったテロ行為の最たるものが、ヒロシマでありナガサキです。
●国家テロ
二つの原爆によって犠牲になった我が国の数万人以上の人たちは、大半が女性や子ども、老人などの、武器を持たない非戦闘要員だった。1990年、米国国務省はテロの定義を「政治的、宗教的、もしくは他の目的で、脅迫や恐怖を誘発するために民間人に対して脅しや暴力を不法または威圧的に行使すること」としていますが、それがほぼ一般的な理解だと考えてよいでしょう。テロの語源が「恐怖」を意味するフランス語terreurから来ていることからも、テロは、暴力によって相手に「恐怖」を与えることによって自分たちの目的の実現を目指すものだと言えます。
また、テロは、攻撃対象が戦闘員ではなくて民間人(非戦闘員)である点で、戦争とは異なります。戦争とは、本来は戦闘員同士のあいだで殺しあう行為だからです。その意味で、アメリカ軍がおこなったベトナム空爆(1964)や東京大空襲は、明らかに民間人の殺害を狙ったテロ行為です。
湾岸戦争のときも、アフガニスタン、イラク侵略のときも、アメリカは民間人の犠牲を最小限に食い止めるためにピンポイント攻撃をおこなっているなどと、必死で自分たちの軍事行動を弁護しまさしたが、クラスター爆弾やデイジーカッターなど、半径数百メートルに亘る範囲内にいる人たちを一瞬にして殺害するだけの殺傷力を持つ極めて強力な爆弾を投下すれば、当然ながら、民間人のなかから多くの犠牲者たちが続出することが予想されるのは、まったく明白な話です。
それにもかかわらず、それらの爆弾を投下するのは、明らかなテロ行為です。そして、数万人以上もの民間人のいのちを一瞬にして奪ったヒロシマやナガサキは、史上最大のテロ行為であると言えるでしょう。実に恐ろしいことに、トルーマンは、「原爆は女性や子どもや非武装の人々を殺すために使われるのだ」と述べたのです。
9月11日の「テロ行為」で犠牲になった人たちも非戦闘要員であるに違いありませんが、アメリカが他国で繰り返してきたテロ行為による数十万人、数百万人以上にも及ぶ犠牲者の数から言えば、5000人にも満たないほどの犠牲者を出した9.11事件など、実に小さなものだとさえ言えます。もちろん、問題は犠牲者の数ではありません。ひとりでも一千人でも、その重大性はなにも変わるものではありません。しかし、アメリカからみれば、問題なのは「誰が犠牲者になったか」なのです。
9.11事件がきわめて衝撃的だったのは、犠牲者の数ではなく、世界最強の軍事力を誇り、よもや攻撃を受けることなどないと信じられていたアメリカ本土そのもの、しかもその中心部−経済的、軍事的、政治的中心部−がいとも簡単に攻撃され、自分たちの同胞が多数犠牲になったという点にあります。
アメリカ人にとって、世界とは自分たちの国だけのことであり、彼らは他国の犠牲者にはまるで興味を示しません。アメリカは、クリントン政権下の1998年に、スーダンの医薬品工場を生物化学兵器工場だと決めつけて空爆し、スーダンの医薬品生産の大半を破壊しました。このため、スーダンではその後、薬を摂取できないために、数十万人もの多くの死者や病人−大半は子どもたちです−が続出しましたが、調査はなにもおこなわれていないのです。
彼らは、貿易センタービルの犠牲者たちについてだけの話をしたがるし聞きたがるのです。アメリカにとってみれば、自国、あるいは同盟国に対するテロのみがテロなのであり、自分たちが敵対国に対しておこなったテロ行為は、テロではなく「自衛行為」「反テロ戦争」「正義」などと呼ぶのです。
●「ノーモア ヒロシマ」と「リメンバー パールハーバー」
その「テロ」とは呼ばれない、他国や他民族、他人種に対してこれまでおこなわれてきたアメリカの「国家テロ」の中で、歴史的、社会的、文化的、そして科学的な意味すべてにおいてもっとも重要な位置を示すものは、やはり「ヒロシマ」でしょう。
20世紀はしばしば「戦争の時代」と言われますが、その100年のあいだ、人類は三つの大きな戦争を経験してきました。第一次、第二次世界大戦と「冷たい戦争」です。そして第二次世界大戦中、人類はそれまで持っていなかった核エネルギーという非常に強大なエネルギーを手に入れ、それをすぐに原子爆弾という形で応用しました。その後、人類は原爆による直接の被害を被ってはいませんが−もっとも、劣化ウラン弾はイラクやアフガニスタン、コソボで用いられましたが−、第二次世界大戦以降の約半世紀にわたる「冷たい戦争」のあいだ、「核抑止」という名の下に、人類はアメリカと旧ソ連による強大な核兵器の脅威に怯えてきました。その冷戦は1991年の旧ソ連の崩壊によって消滅するにいたり、世界は核の悪夢がようやく消え去ったかに思えました。
しかし、いまだに人類が核の脅威に曝されていることには変わりありません。冷戦が終了してから10年以上経った今でも、アメリカとロシアを筆頭に世界中で3万発以上の核兵器が保有されているし、1998年には、インドとパキスタンで相次いで核実験がおこなわれ、さらにイスラエルやイラン、リビア、北朝鮮などの国々における核兵器開発技術とその能力の発展が懸念されていることは、周知のことです。
また、「終末時計」という、核戦争によって起こりえる地球破滅の危険度を、12時への残り時間で表した有名な架空の時計がありますが、その時計の針が2002年2月27日に、4年ぶりに2分進み、世界滅亡の7分前に設定されました。すなわち、核による人類滅亡の危機が以前よりも増したということです。今でも、人類はいつ核兵器によって滅亡を余儀なくされてもおかしくない状況なのです。
