■『事実を見る』ということ

●造り出される主観的な「科学的事実」 
●理論は理論が覆す
●我々は知っているものだけを「見る」
●なぜそれが「正しい」と信じるのか?



「人にものを教えることはできない。
 自ら気づく手助けができるだけだ。」
          (ガリレオ・ガリレイ)

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●造り出される主観的な「科学的事実」 
 1987年にノーベル医学生理学賞を受賞した利根川進氏は、京大創立100周年記念シンポジウムで、「自然科学の究極の研究目的を集約すれば、“人間はいったい何者か“という疑問の解明にあると思う」(京大新聞第416号<1997年11月20日>)と述べています。

 はるか昔から、人々は「我々は一体どこから来て、どこに行こうとしているのか。我々はなぜここにいるのか」という疑問を絶えず持ち続けてきました。この問いに対する答えは、少し前までは−わずか150年ほど前までは!−、神を関与させることにより全て解決させることが可能でした。人智を越えた神の見えざる手によって、宇宙や人間など森羅万象が周到に用意され、その中でも人間は特別な存在として用意されたというわけです。

 しかし、19世紀半ばに、イギリスの博物学者チャールズ・ダーウィン(1809−1882)が、有名な『種の起源』−より詳しくは『自然選択(淘汰)、すなわち生存闘争において有利な品種が保存されることによる種の起源(起原)について』−の第1版(1859)の中で、地球上に棲む多種多様な生物は、
神によって創造されたのではなく、共通の少数の祖先生物から長い年月をかけて次第に変化して今日の姿になったという進化論的な考え方を示しました。


 この時代のイギリスは、18世紀後半におこった産業革命によって物質文明がかつてない勢いで一気に発展し、鉄道網は田園地帯に広がり、それまでの田畑も次々と工場の敷地へと変貌してゆき、化石燃料の膨大なエネルギーを手に入れて人々の生活水準がそれまでに見られないほど一気に向上した時代でした。このような急速に変貌を遂げる世界に生きたヴィクトリア時代の人々は、これまでの変化が自分たちに向かっているに違いないと考えることを好んでいたため、ダーウィンによって提唱された進化的な考え方は、その本質的な非発展的な見方自体が無視された形で、この時代の人々の行動規範を正当化するのにうってつけの理屈を提供してくれるものとして受け入れられるようになったのです。


 ここで留意しなくてはいけないのは、その自然観が後世の人々から見てどれほど滑稽で、あるいは退屈極まりないものであっても、ひとたび広く社会に受け入れられてしまうと、それはその時代の人々のあらゆる行動の規範を規定するようになるということです。そして自然観は、当然ながら、その時代、その社会・文化の中での人々の行動とは矛盾するようなものであってはならないのです。

 ダーウィンが進化論を提唱してから以降の約150年もの間、多くの科学者たちが、全ての生物や生物の興味深い特徴を偶発的に起こる変異と自然選択の結果として考えるようになりましたが、彼の理論の影響は、生物の分野ばかりでなく、社会、経済、文化などに至るまで、人間が営むあらゆる分野にまたがるようになりました。

 実際には、進化論が全く役に立ちそうにもない生命現象も数多く存在していますが、多くの人たちは、進化生物学は様々な生命現象をうまく説明する上で大きく貢献してきたであろうし、それによって進化生物学は、生命の起源と多様性を説明する上で大きな成功を収めたと思っています。そして、彼らは、たとえ進化論によって説明のできない生命現象がいくつも存在することが事実だとしても、いずれ進化生物学がより精緻になれば、今は説明できないような数々の生命現象も、いずれ巧みに説明することが可能になると信じて疑わないのです。

 すなわち、進化論という「仮説」に対しては、世間では、地球が球体をしており、太陽の周りを公転しているという事実と同じぐらいの確かさで「事実」であると見なされています。

 科学界はもちろんのこと、科学を専門としていない一般の人々にとっても、生物の進化は疑う余地のないほどの明白な「科学的事実」なのです。科学の世界では、進化に疑いの眼を向けることは、自らの科学者としての名誉や生命を損失することに直結する危険性を秘めており、現代進化論の第一人者であるエルンスト・マイヤー「自然淘汰説への抵抗が今日までなお完全に払拭されていないのは、非生物学者と素人においてだけである」と決めつけるほど、今日、反進化論的な主張は、頭から否定されるか非科学的と見なされてしまいます。

 しかし、私たちはここで、「科学的事実」という、多くの人々にとって侵すことのできない神聖な響きさえ感じられる言葉の本質を、まず最初にはっきりさせておかくなくてはなりません。その本質を知れば、あれほど自信に溢れたマイヤーの言葉も、とても空虚に響くのです。

 
非常に多くの一般の人たち、そして大多数の科学者たちでさえも、今もなお、科学とは真実の情報を先入観を取り除いて客観的に探求することであり、科学は累積的に連続して進歩していくものだと主張するでしょうが、私たちは、もはやそうした主張を安易に受け入れることはできません。科学的知識は、それまでの知識に新しい知識を付け加えたものなどではなく、科学者たちが研究している文化的、社会的環境によって大きく影響を受けるものだという考え方が、広範囲に亘って広がっているのです。

 どういうことかと言えば、これまでは、科学の方法や理論は、時代や社会、文化を超越した客観的なもので、それらの影響を受けることはなく、科学は純粋に客観的真理によって進歩していくと考えられてきましたが、実は科学者たちも、その時代のものの考え方や文化、社会に影響されているのであり、その時代のある科学者集団の中で決められた「約束事」の範囲内で、理論や科学的な方法を生み出してきたというのです。いうならば、科学は、その時代のある特定された科学者集団の中で決められた「約束事」を通してでしか、物事を見ることができないわけであり、そのために、一般に考えられているような、時代や社会を超越した純粋な客観的な真理などというものは存在しないことになるのです。

