感じる。観じる。歓じる。歓汁?

(02/02/14〜02/06/13)
「忙しい」とは「心が亡くなる」こと・・・ 02-06-13
「子供はほしい。でも多すぎると困る・・・」 02-06-09
「人柄ってやはり滲み出るものですね・・・迷子になった子供」 02/06/06
「子供を産んだら100万円差し上げます!?」 02/06/05
「我が懐かしの街(その1)」02/06/02
「ちょっとだけ変身」 02/06/01
「『顔とトラウマ』を読んだ、ある女友だちの感想」 02/05/31
クローン人間誕生以後」発売直後 02/05/25
クローン人間誕生以後」発売前夜 02/05/17
「老いてなお美しいということ」02/05/05
「超高機能なケータイは必要か?」 02/04/20
日本人のとっても低〜い科学関心度 02/04/15
「アトムはクローンだったか?」 02/04/07
「終末時計」の針の位置 02/03/01
「さよなら」 02/02/24
未来を見つめる瞳・瞳・瞳・・・・ 02/02/22
最後に「ありがとう!」の言葉をかけました 02/02/20
脳の世界 02/02/17
砂時計 02/02/14


 

 

 

 

 

 


■「忙しい」とは「心が亡くなる」こと・・・ 02-06-13
誰でも必ず一度や二度は「忙しいからできなかった」という言い訳をしたことがあるでしょう。
僕は誰かが言い訳をすると、「言い訳していいわけ?」とヘタなシャレを言って逆にひんしゅくを買うのですが(^^;;)、「忙しい」という言葉は、言い訳の材料としてはどうも最も頻繁に使われる言葉じゃないかと思います。

「忙しい」の「忙」は「りっしんべん」に「亡」・・・つまり「心が亡くなる」と書きますね。
「忙しいとは『心が亡くなる』」ことを意味するのではないかと思います。
本当に忙しいとき、僕たちはついイライラして怒りっぽくなったりしないでしょうか?


忙しい時は「時間がない」から忙しいと感じるのかも知れませんが、時間がないのと同時に、もう一つ「心も亡くなっている」のではないかと思います。そういう心が亡くなっている状態が「忙しい」という状態ではないでしょうか?

また、僕は、誰かが「ごめん、忙しくてできなかったよ」って言うとき、「あ、この件は、この人にとっては優先順位は低いんだな」って解釈しています。
「優先順位」の低いものは、いつだって必ず「忙しくてできない」んです。


みなさんも、電話や訪問販売などで英会話の教材や浄水器などの勧誘を受けたことがあるかと思いますが、そんな時はたいてい「今、忙しいから・・」と言って勧誘の手から逃れようとしますよね。
本当に忙しいかも知れませんが、特にすることもなくだらだらしていても、つい「今、忙しいんだよ!」と言ってしまいます。

勧誘に限らずに、誰かからちょっとした事を頼まれたり、あまり快く思っていない人から食事やデートを誘われた時にも、「ちょっと今忙しいから・・・ごめん」と言って断ったことはありませんか?

こういうふうに、「忙しい」という言葉は、相手からの依頼を断る常套手段として頻繁に使われますが、必ずしも時間がなくて忙しいわけではない。会社で嫌な人から食事を誘われたりしたら、「あ、今日忙しいから・・・ごめん」って言っても、好意を持っている人から食事を誘われたら、「あ、頑張って仕事を早く切り上げるから、ぜひ行きましょう!」なんて答えたりします。(^^;;)

このように「忙しい」というのは、その人の中での優先順位を示しているのではないかと思います。
どんなに仕事が忙しくても、今手をつけている何かが忙しくても、突然地震が起きたり、自分が居る場所が火事になったりしたら、やはりその場から逃げようとするでしょう。
それは、仕事や今手をつけている何かよりも、「自分の生命を守る」方が、はるかに優先順位が高いからなのでしょう。
そんな時でも、「今、忙しいから・・・」などと言う人は、滅多にいないと思います。(^^;;)