もともとアメリカが原爆製造に踏み切ったのは、ヒトラー率いるナチス政権が世界最初に原爆を保有して無制限に使用するかも知れないという、恐れと不安からだったはずです。しかしながら、「マンハッタン計画」として名高い、このアメリカの原爆製造計画は、45年5月にドイツが降伏したあとも継続されるばかりかむしろ強化され、それから3か月後の8月6日の広島市とその3日後の8月9日の長崎市への、それぞれ異なった2種類の原爆を投下することによって「形」となって現れたのです。
原爆が落とされた当時の広島の人口は35万人以上でしたが、そのうちの実に40%にも相当する約14万人が原爆によって死亡したと推定されます。また長崎では、27万人のうち25%に相当する7万人以上が死亡しています。原爆の被害者はこれだけには留まりません。その後何年、何十年にもわたって原爆による放射能障害で死亡したり、今なお苦しんでいる人さえいるのです。
世界で初めて原爆が使用されたヒロシマの重要性は、どれほど強調しても強調すぎることはありえないでしょう。確かにこの日を境にして、人類の歴史は大きく変わったのです。このことについて異論を唱える人は、誰一人としていないでしょう。
周知のように、日本は世界で唯一の原爆の被害国であり、戦後半世紀にわたって日本独自の立場から「ノーモア ヒロシマ」「ノーモア ナガサキ」を発してきました。しかし、日本が発するこれらの声は、どことなく弱々しく感じられ、焦点がぼやかされているような気がします。そこには本質的な問題点がカモフラージュされてしまって、うまく避けられているように感じるのです。
そのことを改めて感じたのは、『仕組まれた9・11』(田中宇著 PHP研究所)を読んだときでした。そのなかで国際情勢解説者の田中氏は、「広島・長崎が発するメッセージは・・・、『日本が悪いことをしたから、こういう悲惨な結果になりました。もう悪いことをするのはやめましょう』ということだ。そこでは、原爆投下を招いたのは日本人の自業自得である、ということになっている」と述べています。そして、日本の官僚と政治家は、アメリカが日本軍を打ち負かしてくれたおかげで日本国内での主導権を握ることができたために、意図的に「加害者=アメリカ」という図式を反核運動の視点から排除する必要があった、と指摘しています。
すなわち、日本の反核運動は、できるだけ「敵」をぼやかすことが必要だったというわけなのです。つまり、「誰が何をして、どのような責任をとるべきか」というところがすっぽりと抜け落ちてしまっているのです。
そのことは、原爆ドームの平和記念公園にある原爆慰霊碑に刻まれている「過ちは繰返しませぬから」という、明確な主語がなくて曖昧なニュアンスを読む人に抱かせる碑文にも現れているように思われます。原爆の被害者であるにもかかわらず、加害者アメリカに対して弱腰の感を拭い去れない日本の反核運動の根底には、「戦争を仕掛けたのは日本。アメリカに不意撃ちを食らわしたのは我々日本人」という罪悪感が横たわっています。だから、世界で唯一の「被爆者」である日本人は、同時に原爆による唯一の「被害者」であるはずにもかかわらず、「被害者」としての立場を強調することができずに、原爆慰霊碑にあのような文面しか刻み込めなかったのではないでしょうか。
原爆に対する見方は、原爆を落とされた日本と原爆を落としたアメリカ、すなわち「被害者」と「加害者」のあいだには、埋め尽くしがたいほどの深い溝が横たわっています。「リメンバー パールハーバー」は、今でもアメリカの至るところで聞かれますが、「リメンバー ヒロシマ、ナガサキ」を叫ぶ日本人は誰もいないのです。
日本人は、戦後半世紀以上にわたって原爆を絶対悪として主張し続けていますが、アメリカはそれとは正反対に、原爆投下は正当化されるべきであると主張しつづけています。原爆を投下した当事者たちはもちろん、ほとんどのアメリカ人は、今でも、「日本に対する原爆投下は、対日戦争を早期に終了させ、多数のアメリカ兵ばかりか日本人の生命をも救済するために必要不可欠だった」というアメリカ政府の公の説明を、心の底から信じきっているのです。
8月6日当日、広島に原爆投下を命じたトルーマンが、広島への原爆投下は日本軍の真珠湾攻撃に対する正当な報復であるとの声明を発表したときから、アメリカでは「最初に真珠湾を奇襲して戦争を仕掛けてきたのは日本人であり、その報復として日本人が原爆の被害を被るのは当然」という発想が広く、また根強く残っています。彼らにとってヒロシマ、ナガサキは、あくまでも日本軍の奇襲攻撃への「報復」なのです。
しかし、彼らの言い分は正当化されてしかるべきなのでしょうか。上述の原爆投下を正当化するための公の説明とは裏腹に、実際には、敗戦するずっと前から日本は降伏しようとしていたが、アメリカがそれを拒否しつづけてきたという事実が、すでに何年も前から指摘されており、さらに最近では、アメリカの公文館での秘密文書の発表により、これまで奇襲攻撃と考えられてきた日本軍の真珠湾攻撃が、実はアメリカによる「自作自演」であることが明らかとなりました。
すなわち、当時のアメリカは、日本軍が真珠湾を攻撃することをあらかじめキャッチしていましたが、日本軍にあたかも「奇襲」されたかのように見せかけて、日本を悪者に仕立て上げた上で参戦したのです−真珠湾攻撃前後で、アメリカの世論は90パーセントの戦争反対から、90パーセントの参戦支持へと激変したのです。
目的はもちろん、アメリカ自身の国益のためです。これが真実だとすれば、原爆投下を正当化するアメリカの言い分が根底から完全に崩れ去ることになります。