 これまで広く信じられてきた、「客観的」で究極の真理に向かってひたすら「連続的に進歩」するという科学に対するイメージは、20世紀の後半を少し過ぎた頃から、「主観的」で「断続的に変化」するというイメージに、急速に変貌を強いられるようになったのです。

 このきっかけを作ったのが、1962年に出版され、今や古典的名著となった感のある『科学革命の構造』(邦訳は1971年 みすず書房)という一冊の書物でした。この書物を書いたのは、アメリカの科学史家T・クーン(1922−1996)であり、彼は、自然科学は実は、広く信じられてきたように客観的でも確実なものでもなく、その時代の社会的な背景に大きく影響されるものであることを説いたのです。

 クーン
の提唱したこの見方は、自然科学のみならず社会科学にまで、急速に著しく大きな影響を与えることとなったのです。クーンは、その著書の中で、上に述べた、その時代のある特定された科学者集団の中で決められた「約束事」に相当する内容を、「パラダイム」と呼びました。

 パラダイムは、科学者の社会において、歴史的必然によって発生してきたものであり、「ある時代の科学者のひとつの集団が、そのなかで論理的に仕事をすすめることに、実りの多い報酬を見いだす(いいかえれば、研究の生産性が高い)ということで一致して支持する自然像の設定に関する一種の枠組、模型、類型、つまり約束ごと」(『反科学論』柴谷篤弘著 筑摩書房)に相当します。

 すなわち、ある分野の科学者の集団の全体が、既存のある法則や理論を正しいと認めると、それに従って問題を解くようになりますが、その際、当然ながら同じ記号や同じモデルを用いるようになるわけであり、その科学者集団に属する科学者たちは、共通の価値観を持つようになります。そうして彼らに支持される法則や、理論、用語や記号、モデルや模範例、装置、価値観や自然観などをすべてまとめて「パラダイム」と呼びます

 パラダイムという言葉自体は、古代ギリシア時代に既に存在していましたが、クーンは、パラダイムを自著の中で、「一般に認められた科学的業績で、一時期、専門家に対して問い方や答え方のモデルを与えるもの」と定義しており、その例として、プトレマイオスの天動説、コペルニクスの地動説、アリストテレスの力学、ニュートン力学、さらにはマクスウェルの電磁気学やアインシュタインの相対性理論などのような物理学上の理論を挙げています。


 クーンによれば、ひとたびその専門分野でパラダイムが出来上がると、その分野の科学者たちは、全てそのパラダイムに従って種々の問題の解決を試み、パラダイムに沿った様々なデータを蓄積するようになり、もはや根本的な問題について論争することなどなく、そのパラダイムに従った研究や教育が行われ、さらにその分野の新参者たちは、パラダイムに沿って作成された教科書によって、まずその分野のパラダイムを学習するようになるのです。そうしないと、その分野の科学者集団の仲間として加わることができないからです。

 クーンは、一つの分野にパラダイムが確立して、それに基づいてその分野の研究や教育が行われるような状態の科学を、「通常科学」と名付けました。通常科学においては、科学者たちは、自分がその中で研究しているパラダイムには無批判的であり、そのパラダイムに従った測定の精度を上げたり、そのための装置を考え、新しい現象を予測したりします。そして、そのパラダイムの中で、理論の修正を行うのです。

 従って通常科学においては、科学者たちは、パラダイムの中で研究を続けるため、パラダイムは、研究者が抱える問題とそれを解くのにふさわしいと信じられる方法を提示するのです。クーンは、こうした通常科学を、ジグソー・パズルやクロスワード・パズルなどのゲームのような「パズル解き」に見立てています。

 実はこの「パズル解き」が、多くの科学者たちが一生をかけてやっている科学と呼ばれる仕事の内容なのであり、私たちが一般的に科学と呼ぶこの通常科学の目的は、あくまでもパラダイムを整備して改良することであり、パラダイムを改変してしまうことではありません。

 「パズル解き」と名付けられた一般の科学者たちの仕事の成果とは、つまるところ、パラダイムの改良、展開、応用なのです。そして、こうした通常科学によって、科学知識の分量が増加し、知識の精度も向上していくのです。通常科学の時期は、科学者たちにとっては理論の詳細を発展させる時期なのであり、彼らはパラダイムを全面的に認めているために、パラダイムと自然との一致を改善するために必要な研究に専心できるのです。

 従ってクーンによれば、それぞれの専門分野は、その領域内の研究を特徴づける規範的な科学的業績が出来上がって初めて、その専門分野を「科学」と呼ぶことができます。

 つまり、ある研究分野が科学と呼べるか否かを判断する基準は、そこにパラダイムが存在するかどうかということになります。

 ここから次の事が分かります。一般的には、科学とは、先入観や偏見を捨てて自然を観察して得られたデータや法則から成り立ち、科学の方法や理論は、時代や社会の事情から独立して客観的で確実な知識であり、自然を理解するためには、先入観や偏見を捨てて自然をよく観察しなければならないと言われますが、一般的に普及しているこうした常識的な見方は、実は科学の実態をまるで正確に把握していないのです。何かの実験や観察を行う場合は、まず最初に、何のためにそれを行うかという問題意識がなくてはならず、その目的を達成させるために計画を立てますが、それらの目的や計画は、あらかじめ何かの理論に基づく予想に従っています。ということは、実験や観察の計画は、そもそもある特定の理論に依存しており、その実験や観察の結果も、その理論に基づいて解釈されたものとなるわけです。