****
「ごめん! ○○をしなくちゃいけなくてさ〜。忙しくて、あなたとの約束、守れなかったよ。ごめんね!」と人が言うとき、当然ながら、その人の中では、○○の方が、自分との約束よりも優先順位が高かったわけですね。
「忙しい」って言葉を使うのは、ある意味で世の中を渡っていくときの、相手との摩擦を減らすための緩衝剤の役目を果たしているように思います。
「ごめん! 私にとっては、○○の方があなたとの約束よりも優先順位が高いのよ。だからあなたとの約束は守れなかった。ごめんね!」なんて言われると、ちょっとムッときませんか?(^^;;)


僕たちは、どんな人でも一日に使える時間は24時間と決まっています。その限られた時間の中で、あらゆる人たちは、意識的にせよ無意識にせよ、優先順位を付けて自分の行動をとっていると思います。
優先順位という言葉は、「選択」という言葉に置き換えてもいいかも知れません。


いろいろな選択肢がある中で、何かを選択するということは、そのいくつかの選択肢の中からある一つのものを選ぶ、ということになりますが、逆に言えば、選択するということは、一つのもの以外の全ての選択肢を却下する、という行為でもあると思います。

今、僕はこうして朝の早い時間、仕事に行く前にパソコンに向かってこの文章を書いているわけですが、この時間、僕はもう一度寝床にはいる事もできるし、シャワーを浴びることもできます。散歩だってできるでしょうし、コンビニにいくこともできます。新幹線や飛行機に乗りに行くこともできます。すぐ横にある書斎の窓から飛び降りることもできます。
・・・・この瞬間、実に無数の選択肢があると思います。
でも、僕が今こうしてパソコンに向かってせっせとタイプしているのは、あらゆる選択肢の中から、この行為を選択したからに他なりません。
この瞬間、この行為を最優先したわけです。


もし、今、友達から「今から会わない?」って連絡が入ったら?・・・「ごめん、今、忙しいから・・・。また今度ね!」って断るでしょうが、好きな女性から「今から会わない?」って誘われたら、「え?いいんですか?」って言って、さっさとパソコンの電源を切ってルンルン気分で会いにいくでしょう。爆

これが、優先順位、「選択」だと思います。(ちょっとたとえが露骨だったかも・・・)(^^;;)


そう考えると、人生は「無数の選択の積み重ね」だと思います。
このことについては、また後日お話させてくださいね。
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■「子供はほしい。でも多すぎると困る・・・」 02-06-09

「子どもはほしいけど、多すぎたら育てるのが大変だな〜」・・・
最近パートナーと僕との間でよく交わされる会話です。
・・・と言っても人間の話ではなく、ハムスターの話・・・。(^^)

今、僕の家には7匹のハムがいます。一番多いときは13匹いたのですが、その後繁殖をさせなかったこともあって7匹に減りました。
ハムスターと言えば、今は「とっとこハム太郎」が大ブレーク中のようですが、僕の家では4年ほど前から飼いだしました。最初は子供が「飼いたい!」というので、試しに一匹だけ飼ってみたのですが、これがとてもかわいくて、子供よりも親の方が熱中してしまいました。

その後、ハムスターの飼育の本や写真集を本屋で見かけては次から次へと買いあさり、ハムスターもどんどん増えてきました。
一匹ずつを全てみかん箱ぐらいの大きさのケージに入れているので、最盛期は、13個のケージが狭い部屋の中にドド〜ンと積まれていました(^^;;)。まるでハムスター専用のアパートのような感じ。

なんせ狭いマンションで、しかもハムスターは夜行性・・・。
夜になると、ケージの中にある回し車の中でやたらと走るので、カラカラ!ととてもいい音が、部屋中に響きわたる・・・。まさしくハムたちの大運動会ってところでしょうか。それで夜中に起こされたことも(;;)。
また、近所迷惑になるとまずいので、あの手この手で対策を講じて、なんとか近所から文句を言われないようにしました。