さらに1996年7月、国際司法裁判所は「核兵器の使用と威嚇は一般的に国際法に違反する」との勧告的意見を出しています。ヒロシマ、ナガサキのように、多数の非戦闘要員の生命を無差別に破壊する行為は、国際法上明らかに違法な行為であり、核兵器の所有は、明らかにテロリズムです。
人類はいまだに、地球上のすべての生命を絶滅させてもまだ余りあるほどの核兵器を保有しています。「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる」(丸山真男)という言葉のように、核兵器は、60億人以上にも及ぶ地球上のすべての人類−そのほとんどが非戦闘員−を四六時中ずっと「人質」にしている、世界最大の凶悪なテロリズムの道具なのです。
チョムスキーが「世界最大のテロ国家」「テロ国家の親玉」と激しく非難したアメリカは、世界でもっとも多くの核兵器を所有している国でもあることを、ここでもう一度思い起こすべきだと思います。
●イラクで起きた「核戦争」
「我がアメリカは慎ましい国家になるだろう」と2000年の大統領選のときにおこなわれたテレビ討論会で語ったブッシュは、その言葉などまるで忘れたかのように−きっとほんとうに忘れているのでしょう−、大統領就任以来、一国中心主義を次々と強行してきました。2001年6月の、地球温暖化防止に向けた京都議定書からの離脱表明をはじめ、対人地雷禁止条約の拒否、生物兵器禁止条約の検証議定書への反対、弾道弾迎撃ミサイル制限条約からの撤退、国際刑事司法裁判所(ICC)設立条約の署名撤回など、この2年のあいだに、ブッシュ政権はやりたい放題で国際社会を常に混乱に巻き込んできました。
そして今度は、ブッシュは、世界中の世論をまったく無視してイラクを攻撃するという大暴挙に出てしまいました。名目上の目的が明確に示されないばかりか、世界中の多くの人々が非常に強く反対していたにもかかわらず、これらの声を無視して強行された戦争は、人類の歴史上初めてのことではないでしょうか。
ブッシュは、ドイツやフランスなどのアメリカ同盟国までが戦争を強く反対し、イラクが大量破壊兵器を隠匿している確固たる証拠も見つからない中、フセインに対して「48時間以内に辞職して亡命せよ。さもなくば、武力でイラクを占領する」と一方的に宣戦布告し、そのあとすぐに時間切れだと言ってフセインとその親族一族の家をねらい打ちしました。しかもブッシュは、イラク攻撃の最後通告期限が切れる3月19日の午後8時(ワシントン時間)よりも1時間半も早い午後6時半に、すでに軍事作戦会議でイラク攻撃を命令していたのです。
そしてアメリカは、自分たちの前の世界の覇権国で、今やアメリカの属国になりさがったイギリスの軍隊とともに、イラク国内の軍事施設だけでなく、発電所や貯水場、市場などの一般市民の生活に必要なインフラを意図的に破壊し、さらに学校や病院、シェルターなどにも一万発を超える爆弾を投下して、これらをことごとく破壊していきました。これらの爆弾には、巡航ミサイルだけでなく、クラスター爆弾やデイジーカッター、サーモバリック爆弾、バンカーバスター弾など、大量破壊兵器と見なしうる兵器が数多く含まれていました。これらの爆弾は、投下地点から半径数百メートルの範囲内の人たちをきわめて残忍な方法で死に至らしめるだけの非常に強力な殺傷能力を持ちます。
さらにアメリカは、大量の劣化ウラン弾をイラク国内に落としました。劣化ウラン弾は原子力発電などの燃料となる濃縮ウランの製造過程で生じる劣化ウラン(ウラン238;低レベルの放射性廃棄物)を弾頭に使った砲弾ですが、劣化ウランは鉄の2.5倍ほどの重い比重を持つため、貫通力が強く、容易に戦車の装甲を貫きます。そして、貫通後は戦車内で高温で燃焼し、戦車内を酸欠の状態にして内部の兵士を窒息死させるのです。
そればかりではない。炎上したウラン弾からは、酸化ウランの小さな粉塵が放出され、それが風により飛ばされて口や鼻から体内に吸い込まれます。その粉塵をひとたび吸い込むと、ウラニウムの化学的毒性や放射線の影響によって免疫機能が低下し、さまざまな深刻な病気に陥ってしまうのです。さらに、小さな粉塵は土壌と水に入りこんで、土地を使いものにならなくなるまで汚染してしまいます。
このように人体と環境に甚大な被害を与える劣化ウラン弾を、アメリカは、湾岸戦争(1991)、ボスニア軍事介入(1995)、旧ユーゴ空爆(1999)、そしてアフガニスタン侵略(2001)と、90年代以降の戦争でいつも必ず使用してきました。湾岸戦争のとき、アメリカは、イラク国内で375トン!にもおよぶ劣化ウラン弾を空と地上から発射させましたが、爆発のときにその破片から噴き飛ぶ放射線や微粒子によって、人類発祥の地として知られるイラク全土は、放射能によって完全に汚染されてしまったのです。
その結果、湾岸戦争後のイラクでは、生まれた子どもたちのあいだに奇形児や先天性欠損症児、白血病や癌が多発しており、異常出産の発生割合は、湾岸戦争前の3.5倍にまで増加しているといいます。すなわち、劣化ウラン弾は、相手方の人体と環境に著しく深刻なダメージを与える新たな「核兵器」なのであり、湾岸戦争も今回のイラク侵略も、「核戦争」と呼ぶことができるでしょう。
劣化ウラン弾の被害に遭ったのは、イラク国民だけではありません。湾岸戦争に従軍した約70万人の米軍兵士のうち、これまでに約半数が重大な病気を申告しているのです。彼らは、湾岸戦争に従軍する前に、健康診断で問題なしと判断されたはずの屈強な人たちばかりです。それにもかかわらず、イラクから戻ってきたあと、次から次へと原因不明の病におかされ、そのうちの30%以上が慢性疾患にかかり、復員軍人援護局の障害補償を受けているのです。