 このように、実験や観察は、常に何らかの作業仮説に基づいていますが、作業仮説とは要するに一種の先入観に他なりません。そして、作業仮説は、その分野のパラダイムに従っています。つまり、私たちが観察する「事実」とは、ある先入観に基づいて得られるものであり、ひいては、パラダイムの支配を必然的に受けており、時代や社会から超越した普遍的な性質のものではないのです。従って、ひとたびそのパラダイムが変革されるようなことが起これば、それまで「事実」と見なされていたものは、もはや「事実」とは見なされなくなってしまう可能性が高いのです。科学的事実の本質は、そうした先入観の上に成り立ったものであり、いわばその時代や社会、文化の目を通して作られたものだったのです。

 こうした事実の本質は、村上陽一郎氏が紹介しているように、実は「事実」という言葉自身の中に隠されていました。
「事実」は英語で「fact」ですが、この言葉の直接の原形であるラテン語の「factum」は、「造られたところのもの」「人の手によって為されたところのもの」という意味を持ち、さらに「fact」の形容詞形である「factitious」は、「事実的な」という意味などではなく、「人為的な」、「虚構の」という、おおよそ私たちが「事実」という言葉から持つイメージとは正反対の意味を持つのです(『新しい科学論』村上陽一郎著 講談社)。

 「事実」が「人の手によって造られた虚構」であるという意味を持つ
というのは、これまで説明してきたことと照らし合わせても十分に合点がいくことなのです。

●理論は理論が覆す
 また、常識的な科学観によると、理論は観察や実験結果と比較され、それと合わなければ放棄されて、観察や実験結果をよりうまく説明できる別の理論にとって代わるとされています。科学の特徴は、観察や実験のような経験的方法によって否定される可能性を持つ予言をするような理論を持つことであり、常に反証可能性に曝されている必要があると考えられています。

 従って、経験的方法で反証することが原理的に不可能な理論は、それがどんなに立派に見えても疑似科学の烙印を押されてしまうことになります。そして、この考え方によると、科学は、問題(疑問)→理論(作業仮説)→観察(実験)→反証の手順を繰り返すように、理論を経験的事実によって反駁する過程に他ならないものですが、クーンは、通常科学においては、反証例によって理論自体が却下されることは極めて稀であると述べています。むしろ、反証例が挙がれば、科学者たちはそれを通常科学内で解決可能なパラダイムととらえ、理論は経験的事実により合致できるように改善されて、そのパラダイム内でより強固な理論へと修正されるようになるのです。


 生物の起源については、創造論者たちが多くの反証例を進化論擁護論者たちに繰り返し突きつけていますが、進化論擁護論者たちは、そのことによって自分たちの理論が間違っているなどとは全く思わず、無視するか、あるいは自分たちの理論をより強固なものとするための材料としてさえ利用するのです。「事実」という言葉が「人の手によって造られた」という意味があることからも分かるように、事実が理論負荷的で理論と分離できないとすれば、観察された「事実」は、科学理論を検証したり反証したりする際の中立的な条件にはなりえず、理論を打ち倒すことなどできないことになります。

 つまり、私たちは常に、自分の過去の経験と知識から作り出された色眼鏡を通して「事実」を見ていることになり、N・R・ハンソンは、このような事実の特徴を「理論的負荷性」と呼びました。彼は『科学理論はいかにして生まれるか』(講談社)の中で、私たちの認識は、データの蓄積と共に生まれてくるのではなく、それを見る主体側(観察者)の解釈系とでも呼ぶべきものが、同じデータを前にしながら異なった認識結果を生みだし、その結果異なった知識体系や理論体系を造り上げるのであり、これは「客観性」を標榜しているはずの科学がどうしても避けて通ることができない特徴である、と述べています。 

 コペルニクス革命を例にとると、惑星の運行自体はコペルニクス革命の前後で変化していないにもかかわらず、天動説でそれなりに合理的に説明されていた惑星の運行は、地動説によって「事実」ではなくなり、改めて太陽を中心とした新たな視点から再構築する必要があったのです。事実が理論から独立して存在することがないのであれば、観察事実は理論を反証する際の中立的な役目を果たしておらず、それ故に、事実が理論を打ち倒すことは原理的に不可能なのです。

 理論を打ち倒すのは事実ではなくて、それに取って代わる新しい理論なのです。

 理論が入れ替わることによって、それまで事実として見てきたものが事実ではなくなり、新しい事実が浮かび上がってくると、必然的に自分たちの世界も変化するようになります。それまで地球を中心に惑星が回っていたと思っていたものが、ある時から、回っていたのは実は自分たちの住む地球であったと知ったならば、それまでの世界観に変化が起こっても当然です。

 従って、クーンがパラダイムに「世界観」の意味を持たせたとしても、不思議ではありません。実際に彼は、『科学革命の構造』の「世界観の変革としての革命」と銘打った章の冒頭で、「科学史家は、パラダイム変換が起こる時は世界自体もそれと共に変化を受ける、と主張してみたくなるものである」と述べ、「パラダイムの変革は、科学者たちに彼らが研究に従事する世界を違ったものと見させる」としています。