毎日、朝と晩にハム達の世話をするのが、数年来の僕の日課になっています。
ハムスターと一口に言っても50種以上の種類があるそうですが、僕が今飼っているハムは、アプリコット(キンクマ)、ノーマルジャンガリアン、ブルーサファイヤ、チャイニーズ、ロボロスキー・・・とそれなりに多彩。^^

そんなハムスターは、分類上ネズミやリス、ビーバーなどと同じげっ歯類というグループに属します。このげっ歯とは、物をかじるのに適した歯を持つという意味で、生涯に亘って伸び続ける上下一対の前歯などが相当します。げっ歯類はほ乳類なのですが、その中でも最も種類の多いグループで、全てのほ乳類の約40パーセントに当たる2000種近くの種類を誇っています。

ハムスターが食べる餌など、人間から見ると微々たるものなのですが、それでも生後間もないハムスターは、わずか2、3週間で2〜3倍には大きくなっているように思えます。
こうしてすくすくと成長するハムスターたちを見ていると、外から食物を摂取し、それを体内でエネルギー源に置き換えて活動し、一部の食物は糞として排泄するだけの生活のように思えるのですが、彼らは別に何の目的もなく餌を食べ、それをエネルギーに置き換えて残りを排泄しているわけではないはず。

もちろん彼らは、自分たちの日常的な営みの目的をひとつひとつ意識しているわけではないでしょう。
「私は何のために生きているのだろうか」などと哲学的な問題など全く持たないはずです。
ソクラテスやプラトンのような哲学者然としたハムスターなど聞いたこともありません。笑

彼らが持っている根本的な目的とは、自分を生存させることなのでしょう。彼らだけに限らず、地球上の全ての生を営む存在は、「生命の維持」という、生命にとって最も根本的な「目的」を持っています。ハムスターたちは、自分の生命を維持するために、毎日餌を食べ、その餌を体内でエネルギーに変換させて生命活動の源としているわけです。

あらゆる生物は自己保存という目的を持ち、その目的を遂行するためにエネルギー変換能力や自己調整能力などの基本的な特性を持っていますが、自己保存は一個体のレベルのみでは完成することはできません。生物には必ず死が待ち受けているため、自己保存という目的は、生殖を介して自己を子孫につなぐことによって遂行されるのです。
旧い個体はいずれ死にますが、その個体の形態や特性は、(有性生殖にせよ無性生殖にせよ、)その個体の一部から生まれた新しい個体に引き継がれることによって、自己保存という、生命にとって最も根本的な目的が達成されるのです。

個体レベルでは、死によって生命は維持されなくなりますが、生命そのものは「生殖」を行って自己の複製を後代に残すことより永遠に引き継がれていきます。これが生命の持つ根本的な目的である生命の維持に他なりません。

生を営むあらゆる生命の根本的な目的は、生命を維持させることであり、それは一個体の段階のみでは完成せず、一つの旧い個体から新しい個体を生み出すことによって完成します。そのために、生を営む生命は、有性・無性の違いはあるものの、生殖により自己を複製して生命を維持しようとするわけですが、この自己複製の時に必要不可欠な媒体が「遺伝子」なのです。

つまり、遺伝子を介することによって初めて、生命は永遠に自己を保存させることができ、生命の根本的な目的である生命の維持を完成することが可能となるのです。遺伝子の本質は生命の自己保存であると言えでしょう。ハムスターたちの生を営む行動は、遺伝子に組み込まれた生命を維持するという目的に裏付けされたものなのです。

下に、僕が飼っているハム達の一部を紹介していますが、左下のアプリコット(おす)の「むつ」は、2年以上生きているおじいちゃんハムです。少し前まではちょっと疲れているような気配があったのですが、少し前から、右下の「レイ」ちゃんを飼いだしたところ、がぜんとても「元気」になって、夜な夜な、フンガフンガ!!と、隣の部屋にいても聞こえるほどの荒い鼻息をたてています。