劣化ウラン弾は、相手−同時に、その場にいあわせた味方にも−に深刻なダメージを与える一方で、原料はウランを濃縮する過程に発生する「不要な副産物」であり、政府から無償で提供されるため、アメリカの軍需産業にとっては、劣化ウラン弾は廃棄物再利用と低コスト化の一石二鳥が図れ、非常に「魅力的な」武器となっています。
今回の侵略では、アメリカは、湾岸戦争のときよりもさらに大量の500トンもの−1100〜2200トンという推計結果すらある−劣化ウラン弾を、イラク国内にばら撒きました。しかも、湾岸戦争のときは、劣化ウラン弾は砂漠を中心とした地域で使われましたが、今回はおもにバグダッドなど、人口密集地域の都市部で使用されたのです。
その結果、イラク国内では、多いところで環境値の1500倍もの放射能が検出されるほど汚染されてしまったのです。これらの大量破壊兵器まがいの爆弾や、核兵器と見なしうる劣化ウラン弾を用いることは、戦争において人体に過度の障害を与えたり、自然環境に深刻な打撃を与えるような手段を講じてはいけないとするジュネーブ条約の精神にあきらかに違反しています。
イラクでは、2300万人の国民の半分以上が子どもたちですが、彼らはこれからずっと、放射能でひどく汚染された土地で育った農作物を体内にとりいれていくことになるのでしょうか。そのために、彼ら自身はもちろん、彼らが成人になって自分たちの子どもを産んだとき、その子どもにも何らかの奇形や異常が発症する可能性はとても高いと予想されます。すなわち、劣化ウラン弾の影響は、イラク国民の子々孫々にまで影響を与えるのです。ブッシュは、フセイン体制が崩壊したあとはイラクに民主国家をつくると言いますが、実はブッシュは、地上から5000年の歴史を持つイラクの民を消滅させようとしているのではないかとさえ思えるほどです。世界最大の原理主義国家の元首で、自ら敬虔なキリスト教信者と公言し、9.11直後に「十字軍」と口をすべらせたブッシュの思想が垣間見えるようです。
●偽りだらけの「開戦」理由
パウエル米国務長官は「9.11同時多発テロによって冷戦も冷戦後も完全に終わった」と語りましたが、9.11こそは、アメリカがアフガニスタンやイラクを攻撃するための絶好の口実を提供したのです。テロリストが相手ならば、敵は国家ではないため宣戦布告することなく、いついかなる方法でアメリカを攻撃してくるかわからない。だから、アメリカはこれまでの報復攻撃をやめて、怪しいと思った相手に対して先制攻撃をかける必要があるという理屈なのです。つまり、「やられる前にやっつけてしまえ」というわけです。
(私は9.11は、公式に語られているような、一部のイスラム原理主義者の仕業などとはまったく考えておらず、アメリカ政府(あるいはそれを操る上部組織)による自作自演だと考えています。
いやむしろ、アメリカ政府の公式見解を鵜呑みにできる理由など、何も見あたらないと思います。
そう考える理由は、実に多数の事実から言えることですが、たとえば、9.11当日、ハイジャック機の滞空中だけ防空体制が解除されていた事に対する明確な理由は何も分かっていません。
この一つの事態だけでも、十分に大統領弾劾に値するはずですが、そのような気配はまったく見られませんでした。)
今では、アメリカのイラク侵略の目的が石油などの資源エネルギーの利権のためだというのは、なかば公然の秘密のようになっていますが、アメリカ政府がイラクを先制攻撃する名目上の動機は、最初は「テロリストの掃討」だったはずです。しかし、アルカイダとフセインの関係の立証に失敗すると、今度は「大量破壊兵器の隔絶」、そしてフセイン政権の転覆による圧政からの「イラク国民の解放」へと、イラクを攻撃する理由は次々と変わっていきました。
しかし、戦争の動機の名目がどう変わろうと、この戦争がアメリカのイラクへの侵略行為でしかないことは、誰の目にもあきらかです。チョムスキー教授によって「破廉恥な侵略」と定義づけられた今回のアメリカのイラク侵略(Invasion
against Iraq)には、なんら正当な理由がありません。アメリカがイラク攻撃を正当化するためにいろいろな理由を作り上げたところで、それらの正当化が認められることなどないのです。
イラク攻撃の最初の理由としてブッシュ政権が挙げた、フセインとアルカイダとの関係ですが、アルカイダやビン・ラディンとの関係を示す証拠は、イラクには存在しません。そもそもイラクは中東の世俗国家なのであり、フセインは特殊部隊までつくって過激なイスラム原理主義を壊滅しようとしているし、一方のビン・ラディンは、世俗国家の独裁者であるフセインをイスラムの背教徒と見なし、死刑にすべきだと考えているのです。そんなふたりが手を組むはずがありません。
アルカイダやビン・ラディンを育てたのは、他ならぬアメリカ自身です。ところが、多くのアメリカ国民は、フセインがビン・ラディンやアルカイダと共謀しているというプロパガンダを単純に信じ切っていたのです。
CBSニュースとニューヨーク・タイムズの調査によると、43%ものアメリカ国民が、9.11にフセインが直接関与していたと信じていたといいます。もちろんイラクに出陣したアメリカ兵とておなじことです。彼らも、フセインが9.11を支援していたと信じて疑わずに、現地へと向かったのです。彼らのなかには、倒壊した世界貿易センタービルの写真を胸に入れて、イラク人たちに銃を向けていた者もいるのです。
確かにフセインは、長年にわたってイラクで独裁的な恐怖政治をおこなってきたし、人々からは怪物と呼ばれ、周りの国からとても嫌われ、軽蔑されていました。しかし、だからといって他国がその国の政権を変える権利を持つはずもなければ、責任もないはずです。確かにイラクは変わるべき政権ではあったに違いありません。しかし、変わらなければならない政権は、イラク以外にも世界には数多くあり、その代表例が他ならぬアメリカではないでしょうか。少なくとも世界中の多くの人たちは、そう思っているに違いありません。