 そして、クーンは、パラダイムの変革の前後に生じる、科学者が関わる世界の変化を、「視覚ゲシュタルトの変換」にたとえています。視覚ゲシュタルトの変換とは、反転図形やだまし絵に見られるような錯視図形を巡る見方の違いを指しており、その代表的でとても有名な例が、有名なジャストロー図形(ウサギにもアヒルにも見える絵)や、老婆にも若い女性にも見える絵です。また、下図のようなネッカー図形は、上から見たようにも下から見たようにも見ることが可能です。


 
 これらの例のように、見ている対象物は全く同じであっても、見る側の解釈によってそれは全く違ったものに見え、しかもそれらを同時に見ることは不可能です。ウサギの中にアヒルを見ることはできず、アヒルの中にウサギを見ることは決してできないのです。老婆と若い女性の場合もそうですし、ネッカー図形も、上から見た図と下から見た図を同時に見て取ることは不可能です。

 パラダイムの変革においては、こうしたゲシュタルト変換によって、これまで見えていた科学像ないし事実は消滅し、新たな科学像、事実が浮かび上がってくるのです。新旧二つのパラダイムのそれぞれに属する科学者たちは、実際には同じ一つの世界に向かい合っており、彼らが見ているものは同一であるはずですが、両者は異なったものを見ているため、一方のグループで明らかな「事実」が、他方のグループでは全く説明がつかないような事態が起こります

 パラダイム変革の前後では、同じ用語や概念を使っても、そこには「意味の変化」が生じて共通の価値基準が存在しないため、異なるパラダイムに属する科学者たちの間のコミュニケーションには、ずれが生じてしまいます(通約不可能性)。

 新しい理論が提案された場合、その理論はそれまで幅をきかせていた古い理論と比較され、新しい理論を支持する人たちが多くなると、それまでの古い理論は放棄され、それまで古い理論で説明されてきたあらゆる現象を、今度は新しい理論で説明する努力を始めます。しかし、それまで古いパラダイムの中で業績をあげてきた科学者の中には、新しいパラダイムができても、なお古いパラダイムに固執する人たちが必ず存在します。そして、新パラダイムと旧パラダイムの各々を支持する人たちの間で激しい議論が行われますが、パラダイムは、その前提も考え方も最初から異なっているため、お互いに自分のパラダイムの正しさを相手に示すことは容易ではありません

 これが前述の通約不可能性ですが、そのために、両者の関係は連続的なものではなく断続的な様相を呈しており、それ故に科学は、新しいパラダイムによって「非累積的」に「断続的」に進歩するというのです。

 これがクーンが述べる「科学革命」であり、「古いパラダイムがそれと両立不可能な新しいパラダイムによって全体的にあるいは部分的に置き換えられるような、非累積的な発展を示す出来事」(クーン)なのです。パズル解きである通常科学という一定の限られた期間中は、科学は確かに累積的で連続的進歩の様相を見せますが、科学革命においては、そうした通常科学の累積性、進歩性は消滅し、代わりに非累積的で断続的な変換が起こるのです。


 クーンは、新旧二つのパラダイムの関係を、しばしば誤解を与えがちな「通約不可能性」という言葉で表しましたが、これは両者の間に優劣を判断する共通の評価基準が存在しないという意味であり、この意味を与えることによって、クーンは、両者のパラダイム間の断絶を際だたせ、それまでの連続的で累積的な進歩と捉えられていた科学に対して、パラダイム変換に伴う非累積性、断続性を強調したのです。それ故、パラダイム変換は「革命的」な様相を呈するのです。


 共通の評価基準不在による新旧二つのパラダイムの間に生じる通約不可能性のために、科学者が古いパラダイムを捨てて新しいパラダイムを受け入れるか否かは、理論的な過程のみではなく、当人の心理的な要素が多分に含まれ、それはクーンによると「宗教的改心に似た考え方の変化」に相当するのです。

 そしてひとたび科学者たちの間で学説の違いが生じて、論争が行われるようになると、自分とは異なった見解を持つ相手を、先入観や偏見をもって自然を見ていると非難することがしばしば繰り返し起こります。しかし、上に述べたように、どんな学説にせよ、広義の意味での先入観を持っているわけであり、その先入観に従って観察や実験を行い、さらにその結果を先入観によって解釈しているわけです。

 言ってしまえば、ある専門分野の中で従来より広まっていて、その分野での常識になっている理論を支持する大半の人々は、自分たちが先入観や偏見を持っていることなどに一向に気づくことなく、自分たちと異なった見解を持つ相手を、先入観と偏見を持って自然を見ていると非難することが多いのです。現代量子論の生みの親であり、1918年にノーベル物理学賞を受賞したマックス・プランク(1858−1947)は、いみじくも次のように語っています。

新しい科学的真理が勝利を収めるのは、反対者を説得して新しい光が見えるように転向させることによってではない。 ゆくゆくは反対者が死に、新しい考え方に馴れた若い世代が育ってくるからである。

●我々は知っているものだけを「見る」
 私たちは、学習することによって、自分の脳の中に独自の内部世界を築いていきます。 外部の世界のあらゆる信号(自分にとって「情報」となる前の段階)から脳が「情報」として取り入れるのは、それまでの自分が築き上げてきた内部世界の情報に基づいています。

 このことは、私たちは、自分が経験して学習したこと以外は、基本的には何も分からないということを示しています。たとえ外部の世界が同じであったとしても、人はそれぞれに違った過程を経て生まれ育ってきています。同じ環境で育った一卵性双生児でも、一日中何から何まで行動を全て共にするということは不可能です。全ての人たちは異なった過程で生まれ育ち、それぞれに異なった学習を通じて記憶した内容も千差万別なため、その記憶に基づいて築いた内部世界も、人それぞれに異なっています。