若い異性を見るとフンガフンガ!と鼻息を荒くするのは、なにも人間の男性だけではないのですね・・・笑

ケージの中で暴れ回ってえさ箱や回し車さえひっくり返す(^^;;)「むつ」をレイちゃんとお見合いさせたのですが、なかなかいい雰囲気(^^)。これまで何度もお見合いをさせています。

むつは、レイちゃんのお尻のあたりをいつもクンクン臭っていますが、レイちゃんはいやがる気配もなく、じっとしています。メスは、四日に一度、「さかり」の日を迎え、その日にお見合いをさせると、レイはしっぽをピンとたてて、固まっています。

二匹の子供はぜひ見たいと思うものの、子供を産むと10匹ぐらい一度に産むので、ちょっと育てるには多すぎる・・・(^^;;)。近所で飼ってくれる人はいないか探しているところですが、さあ、これからどうしたものかと悩む今日この頃でした。

ジャンハムの「クレ」(オス)
いつも寝ているか食べているかのどちらか。
はっきり言って警戒心ゼロ。寝ぼけ眼で少し夢うつつ・・・
左の状態から今度は大きなあくび・・・
この後、手前の黄色のエサ入れの中に入って、ペレットをガチガチ食べていました。そしてまた寝ました・・・(^^;;)
キンクマ(アプリコット)の「むつ」(オス)
もう2年と4カ月生きている、おじいちゃんハム。
とても温厚☆
最近は、右の若娘「レイ」ちゃんが隣に引っ越してきたせいか、やたらと騒がしい・・・。気のせいか、ずいぶん若返った感じ(^^;;)
ゴールデンの「レイ」(メス)
生後2カ月の若いお嬢ちゃん。
とても人なつこくて、すぐに掌に乗ってきます。
最近は急にお姉ちゃんになったみたい。
この写真は、まだちょっと幼い頃・・・。
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■「人柄ってやはり滲み出るものですね・・・迷子になった子供」 02/06/06

僕には二人子供がいます。
下の子供は、今年小学校に入ったばかりで、水泳学校に数年間通っていた上の子供の影響からか、「水泳学校に行きたい!」とずっとわめいていたので、先日手続きをして今日、初めて水泳学校に行きました。
水泳学校と自宅の行き帰りは、自宅近くにその水泳学校の送迎バスが止まるので、上の子供はそれに乗せて通わせていましたが、下の子供も同じように送迎バスに乗って通いました。

今日、たまたま仕事から早く帰ってきたところ、見知らぬ女性から電話。
はて?と思っていると、「子供を預かっている」とのこと。

なんでも、その人の隣に住む一人暮らしの年輩の女性が、僕の子供が水泳学校のバッグを背負って、街中でオイオイ泣いてたのを見つけ、その女性は以前その水泳学校の成人の部の教室に通っていたことがあったので、そのバッグに見覚えがあり、大声で泣いている僕の子供を見て迷子になったのだろうと直感したとのこと。

そして、その方は、子供をご自分の家まで連れて帰って、隣に住んでいる仲の良い若い奥さんに連絡して、その奥さんが、子供が持っていたカードに記された水泳学校に電話して僕の家の電話番号を聞いて、それで僕の家に電話してきてくれた・・・ということだそうです。

僕とパートナー(僕は「主人」という言葉も「家内」という言葉も好きではありませんので、使いません)は、あわてて、その電話してきてくれた方が待つ近くのコンビニまで飛んでいきました。

コンビニに行くと、子供がしょぼんとした顔をして、快活そうな女性に連れられていました。
聞くところによると、子供は自宅とは全く違う場所に送迎バスが止まった時、他の子供たちが降りたのでつい自分も降りてしまったようです。
でも、降りた場所は、子供にとっては全く未知の世界・・・。
来たこともない場所に、一人ポツンと置き去りにされたような感覚だったのでしょう。きっと絶望感からパニックに陥って大声で泣き出したのだと思います。