また同時に、フセインを恐れている世界で唯一の人々が、アメリカの国民でした。それも、2002年9月からのことです。それまでは、彼らにとっても、フセインはまったく問題にされていなかったし、重要な人間でもありませんでした。
2002年の秋から、フセインはブッシュの吹聴によって、にわかにアメリカ国民にとって恐れるべき脅威となったのです。一方、アメリカ以外の国の人々は、フセインを嫌っていたにせよ、恐れてなどいませんでした。かつてイラクから侵略を受けたクウェートにおいてでさえ、フセインは嫌われているものの、恐れられてはいなかったのです。
ブリュッセル自由大学の歴史学者アンヌ・モレリは、為政者が自国の世論を戦争に同意させるために使う手段として、いくつかの戦争プロパガンダの法則を用いることを紹介していますが(『戦争プロパガンダ10の法則』永田千奈訳 草思社)、それらの一部に、「敵のリーダーを悪魔扱いする」「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」という法則があります。
ブッシュは、イラク侵略を正当化するために、フセインを悪魔呼ばわりして、今にもアメリカに大量破壊兵器をお見舞いするかのようにアメリカ国民に対して恐怖を植え付けようとしましたが、まさにこのプロパガンダの法則そのものです。
しかしながら、イラクは、これまでアメリカを攻撃したことも、攻撃すると威嚇したこともないのです。世界で唯一の超大国アメリカにたてつくと自分がどうなるか、フセイン自身がもっともよく知っていたからです。おまけに、長年の査察によって丸腰同然にされたイラクが、世界一強大な軍事力を持つアメリカの攻撃を受ければどうなるか、フセインでなくとも誰の目にも明らかなはずです。
それにもかかわらず、2002年9月以来、ブッシュはアメリカ国民に対して「イラクが核兵器開発計画を再開したという証拠がある」(2002年10月7日 オハイオ州シンシナチでの演説)や「サダム・フセインは500トンものサリン、マスタード、VX神経ガスの原料を保有していた」(2003年1月28日 一般教書演説)などと、イラクが大量破壊兵器を持っていると決めつけた演説を繰り返しておこない、フセインは恐ろしい人間で、今彼を止めなければ、彼はすぐにでも我々に襲いかかってくるに違いないと、アメリカ国民に信じ込ませてきました。
そして開戦3日前には、「わが国や他国政府の情報収集の結果、イラク政権が引き続き、これまでに発明されたもっとも殺傷力の高い兵器を保有、隠匿していることに一点の疑いもない」と、イラク侵略の理由を改めて国民に説明し、イラクはアメリカにとって最大の脅威であり、イラクの核兵器や化学兵器、生物兵器の脅威が今にもアメリカに迫っていると煽り立てたのです。
イラクは1980年代、イラン・イラク戦争のときに、イラク領内の5000人以上のクルド人を毒ガスで殺害していると言われていますが、このときイラクが用いた生物兵器に必要な物質の大半は、当時のイラクを積極的に支援していたレーガンと父ブッシュ政権から提供されたものであり、イラク国内に核兵器、化学兵器施設をつくったのも、他ならぬアメリカ自身です。アメリカは、フセインがもっとも残虐な行為をおこなっている期間、彼をずっと支援しつづけたのです。
しかし、90年代にはいると、国連の武器査察団が数年間にわたってイラク国内を査察し、大量の核兵器や化学兵器、生物兵器を発見、それらをことごとく破壊しました。その結果、98年までに、イラクの大量破壊兵器の90〜95%が破壊され、イラクは実質上武力解除されたのです。イラクが大量破壊兵器を開発・使用する可能性について、世界でもっとも詳しい情報をつかんでいるとされる、元国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)の査察団員だったスコット・リッターでさえ、もはやイラクが大量破壊兵器を開発、所有している明確な証拠はないと断言しています。
事実、フセイン政権を転覆させたあとも、懸命な捜査にもかかわらず、ブッシュ政権はイラクが大量破壊兵器を隠し持っていたという明確な証拠を提出できずに四苦八苦しています。そもそもイラク国内に大量破壊兵器施設を作ったのは、他ならぬアメリカ自身なのであり、彼らはイラク国内のどこにそれらの施設があるか、当然ながら知っているはずです。そのアメリカが、イラク侵略の根拠として、イラクが大量破壊兵器を隠し持っており、今にも自分たちを攻めてくるからなどと訴えているが、まったくとんだ茶番劇です。
そもそも、誰の目から見ても、アメリカこそが世界最大の化学兵器、生物兵器、ミサイル、核兵器を持っており、またそれらの研究をさかんにおこない、さらにそれらを実際に他国に対して使用した唯一の国であることは、まったく明らかです。
アメリカは、第二次世界大戦の時に、開発したばかりのウランとプルトニウムの二種類の原爆を日本に投下し、ベトナム戦争のときには枯葉剤をばら撒き、コソボ紛争や湾岸戦争のときには劣化ウラン弾を、9.11後のアフガニスタンでは、クラスター爆弾やサーモバリック爆弾というふうに、戦争のたびに新しく開発した兵器を実践に用いてその殺戮能力の評価をおこなっています。
アメリカにとって戦争の相手国−異教徒で有色人種の国−は、自分たちが開発した新型兵器の実験場でしかないのです。
●ブッシュよりもガンジーを!