 すなわち、私たちが見ている外の「世界」とは、実は人それぞれに異なる自分の内部世界を通じて見ている世界のことであり、自分の内部世界が投影された主観的な世界なのです。たとえ外部世界が同じであっても、内部世界を通じて見る世界は人それぞれに全く異なるのです。

 私たちは、五感を通じて外部から様々な情報を取り入れますが、その中でも最も情報量の多い視覚を取り上げてみると、「見る」という普段の何気ない行為そのものも、外の世界をそのまま「見ている」わけではないという事に改めて気づくはずです。

 その事を示すために、ハンソンは『知覚と発見』(紀伊國屋書店)の中で、13世紀と20世紀の二人の天文学者が晴れた日の明け方に、東の空に曙を眺めている光景を例にあげて、「見る」という行為を詳細に説明しています。ここでの課題は、「二人の天文学者は同じものを見ているのか?」というものです。ここでは、二人の天文学者は、いずれも正常な視力を持ち、視覚器官にはいかなる欠陥もないとします。

 この質問に対して予想される、おそらく最も単純で思慮の浅い回答は、「もちろん、ふたりとも同じ太陽を見ているに決まっている」というものです。詳細は同書に譲りますが、そうした無垢な回答は、実は実際の「見る」という行為を全く正確に表していないのです。「見る」という行為は、単なる網膜上の反応を指しているわけではないのです。私たちは、感覚器官に入ってくる「信号」をそのまま「見ている」わけではありません。

 私たちは、あくまでもその「信号」を解釈して初めて「見て」いるのです。しかも、見てから解釈しているわけではないのです。解釈する過程と「見る」行為は、同時に並行して起こるのです。
解釈がなければ、そもそも「見る」という行為は決して成り立たないのです。

 二人の天文学者は、おそらくは同じ太陽を見ているでしょうが、二人が見ているものは太陽ではありません。太陽は地球よりも遥かに大きな恒星であり、一瞬にそのあらゆる面を見ることなどできません。彼らが見ているのは、あくまでも光り輝く円盤状の形なのです。

 同じように、1枚の10円硬貨−ハンソンの例では1ペニー銅貨−がテーブルの上にあり、私たちが円い10円硬貨を見ていると言う時、私たちが視覚的に認知しているものは、10円硬貨ではなくて、銅色をした円形状の物体なのであり、私たちは、それを教育や経験などによって自分が得てきた記憶に照らし合わせて、初めて円い10円硬貨を見ていると言うのです。同じように電話のベルを聞いたとしても、実際に聞いているのはリンリンという音−その音の表現でさえ、文化や国によって異なることに注意して下さい−なのであり、私たちは経験に基づく学習によって、その音を電話のベルとして解釈しているだけなのです。

 このように「見る」という行為は、単なる網膜の上に起こった反応をそのまま反映させているわけではなく、自分がそれまでの経験によって得た記憶−内部世界−を通じて「見ている」わけです。自分の目の前にある景色を見ていたとしても、もしその時に大きな心配事があったり、他の物事に集中していたならば、その時自分が何を見ていたのか覚えていない経験は、誰もが持ち合わせているはずですが、そうした経験は、「見る」という行為が単に網膜上に映っている映像を反映しているわけではないことを示しています。


 このように、「見る」という行為自体は、単に網膜上に映っているものをそのまま反映させているわけではなく、自分が記憶しているあらゆる情報に照らし合わせて解釈して、初めて成り立つものなのです。

 上に紹介したウサギとアヒルに見える絵にしても、それをウサギまたはアヒルと認識できるのも、私たちがその二つの動物が何であるかを記憶しているからに他なりません。もし、これらの動物を知らなければ、その絵の中にウサギとアヒルを「見る」ことすらできません。ウィトゲンシュタインが、「それらの二つの動物の形態をすでに熟知している場合にのみ、あなたはウサギとアヒルを見る」と述べている通りです。

 この事をハンソンは、「ものを見ることは、それをこの種のものとして見る、あるいはある種のものとして見ること」であり、それは「この種のあるいはあの種のものについての知識を前提としている」と述べています。

 前に述べた13世紀と20世紀の天文学者は、自分たちが見ている白色に輝く円盤を太陽として見ていますが、その時彼らは、自分が生まれてからその時までに経験して学習し、記憶したあらゆる全ての事柄と照らし合わせて、その物体が太陽であると解釈したのです。自分の網膜上に映っている被写体を、太陽に関して自分が持ち合わせている記憶と照らし合わせ、それがおそらく太陽であるだろうと解釈することによって初めて、「自分は太陽を見ている」と述べることができるのです。

 この事は、晴れた日の明け方に東の空に見える白色の円盤の形をした物体と、二人の天文学者との関係が決定的に異なっていることを示しています。何故ならば、13世紀と20世紀では、太陽に対して得られている知見が質も量も全く異なっているからです。

 私たちは、自分が知らないものは、何一つ「見る」事ができないのです。ウサギやアヒルを知らない人は、その絵の中にそれらの動物を見ることはできないし、太陽を知らない人は、晴れた日の明け方の東の空に浮かぶ円盤を見ても太陽を見ることはできません。

 これらは極めて単純な例ですが、専門家以外の人が見て全く味気なく意味を持たないようなグラフや写真でも、その道の専門家には非常に有意味で多くの情報を含んでいることは、よく知られています。