その子供が迷子になった場所から、待ち合わせたコンビニまでも少し距離があったのですが、その方は、わざわざ自転車に乗って子供を連れてきてくれたんです。

もちろん、その方には何度も何度もお礼を言いました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。

その方は、ちょっとお話しただけで、とてもさわやかな感じの、とてもいい雰囲気の方だとすぐに分かりました。話していて実に気持ちのよい方でした。

そして、自転車で連れてきてくれたその方に、迷子になった子供を見つけてくれた一人暮らしの年輩の方の連絡先を教えてもらい、家に帰ってきてから早速連絡しました。

電話に出てきた相手の方の声を聞いて、またびっくり!
とても柔らかい、落ち着いた感じの方なんです。
話し方一つとっても、上品で、とても優しそうなステキな方だと感じることができました。

こうして考えてみると、小さな子供三人を抱えてちょうど忙しい時間帯に、わざわざ自転車で僕の子供を連れてきてくれた方にしろ、迷子になっていた僕の子供に優しく声をかけてくれた年輩の方にしろ、声や顔の中に、その人たちの人柄が滲み出ていたんです。とってもステキな人柄が・・・。

なぜか理由ははっきりと分かりません。
でも、その人がどんな生き方をしてきたどんな人なのかは、声や話し方ひとつとってみても、その中に滲み出ているものなんですね。その人の、常日頃からの意識や感じ方は、常に身体全身から発信されているんですね。

子供の思わぬ迷子騒動でしたが、とても大事なものを再発見したような、そんなステキな一幕でした。(⌒∇⌒)

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■「子供を産んだら100万円差し上げます!?」 02/06/05

日本の15歳未満人口は、ピーク時の1950年代の約3000万人から、今では2000万人を切るところまで減少しており、2025年には1500万人にまで減少すると予測されています。

こんな少子化の中、少なくなっていく子供相手の玩具メーカーは、あのてこの手で収益をあげようとしているようです。

日経新聞によると、大手玩具メーカーの「バンダイ」は、その少子化対策として、自社の社員を対象にして、3人め以降の子供が生まれたら100万円を支給しているそうです。
3人め以降は、生まれる度に100万円支給するのだそうです。

クローン人間の批判の中で、「クローン人間は、親のエゴむきだしだから許せない」という批判をしばしば聞きますが、バンダイのこの制度なんて、まったく親のエゴむきだしだと思いませんか?(もちろんバンダイを批判しているわけではありません。)でも、この制度が法的に禁止されることは、まず絶対にないでしょうね。

まあ、もっとも、子供を産むなんてこと自体が、どんなことを言おうが、親のエゴ以外のなにものでもないですよね。いちいち生まれてくる子供の意見を聞くわけじゃないんだから。

クローン人間批判の中には、今回の「親のエゴ」のような、クローン人間に限られた条件でもない内容が含まれていることが少なくないように思います。このあたりについては、最新刊『クローン人間誕生以後』(徳間書店)の中で詳しく論じています。

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■「我が懐かしの街(その1)」 02/06/02
今日は、天気もいいので、久しぶりに阪急電車の岡本という駅に降りてみました。
阪急「岡本」は、高級住宅街で有名なあの「芦屋」に隣接した地域で、僕が好きな神戸の街の一つ。
やっぱり、神戸沿線はいいな〜!!

中学、高校と、神戸市の東灘区に住んでいた僕は、当時はよくこの界隈をうろうろしたものです。
あれから約30年・・・。
街の雰囲気もずいぶん変わっていますが、このあたりはいろいろな大学があり、洒落た感じのお店が軒を連ねています。

阪急岡本駅のすぐ南側にはJR「本山」駅があって、その間の距離は、歩いて数分程度。
この間の界隈の雰囲気がなんだか好きなので、つい今日はぶらっと訪れてしまいました。

下の写真は、ほとんどの人たちにとっては、まったくどうでもいいような写真だと思いますが、僕にとっては、とてもなつかしい〜想い出がいっぱい詰まった風景です(;;)。こうした想い出って、たいていは好きな人との想い出が絡んでいるものですが、僕の場合もやはり、当時大好きだった女の子との想い出が、この街を僕にとって特別なところにしてくれています。