私たち人類は、自己破滅へのシナリオを断ち切る方法を、もはや何も持ち合わせていないのでしょうか。リビングストン・ロンドン市長が「地球上の生命に対する最大の脅威」「彼の政策は人類を破滅に導く」とブッシュを痛烈に批判したように、私たちは、ブッシュと心中しなくてはならないのでしょうか。
私は、もし私たちがこの惑星で生き続けたいのならば、愛と非暴力だけが唯一の解決策であると考えています。暴力を暴力で抑えれば、また新たな暴力が生まれ、暴力のスパイラルに陥る危険性があります。それは歴史的な事実が証明してくれます。アイルランド共和国軍(IRA)のテロ行為に対して、イギリスは繰り返し軍事行動で報復に出ましたが、結局そのことによって、イギリスはさらなるテロに直面する羽目に陥りました。また、数十年ものあいだ、イスラエルはパレスチナの「テロ行為」に対して軍事攻撃で対応してきましたが、それは単にパレスチナの「テロ行為」をさらに増やしてきただけでした。同じように、アメリカがイスラム社会のなかに引き起こした今回のむごたらしい破壊は、ムスリムたちの中にオサマ・ビン・ラディンやサダム・フセインの大儀に対する同調を増幅させ、次のあらたなテロリストたちを生み出すだけなのです。
暴力を抑えるのは、暴力ではなく、愛です。
キング牧師やガンジーが訴え続けたように、たとえ相手が暴力を加えても、その相手に愛を与えることこそ大切です。
あくまでも、相手の「意識」に訴えるのです。
相手の「良心」に訴えるのです。
かつてアインシュタインは、「歴史において、人は真実の叫びよりも戦いの叫びに追従することが、あまりにも多かった」と語りましたが、今回の戦争では、世界中でかつてないほど反戦・平和を訴える運動が活発でした。ヨーロッパでは、ブッシュが国連と米上下両院でイラクへの軍事制裁の意志をあきらかにした2001年の秋頃から、反戦運動が起こっており、それは世界各地へと拡大していきました。地元アメリカでも、多くの人たちが、アメリカ軍がイラクへ侵略することを反対するデモを繰り広げていきました。そして、そのデモの輪は、翌年2月15日、国際ネットワーク・アンスワーなどの呼びかけに応じて、60カ国・400都市で、実に約1500万人のもの人々が、アメリカのイラク侵略に反対して街頭に繰り出すに至ったです。その日、ローマでは300万人、ロンドンやバルセロナでは200万人が街頭に集まって反戦を訴え、その様子は、世界中のメディアや国際政治研究者、各国の政治家たちを驚かせたのです。
このような非暴力的な反戦運動は、デモ行進にとどまらず、反戦を訴える写真展やコンサートなども世界各地で数多く開かれました。アメリカでは、1万人以上の反戦抗議者たちが、イラク侵略に関わりのある支出にあてるつもりの税金を支払わないことを決めています。また、イラク侵略に反対する運動を反米主義と決めつけたベルルニスコーニ政権下にあるイタリアでは、虹の7色の下地に白で「平和」と書かれた数百万枚もの旗が、教会や学校などをはじめ、街のあちこちで見られるようになったり、3月16日には、世界中の約6000カ所で、イラクに対する武力行使に反対するキャンドルサービスがおこなわれました。
日本でも、30カ所で、キャンドルの灯りのもとで平和を願う歌が歌われ、アメリカのイラク侵略に対する怒りの声が上がりました。このように、アメリカのイラク侵略に対して、世界中の人々が暴力に頼ることなく、広範で多様なパフォーマンスを通じて、かつてないほどの広がりで反戦を訴えたのです。
しかし、私には理解できませんが、こうした非暴力による反戦運動を批判的にとらえる人たちも、少なからず存在します。
彼らは、これらの反戦を訴えるデモ行進や集会、戦争税の支払い拒否、キャンドルサービスや7色の旗の高揚などが、米英軍によるイラク侵略を思いとどまらせるだけの力を持つなどとはとうてい考えていません。彼らは、非暴力による反戦運動は無益であり、非暴力を唱える平和主義者は単におめでたい理想主義に走っているにすぎないと見なしています。彼らは、それらの運動によって戦争が回避できるはずなどないというのです。中には、こうした理想主義に陥る平和主義者こそが、戦争を起こさせる原因となっているのだと主張する論者すらいます。
反戦デモや反戦を訴える署名活動やコンサートなどの、反戦・平和を非暴力で訴える手法は、確かに目に見えて短期間に効果が出るようなものではないでしょう。非暴力で訴える手法の正しさが証明されるには、5年、10年、あるいはそれ以上の年月を待たなければならないかも知れません。その点では、直接武力に訴えて相手を打ち負かした方が、結果は早く出るでしょうが、その勝敗で勝ったのは、あくまでも武力において勝った方です。
戦争は、短いあいだに勝者と敗者を決めてしまいます。とくに近年の戦争は、戦地で破壊された数々のインフラや負傷した人々の生々しい映像が、戦地から遠く離れたところで日常生活を営む人々にリアルタイムで伝わるため、表面的には、見た目に勝敗がとてもわかりやすくなっています。しかし、短期間で戦争が終わったとしても、その戦争がもたらした苦しみや痛みは、敗者側はもちろん、戦争に勝った国においても消え失せることはありません。武器が引き起こすこうした当事者たちの生活の営みの損失は、とうてい正当化できできるものではないでしょう。