 ゲーテは、「我々は知っているものだけを見る」と述べましたが、下の図は、「見る」行為がどういうものであるかを示していて興味深いものがあります。これらの図形を見て、私たちは過去の記憶に頼りながら一体それが何であるかを理解しようと努めますが、おそらく最初は一体これらの図形が何なのかわからないと思います。

 下には二つの絵がありますが、多くの人たちは、最初は何が描かれているのか全く分からないかも知れません。

 そこでヒントを述べると、(a)には美しい女性が描かれており、(b)には雪山が描かれています。・・・と予め内容を紹介すると、もしかすると、これらの絵の中に女性や雪山を見つける人が出てくるかも知れませんが、実際にはこれらの絵の中には女性も雪山も描かれていません。

 (a)には
イエス(キリストと呼ばれている人)のような風貌をした、あご髭を生やした男性が、描かれています。また、(b)には、野原を横切るダルメシアン犬が頭を垂れて地面を嗅いでいる姿が描かれています。ここで、あなたは、黒と白の斑の中にイエスの顔を探し出そうとするでしょうが、実際にはあなたは、イエスに出会ったこともなければ、イエス自身の写真も一度も見たことがないことを思い起こして下さい。あなたの頭に今浮かんでいるイエスの顔は、あくまでもあなたのこれまでの人生の中で見てきた宗教画などから仕入れた情報によって、自分勝手に形作られたイメージに基づいているのです。

    

 ここで私が紹介したヒントに基づいて改めてこれらの絵を見ると、その絵の中に犬や男性を見いだすことが可能ですが、この絵を見ている時、私たちは、自分がこれまでに得てきた知識体系に照らし合わせて理解できるまで、その絵を「見て」はいないのです。

 そしてその際、私たちはその絵を「図」「地」に巧妙に区別して見ていることが分かります。

 下の絵は、エッシャーの有名な多義図形「天使と悪魔」ですが、この図を見る時、黒い部分に注目すると悪魔が浮かび上がりますが、白い部分に注目すると、今度は天使が浮かび上がることに気がつくはずです。このように、「見ている」ものと「見える」ものは、必ずしも同じというわけではありません

     <エッシャー 天使と悪魔>

 悪魔が見えた時、白い天使は「地」となり、悪魔が「図」となっています。一方、天使が見えた時は、反対に天使が「図」になり悪魔が「地」になっています。「地」とは「図」の背景であり、認識の対象にはなっていませんが、「図」に意味を与えるための重要な役割を果たしており、「地」がなければ「図」はあり得ません。

 そして、ある視覚情報を見た時、その情報を「地」と「図」に分けるのは、多分に恣意的であり、その人がそれまでの経験で学習した知識−記憶−をベースにしています。上に紹介した犬や男性の絵も、自分の記憶に従って「図」と「地」に分けることによって初めて理解可能なのです。

 こうして見てくると、私たちは「ありのままの姿を見る」ことなど到底できないことが理解できます。ありのままの姿とは地と図を区別しないことで す。虹を見て七色に見えるのは、虹は七色からできていることを既に学んでいるからであり、「虹は七色」という事柄が自分の記憶の中にインプットされているからです。

 実際には虹は無数の色から成り立っているのです。雑誌のグラビアを見ても、そこに実際に存在しているのは、数種類の色から成る無数の小さな斑点の集合のみです。私たちは、その数種類の色から成る無数の斑点の集合の中から、色や形などの組み合わせによって、そのグラビアの中に美しい女性や建物を「見る」のです。

 また、これらのことから分かることは、「我々は知っているものだけを見る」というゲーテの言葉を少し言い換えた形になりますが、「私たちが見ているものは、そのもの自身ではなく、自分の大脳の神経活動の過程(プロセス)である」ということです。バーランド・ラッセルの言葉で言えば、「脳外科医が手術をしている時、彼が見ているのは他人の脳の中にあるものではなく、彼自身の脳の中にある何か−つまり他人の脳の視覚的現れ−なのである」となります。

 ここでは、「見る」という極めて日常的な行為に隠された重大な意味を説明してきましたが、13世紀と20世紀の天文学者は、同じ太陽を見ていても、前者はアリストテレス−プトレマイオス的な地球を中心に太陽が回っている知識体系の中に、自然の価値や意味を持っているのに対し、後者は、コペルニクス的な太陽を中心とした知識体系の中に自然の価値や意味を持っており、それぞれの知識体系の中で太陽を見ているわけです。20世紀の天文学者は、13世紀の天文学者が持つ地球中心的な体系が間違いであることを知っていますが、20世紀の天文学者は700年前のこの天文学者を愚かで幼稚だと笑うことは決してできません。

 確かに今では、小学生でさえも、私たちの太陽系の惑星は、太陽を中心にして回っているということを知っていますが、私たちの頭脳自体が、13世紀のこの天文学者や古代ギリシア時代の人々の頭脳と比べて優れているということはまずあり得ません。しかし、実際に彼らは、私たちから見ればいかにも稚拙で初歩的な間違いを平気で犯しているのです。しかも、コペルニクスによって地動説が唱えられるまでは、地球を中心とした知識体系の中でも、惑星の運行の説明はきちんとそれなりに「合理的」に成り立っていたのです。

 また、私たちは、あの万有引力を法則を唱えたアイザック・ニュートンを、あたかも科学者の象徴のように尊敬の念をもって見ていますが、ニュートンは、物理的な現象の中に霊的な力が宿っていると考えており、彼にとって真空中を伝わる万有引力とは、創造主の神に由来する非物質的な力によるものであり、宇宙は、あくまでも神が創造したものに他ならなかったのです。