この界隈を歩いている時、思わず中学生の頃に流行った歌を口ずさんで歩いてしまいました・・・。

誰にでも、一つや二つ、とても懐かしい街の景色ってありますよね・・・。
阪急「岡本」駅前
阪急「岡本」駅前。
昔、このそばに確かクラシックばかりを聴かせてくれる喫茶店があったと思うのですが、今はもうありませんでした。なかなか雰囲気のよい喫茶店だったのですが、残念(;;)

阪急「岡本」駅前
阪急岡本駅から少しだけ下ったところ。
このあたりは、今も昔も洒落たお店が多い。
阪急岡本駅前
右上の写真の場所からさらに少しだけさがったところ。

JR摂津本山駅
JR「摂津本山」駅
こんなに小さかったかな〜?
昔はもっと大きかったように思ったんだけど・・・。
想い出とともに駅も大きく感じられたのかな〜。

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■「ちょっとだけ変身」 02/06/01

今日、生まれて初めて髪の毛を染めてみました。

もともと僕の毛は少し赤茶色がかっていて、非常にしばしば、人から「染めてるの?」と聞かれます。
まったく染めたことなどなかったのですが、近年、少しだけ白髪が見えてきたような感じがしました(^^;;)。

髪の毛が赤茶色がかっていることと、白髪自身が頭の真上付近にあるので、さほど白髪は目立たないようですが、鏡を見ると「ああ、増えたな〜」と思うことがあります。
今日、何気なくドラッグストアの前を通り過ぎようとした時、ふとヘアダイの棚が眼につきました。
その棚を見たとき、ふと「染めてみようかな・・・」という気になり、即その場でアーバン系という色(?)のヘアダイを買って帰りました。

髪の毛を染めるのは初めてなので、家でパートナーに染めてもらいました。
その後、シャンプーして髪の毛を乾かして、鏡で自分の毛の色をまじまじと見てみました。
前からちょっと赤かったので、それほど変化がないようにも思えたのですが、パートナーは「とても変わった」と言います。

前の髪の毛の色からは劇的な変化はしていないとは思うものの、やはりなんだか違った気分になれますね。
髪の毛を染めるのも初体験で、なんだかちょっと嬉しい気分^^。

また、髪の毛の色を生まれて初めて変えてみて、変化を楽しみました。

変化と初体験・・どちらもスリリングですよね!
変化と初体験は、どちらも自分の感覚や意識をフルに活用させます。それが脳の刺激にはとても良いのだと思います。
僕たちは、毎日同じように生きているつもりでも、実は誰にとっても、毎日がまったく未知の世界であり、初体験の出来事ばかりのはずです。朝目覚めた瞬間から、まったく未知の新しい世界が始まっているわけです。
そう意識して日々を過ごすのと、「毎日が同じ」だと思いながら過ごすのとでは、のちのちになって、ずいぶんとその人の成長に影響を与えそうに思えます。

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■「『顔とトラウマ』を読んだ、ある女友だちの感想」 02/05/31
日頃、よくメールのやりとりをしている、ある女友だちに、先日、『顔とトラウマ』(藤井輝明編著 石井政之編集協力 かもがわ出版)という本をお貸ししました。
彼女が「五体不満足」の著者・乙武さんの話を、数日前のメールにちょっと書いていたことがきっかけでした。

この本は、「顔面上海綿状血管腫」という、顔面の毛細血管がとぐろを巻いて視神経を圧迫する病気を持った著者・藤井氏と、藤井氏と同じ症状をもつジャーナリスト石井政之氏が記した、顔に傷害を持つ人の内面を赤裸々に語った本です。お二人の他にも、いろいろな人の体験談が納められています。

その女友だちは、学生時代に障害者に関する卒論を書いているので、一度この本を読んでみて頂きたいなって急に思ったのです。

その友だちはとてもお忙しい方なので、本をお渡ししたものの、なかなか読み切れないかも知れないな・・・と実は内心思っていたのですが、すぐに詳細な感想文が送られてきました。
その内容は、僕の書評なんかよりもずっといいと思ったので(^^;;)、ご本人の許可を得て、そのメールの内容をここに掲載いたします。そのステキな感想文を送って頂いた彼女に、心から感謝いたします。
(プライベートなところは一部変更しています。ご了承下さい。)



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こんばんは!