アメリカが世界一強大な原理主義国家であることは述べましたが、原理主義は単純な答えを求める傾向をもちます。ブッシュがものごとを「善と悪」「白と黒」に単純に二分化することは広く知られていますが、原理主義的な宗教は、キリスト教でもイスラムでも、簡単な答えを求めるという共通した傾向を持ちます。しかも、その求め方が性急的です。
ものごとを「善と悪」「敵か味方」に単純に二分化して、答えを性急に求めるのが、原理主義者たちの特徴なのです。
そして、彼らは、自分たちの目的を達成させるために暴力を使います。なぜならば、暴力を使った方がすぐに答えが出せるからです。戦争がきわめて残忍な暴力行為であることは、論を待ちませんが、ブッシュは、自ら下した暴力が「正義」であるとうそぶきます。しかし、多くの人たちの人権や人命をまるで尊重しない暴力が「正義」であるはずもなく、目的を達成させるために暴力を使って相手を倒してもよいという理屈が、許されるはずなどありません。
戦争は、あくまで戦場で相手を打ち負かすことが目的ですが、たとえ相手国の土地や人々の肉体を支配することができたとしても、彼らの意識まで支配することはできません。私たちは、その実例を旧ユーゴスラヴィアやソマリア、コソボ、アフガニスタン、そしてイラクなどに見てとることができます。
非暴力による抵抗は、相手の土地や肉体を打ち負かすことが目的ではなく、相手の「良心」に訴えるのです。相手を「改心」させることこそが、非暴力的な闘いの目的なのです。闘うべき相手は、特定の人種や国家、民族ではありません。その相手が持っている政策やイデオロギーなのです。
「思いやりのある保守主義」を掲げて選挙運動を繰り広げたブッシュが、アメリカの大統領になってわずか2年のあいだにアフガニスタンとイラクで世界の人々に示したことは、武力においてアメリカは圧倒的に強いという事実でした。他のいかなる国の追随をまったく許さないほど、武力においてアメリカはきわめて強いです。アメリカがアフガニスタンやイラクを攻撃して、これらの国の政府を転覆することが容認されたのは、合理的、道徳的理由などからではなく、たんにアメリカが他国の追随を許さないほど軍事的に優位であるという理由からでした。
現在、アメリカは世界70カ国以上に750カ所以上の軍事施設と軍事基地を確保しており、平時においても25万人の米軍を駐留させています。さらに9.11以降のわずかなあいだにも、アジアなど7カ国に13カ所もの海外基地を増やしています。アメリカの軍事予算は、一国だけで世界各国の軍事費総計約8400億ドルの40%を占め、世界第2位から10位までの国の軍事予算をあわせても、アメリカ一国には及びません。EU諸国の軍事予算をあわせても、アメリカにははるかに及びません。数字の上でも、アメリカは圧倒的な軍事力を持っていることがわかりますが、アフガニスタンやイラクから繰り返し届けられる映像は、世界中の人たちにその現実を改めていやというほど思い知らせたのです。
しかし、もしガンジーが今も生きていたら、彼は、当たり前の勝利に浮かれるブッシュに対してこう言うでしょう。
「あなたが戦争に勝利をおさめたとしましても、あなたが正しかったということではありません。それはただ、あなたの破壊力のほうが大きかったというだけのことです。」
これは、ガンジーがヒトラーにあてた手紙−ヒトラーには届けられませんでしたが−のなかに記されたことばです。現代のヒトラーたるブッシュに対して、ガンジーはきっとそう言うに違いありません。武力で勝ったところで、それは勝者が正しいことを示すものではありません。核兵器を持つインドやパキスタンが、核兵器を持たないスウェーデンやカナダよりも優れているとは決して言えないでしょう。
「暴力が獣の掟であるように、非暴力は人類の法である」とガンジーが述べているように、非暴力的な闘いには肉体的な力は必要ありません。
非暴力的な闘いは、ガンジーが繰り返し強調したように、弱者の闘いでも消極的な闘いでもありません。男女、年齢を問わず、誰もがなしえることができる積極的な闘いなのです。
●第2のスーパーパワー
しかし、米英軍のイラク侵略に非暴力的に反対してきた世界中の多くの善良な人たちは、いま、無力感を感じているでしょうか。アメリカがイラクに戦争をしかけることを必死になって阻止しようとしたのに、結局アメリカはイラクに踏み込み、多数の非武装のイラク国民が殺害されたという現実を目の当たりにして、世界中の非暴力的な平和主義者たちは、自分たちはブッシュ−暴力−に負けてしまったのだと敗北感を感じているのでしょうか。
いや、彼らは決して敗北感を感じるべきではありません。彼らは確かにイラク侵略というブッシュの暴挙をくいとめることはできませんでした。イラク国内に住む多数の人たちが殺されていくのを、阻止することはできませんでした。しかし、今回の戦争では、これまでの人類に先例のない、ある現象が起こったのです。今までには見られなかったほどのある大きな変化が地球規模で起こったのも確かです。それは、戦争を嫌い、平和を心から願う人々の気持ちです。反戦を訴え、平和を願う人々の気持ちが初めて地球を覆ったのです。