 彼は大著『プリンキピア』の末尾に、「我々は神を自然の仕組みと目的因とによって知る」という内容の注解を記しているのです。すなわち、ニュートンにとっては、自然の姿を追求することは、造物主である神の偉大さを理解することだったわけであり、さらに彼は、30年以上に亘って錬金術に没頭していたのです。

 錬金術と言えば、今日では、妄想や疑似科学の類程度にしか思われていませんが、ニュートンにとっては、錬金術は一生をかけた研究テーマであり、彼が死んだ時、175冊の錬金術の書物と錬金術に関する無数の小冊子が見つかっています。イギリスの有名な経済学者J・M・ケインズ(1883〜1946)は、イギリス王室協会のニュートン生誕300周年シンポジウムに、「ニュートンは理性の時代に属する最初の人ではなかった。彼は最後の魔術師だった」とする論文を送っているほどです。


 ニュートンは、人格的には、確かに抜きんで素晴らしいとは言い難い面もありましたが、少なくとも彼が凡人を遥かにしのぐ高い知性を持っていた事はまず間違いなく、彼が万有引力の中に神の力を想定し、長年錬金術に明け暮れていたとしても、彼が私たちよりも稚拙で愚かな知性しか持ち得なかったなどとは決して言えません。

 これらの事から言えることは、彼らと私たちとでは、自然に対する知識体系がまるで異なっているために、それぞれの知識体系に基づいて解釈された概念や事実は、その知識体系の中でしか意味や価値を持つことができないということなのです。

 結局、私たちが「正しい」と認める根拠は絶対的なものではなく、あくまでも相対的なものであり、ある限定された枠内でしか通用しない、と言えそうです。

  

●なぜそれが「正しい」と信じるのか?

 科学は、何よりもまず「再現可能」な問題のみが研究対象となります
 
 再現可能性とは、同じ方法や装置を使って行えば、誰がやっても同じ結果が出るということであり、科学においては、この再現可能性がとても重要な意味を持ちます。再現可能性がないものは、科学の対象とはなり得ません

 学者たちは自分の研究結果を論文として報告しますが、他の研究者たちがその論文を読んで、そこに書かれている内容と同じ事を行えば、同じ結果が出なければなりません。もし同じ結果が出なければ、その論文に書かれていることは、それがどんなに立派な業績に見えても、決して認められないのです。

 実際にこうした出来事は、科学の歴史の中で繰り返し起こっています。例えば、パウル・カンメラー(1880〜1926)という生物学者は、サンバガエルと呼ばれるカエルを用いて獲得形質が遺伝することを示しました。獲得形質とは、生物が生きている間に受けた環境の影響により発現される形質のことです。しかし、カンメラーのこの実験は、誰も追試することができなかったばかりか、その数年後には、カンメラーが獲得遺伝の証拠だと主張していたサンバカエルに細工が仕掛けられていたことが分かったのです。これが彼の仕業かどうかは不明ですが、それまでの彼の特異な行動も災いして、彼は周囲からペテン師呼ばわりされ、彼のそれまでの研究成果は全て否定されてしまいました。そして、カンメラーは複数の遺書を友人たちに書き送った後、拳銃で自殺を遂げてしまったのです。

 最近の出来事では、1989年にユタ大学の化学科主任のポンズ教授フライシュマン教授が発表した常温核融合が挙げられます。彼らはその年の3月16日に、パラジウム金属を陰極にして重水のアルカリ溶液を電気分解している時に、異常な発熱を観察しましたが、これはパラジウムに吸蔵された重水素原子同士の核融合反応が起こったためだと考えられるという衝撃的な発表を行ったのです。

 なぜそれが衝撃的かというと、それまでの常識では、核融合は、重水原子イオンなどにお互いの原子核の電気的反発力に打ち勝つような、極めて大きなエネルギーを与えなければ生じないと考えられていたためです。核融合を実現させるためには超高温、高圧でしか実現しないとされ、多数の難問題をクリアしなくてはならないものの、未来のエネルギー源であると長年期待されて、欧米や日本では数千億円もの巨額を投じて研究されてきましたが、大した成果は得られていませんでした。それが、物理学者ではなくて化学者が試験管の中で核融合を実現したと報じたのですから、驚かないわけがありません。

 このニュースが報じられるや、世界中の研究者たちが追試に乗り出しました。追試に成功したと報じる研究者もいましたが、それらの報告は事実誤認かでっちあげでした。結局、二人の化学者の実験の再現性は認められなかったのです。

 さらに、彼らの実験自身や報道に対する態度にも、正当性に欠ける点がいくつも見られ、ついに「偽の科学」とまで呼ばれるようになり、この一大フィーバーは科学界に汚点を残すこととなったのです。

 日本でも、この報道があった後、通産省がエネルギー源として常温核融合の可能性を検討する「新水素エネルギー実証技術開発」プロジェクトを発足させ、約23億円をつぎ込みましたが、結局常温核融合を確認する事ができず、1997年度を持ってそのプロジェクトは打ち切られています。


 最も最近の例だと、世界初の体細胞を使ったクローン羊ドリーに対してまでも疑惑の眼が向けられたことがありました。

 世界的権威を持つ科学雑誌『ネイチャー』にクローン羊ドリー誕生の論文が掲載されたのが1997年2月のことでしたが、その1年後に、同じく世界的権威を持つ科学雑誌『サイエンス』に、「ドリーは本当に体細胞を使ったクローン羊なのか」という疑惑の記事が載ったのです。