前にお借りしていた「顔とトラウマ」を読み終えました。
私が考えていたよりも、ずっとずーーーーっと、実際に顔に傷などがある人の精神的苦痛は深いものなんだということが、とてもよくわかりました。
はっきりいって、私にはそういう苦しい経験がないから、今までそんなに深刻に考えたことがなかったので、この本はそんな私にいろいろな事実を伝えてくれた気がします。

初対面の人や子供の正直すぎるリアクションや、心無い人からの態度など、それを受けた本人がどれだけ辛い思いをしているのか、それは私には想像を絶するほどなんでしょうね。

そういえば、私はその人が生まれつきの病気でそうだったというのを、この本を読むまで知りませんでしたが、私の子供の頃近所に住んでいた男の子(同級生)は、顔の一部分が赤かったんです。打撲した跡みたいな感じになっていて、顔の約4分の1くらいがその色でした。

私は、今の今までずっと、それは単なるあざかと思ってました。私も腕に4センチ四方くらいの生まれつきのあざがありますが、それと同じものがたまたま顔にあるだけだと思ってました。
私のあざは年々薄くなってて、お母さんにも、「大人になったら消えるから」って言われてたから、その子の顔も大人になったら消えると思ってました。(実際は、腕のあざはまだ消えてないです)
その人は、いじめられたりはしてなかったけど、父兄などから「赤ら顔の子」って呼ばれてました。
名前じゃなく、そういう特徴で呼ばれてました。(本人に向かっては名前で呼ぶけど。)

友達はわりと多く、スポーツ好きな人でした。
特別いじめられもせず、ごくごく普通の子供でした。
でも、たまに友達から、「いつも恥ずかしがってるみたい」とか、「顔白くしてみろ」など、ちょっとからかうようなことを言われてました。

私も含め、まわりの友達も、そんな光景を珍しくもなく、自然な会話の一つとして聞き流してました。
「そんなこと言うな」という人はいなかった。

当時は他人事で、なんとも思ってなかったけど、今思えば、ああいう何気ない言葉が、その人にとってはとても傷つく思いだったかもしれないなあと・・。

赤ら顔って言葉も、当時の私は別になんとも思わず、赤ら顔=Aくん(彼の名前)と自然な認識がありました。ひどい話しですよね。

私がもし影で、「あの大根足の子は・・・」など呼ばれていたら、と思うと、腹が立つのと同時に、気にしていることをズバリと、しかも影で、あだ名にされていることで、ものすごく心が痛くなると思います。
どこかで彼の耳に、父兄が赤ら顔と呼んでいる、なんてことが入っていたら・・・ていうか、はいっていたかもしれないなと、思うと、その時の彼の気持ちはどんなものだったのか・・・。

当事者じゃない私は、そうやって、たいして重要なことと捉えず、父兄の呼ぶ差別用語や、友達のからかう言葉を、自然に聞き流してました。そういうもんなんだ、という、とっても他人事な感じ。

でも、今さら思うのですが、私にとってなんでもないこれらの出来事はAくんにとっては、とっても辛く傷つく出来事だったんだと思います。本人しかわからないし体験できない苦しみって、本人以外はなかなか理解・・・・というか、そういうことに苦しんでるんだ、ってことにさえ、気づいてあげられないような気がします。私もそうだったし。

この本は、そんな私に、考える機会を与えてくれたと思います。
世の中にこういう苦しみと戦ってる人がいるんだ、ということを気づかせてくれたんだと思います。
まずは、顔に傷や跡のある人の苦しみを、理解しきれないところはあるにしても、分かってあげることはできました。