米英軍がイラクを侵略する前から、そしてイラクを実際に攻撃しているあいだも、イラク侵略に反対する大規模なデモが、世界各地で毎日のように繰り広げられ、何百万人以上もの人たちが戦争反対を訴えたのです。アメリカ国内でさえも、何十万人、何百万人という一般市民が、戦争反対を訴えながら街を練り歩いく姿が放映されました。
戦争が開始される「前」にこのような一般大衆による大規模な反戦運動がおこなわれたことは、かつて一度たりともなかったことです。
今回のイラク侵略としばしば対比されるベトナム戦争においては、アメリカは南ベトナムを攻撃して何百万人もの人たちを強制収容所に放り込んだり、枯れ葉剤を使って多くのベトナム人を惨殺しましたが、それにもかかわらず、このときには抗議運動はおこらなかったのです。(ベトナム戦争で反戦運動が起こったのは、実に開戦後数年も経ってからのことでした。)
「後世に残る世界最大の悲劇は、悪しき人の暴言や暴力ではなく、善意の人の沈黙と無関心だ」とマーティン・ルーサー・キングが語っているように、大切なことは、今世界で起きている現実を憂鬱な気持ちで、ただ見守ることではなく、声を挙げることです。戦争反対、暴力反対の声をあげることです。しかも、できるだけ多く、大きく。。
2004年4月、スペインの大手新聞紙「エル・ペリオディコ」紙に、スペインのラス・パルマス・デ・グラン・カナリア大学歴史学科の教員たちが、イラクへ侵略に反対のデモをおこなった世界中の3000万人の市民を、今年のノーベル賞候補として提案し、その提案をスウェーデン王立アカデミーが受理した。もし賞を受け取った場合は、その賞金はイラクの人道支援に使われる予定だという記事が載りました。こうした計らいも、平和を求める世界中の人々の意識に強く訴えるはずです。
イラク侵略に抗議する反戦運動は、こうしたデモだけではありません。インターネットにおいては、プラカードを掲げて街に繰り出すかわりに、コンピュータの前でキーボードとマウスを操作することによって、無数の人たちが戦争反対を呼びかけ、戦争の無意味さ、愚かさを訴えました。サイバースペースにおいては、インターネットのウェブサイトや電子メールを通じて、あらゆる人種や民族、国家、宗教を越えて何百万人、何千万人もの人たちが自分たちの意志で戦争に反対し、平和を願う巨大なムーブメントを形成しつつあります。
かつては反戦のデモや集会をおこなう主催者たちは、ポスターを電柱や駅前の掲示板に貼ったり、大量のビラを行き交う人たちに配ったり、手紙やはがきを送って集会やデモの開催を知らせるのが関の山でした。しかし、今回の反戦運動では、そのようなポスターやビラなどはほとんどいっさい見かけることはありませんでした。かつて人々の意識に呼びかけるために使われたこれらの媒体に取って代わったのが、インターネット上のウェブサイトや電子メールでした。
このサイバースペースのなかで、情報は瞬時にして世界を駆けめぐることが可能となったのです。これらの電子情報は、かつてのポスターやビラ、手紙などよりも、はるかに短期間で、はるかに広範な人々の意識に訴えることができます。
また、かつて人々は、世界のどこかで起こりつつある紛争や戦争の情報を、テレビやラジオ、新聞や雑誌などのマスメディアからしか仕入れることができませんでしたが、これらのメディアに対する人々の信頼度は、1991年の湾岸戦争において失墜し始め、2001年の9.11同時多発テロにおいて決定的に地に落ちました。人々は、もはやこれらのマスメディアから垂れ流されるプロパガンダを信じてなどいません。
かつてアメリカ第3代大統領トーマス・ジェファーソンは、「新聞を読んで、何が起こっているかを知っていると考える連中は、哀れなものだ」と語りましたが、これは、為政者たちの都合のよいように流されるプロパガンダを、疑うことなく信じる「純真な」大衆を嘲笑したことばと受け止められます。すなわち、マスメディアの報道をいくら集めたところで、本当は何が起きているのかなど決してわからない、ということなのです。
しかし、90年代半ばから急激に進歩、拡大したサイバースペースのなかで流される膨大な情報のなかから、マスメディアが流すプロパガンダとは異なる、真実の臭いのする情報を集めることが可能になってきました。これらの情報が、この「第2のスーパーパワー」と呼ばれるムーブメントに大きく寄与していることは、言うまでもありません。上に紹介した9.11の自作自演説も、サイバースペースのなかで盛んに議論されたひとつの重要な見方です。「第2のスーパーパワー」は、インターネットが普及しているアメリカやヨーロッパで新たな力を手にしつつあり、アジアにおいても、インターネットの普及とともに、その力はさらに巨大なものになっていくはずです。
もしかすると、私たちはブッシュに感謝しなくてはならないのかも知れません(もちろんブラックユーモアですが)。彼が仕組んだ前代未聞の暴挙のおかげで、世界の人々が長いあいだの眠りから目覚めたのですから。彼のおかげで、世界の人々のあいだに戦争を憎み世界平和を願う気持ちが芽生え、自分たちは人種や民族、国家、宗教など関係なく、一人ひとりが同じひとつの地球の上に生きている仲間なのだという連帯感を持ち、そして遠くの見知らぬ人たちに暖かい愛を送ることができたのですから。
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