 その理由は、ドリー誕生の後、追試が成功しておらず、クローン羊はドリー一頭しか生まれていなかったからです。その記事には、その成功率が低すぎるため、ドリーは科学ではなく「オカルト」であるという旨の指摘までなされていました。結局、遺伝子鑑定により、最終的にドリーがクローンであることが証明されたのですが、このように再現性が有るか無いかは、その研究結果が科学的に事実を表しているかどうかを判断する上で重要な基準になり、再現性のあるものは科学的に事実を表していると見なされ、再現性のないものは科学的に正しいとは見なされません。

 科学と対比する形でオカルトや疑似科学が取り上げられる場合が多いですが、オカルトは「隠されたもの」というその言葉の意味が示すとおり、科学とオカルトの大きな相違点の一つには、再現性の有無が認められます。言うなれば、オカルトには再現性は要求されず、むしろ自分以外の他の人に再現されてしまうと、オカルトとしての価値が下がります。しかし科学は、再現されなければ価値はないのです。

 しかし、「再現性」と一口に言っても、自然界は森羅万象あらゆるものが時間軸に沿って一定方向にしか進んでおらず、自然界に起こる出来事は全て一回きりであり、しかもそれらの出来事は、無数の構成要素からなる宇宙の中では、極めて複雑多岐に相互作用しあっているため、ある時点と全く同じ自然界の状態がそれとは別の時点において再び出現するなどということは、まず決して起こり得ません

 すなわち、科学上で取り扱う事実は、そのまま宇宙全体の現実と完全に対応するものではないのです。つまり、科学を考える上で大切な再現性という問題は、実は複雑多岐に亘る宇宙の構成要素から、問題となるある部分だけを「抜き取って」、その中での事実関係が繰り返し同じ結果となるということを示しているに他なりません。

 つまり、科学者たちが研究の対象としている自然とは、自然界全てをさしているのではなくて、あくまでもその中から「恣意的に」抜き取られた一部でしかないのです。

 しかも、抜き取られた自然の中に見いだされた「事実」とは、前述のように、ある「パラダイム」の中で成り立つ集団内で認められているものに過ぎないため、それは自然界のありのままの姿ではなく、その時代、社会、集団の中で成立するパラダイムに支配された考え方をする人間(研究者)が見つけた事実なのであり、それはもしかすると、自然界の本来の姿ではない可能性もあるのです−上に紹介した「事実」という言葉の語源を思い出して下さい−。

法則は、それが数学的なものか倫理的なものかを問わず、人間の知性の恣意的な発明品であることを忘れないようにしたい」とアインシュタインが語る言葉は、こうした現実を見事に言い表しています。

 私たちは、ひとたび法則や概念が出来上がり、それがその専門分野に広く行き渡るようになると、その法則や概念が人間によって作られたものであることを忘れ、それ自体が自然界の真の姿を表していると勘違いしてしまう傾向にあります。

 ここまで見てきたように、科学とは「客観性」と「再現性」を追求した学問であるにもかかわらず、科学が語る自然の姿は、実は客観性も再現性も、ある共通の認識を持つ集団(時代的、社会的、文化的、専門的)の中でのみ認められるものであり、ありのままの真実の姿を映し出しているわけではありませんでした

 こうして私たちは、科学に対して抱く客観性と再現性を100パーセント信用するわけにはいかないことを知りました。

 非常に一般的に、科学は自然界の真理を追求する学問であり、その真理は人間の主観とは独立して無関係に存在し、科学はその自然の究極の真理を見極め、その中に存在する普遍の法則を探求する学問であると言われています。しかし、自然の姿を追求するのは、あくまでも私たち人間であり、自然界の法則などというものは、無数の要素から成る自然界からある部分だけを抜き取って作り出した対応関係なのですから、科学が導き出す自然の真理とは、つまるところ、非常に主観的なものでしかありません

 近頃、科学は終焉を迎えるなどという批評がしばしば出ていますが、主観でしかないパラダイムが変われば、それまで全く見えてこなかった自然界の姿が浮かびあがるはずであり、それを追求する科学も決して終わりを迎えることはないのです。

 こうした客観性や再現性に限界があるものの、私たちは客観的で再現性があるものであれば、一応それが自然界の姿を表しているとして認めるわけです。また、そのように認めないと、科学という一つの価値体系そのものが成り立ちません。

 科学の世界に限ったことではありませんが、私たちは、ある新しい情報が本当のことを伝えているのか否かを、自分がそれまでに得てきた知識と対比させることによって判断しようとします。この判断基準は非常に重要です。自分がそれまで得た知識と新しく仕入れた情報が矛盾しなければ、私たちはその情報を「正しい」と信じるのです。科学の世界では、その判断基準に再現性の有無が問われるわけです。

 
再現可能性があり、その情報がそれまでに得た過去の知識と矛盾しない時、私たちはその情報が事実を伝えていると信じるわけです。逆に言えば、再現可能性がなくて、それまでに得た過去の知識と矛盾している場合、その情報は事実を語っていないと見なされるのです。

 科学とは、絶対的なものでも客観的なものでもなく、主観的なものである以上、一つの価値観を持つ知識体系に相当します。そして、科学は、パラダイム、つまりその分野における研究活動を特徴づける模範例となる科学的業績を獲得することによって、初めて科学として確立できます

 従って、パラダイムと異なる解釈を行っても、それが「正しい」と認めてもらうことは非常に困難であり、前に述べた新旧のパラダイム間の競合の事態を迎えるようになるのです。


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