また、体験談をたくさん読むことで、人によっていろんなパターンの苦しみがあることや、自殺まで考えるほどの辛さがあることや、一生治らないと分かった時のショックや、・・・・・いろいろな苦しみにきづくことができました。
想像してるだけでは、「きっと、こんな感じの辛さだろうな」という、とても浅くあいまいで適当な、理解と呼ぶには程遠いイメージでした。

この本を出した藤井さんの顔写真、この本を読む前と読んだ後とで、なんか見方が変わりました。
読む前は、顔にコブがあるけど、とても幸せそうな笑顔をしていて、障害を感じさせない人だなあとそういう印象でした。
読み終えた今、顔写真を改めて見ると、確かに、とてもにこやかな笑顔でうつってはいるけど、この笑顔を見せられるようになるまでには、どれだけの辛い経験を繰り返してきたんだろうか・・・辛い経験はこれからも減ることはないだろうけど、でもこの人の存在で、どれだけの人が精神的に支えられているんだろうか・・って考えると、とてもとても大きく見えました。どっしりとした印象でした。

顔に障害のある人は、顔に障害のない人には所詮この気持ちはわかりっこない、って思う人多いんじゃないでしょうか。
それよりも、同じ、障害のある人とのほうが、素直に自分の苦しみを話せて、気持ちを共感できるということがあるように思います。安心感のようなものがあるんじゃないかな。
だから、藤井さんや石井さんのような存在はとても大切だと思います。
例えば、「ユニーイクフェイス」を設立したのが障害のない人だったら、入会する人はなんとなくためらったりしたかも知れないなと思いました。
どんなに協力的で、誠実に接していても、当事者の本当に感じている苦しい気持ちを、そのまんま理解しきれるとは思えないから。

でも、支えることはできると思います。
子供時代のいじめ、就職差別・・。
困難な場面はたくさんあるけど、(それそのものを防げたら一番なんだけど。。。)
その時に近くにいる人などが親身になってあげられたらいいなと思います。

話を聞いてあげるだけでも気持ちが楽になることだってあるだろうし、自分にできることを協力してあげられたらさらに良いだろうと思います。

私はそうしたいと思いました。

これから先の人生、顔の障害で苦しむ友人や、もしかしたら自分の子供がそうかもしれないし、子供の友達がそうかもしれないし、出会う機会はあるかもしれません。その時には、今まで何もできなかったけど、その人たちの気持ちを少しわかった気がするので、自分ができる支えをしてあげたいなと思います。
逆に、私にはそれくらいしか、何をしたらいいのか思いつかないです・・。
でも何かしたい。

なんかダラダラと書いてしまいましたが、本を読みおえて今、思っていたことをツラツラと並べてしまいました。なんか文章がうまくまとまってなくて申し訳ないですが。

なんでも、考えるきっかけ、気づくきっかけ、って必要ですよね。
気づかないまま、知らないまま、一生を過ごすってこと、多いと思います。
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■「クローン人間誕生以後」発売直後 02/05/25

徳間書店から出版の「クローン人間誕生以後」が5月22日から、東京、大阪などの大手書店を中心に売り出されました。
22日の夕方、大阪梅田の紀ノ国屋書店に立ち寄ってみると、新刊コーナーに平積みされていました。
久しぶりに店頭で見る自分の作品に、ちょっとドキドキ。
堂島のジュンク堂書店や、曾根崎の旭屋書店でも、新刊コーナーや科学書コーナーに平積みされていました。
平積みされているのも、今だけ(^^;;)。

昨日はさっそく、事前に知らせていた友達2、3人から「本、読んだよ・・」というメールをもらいました。
う〜ん、早い・・・!
それらの友達からの感想の共通点は、「読みやすかった」。

これまでの僕の著書は、人によっては、二冊ともなかなか読みにくかったようで、最初のところで投げ出してしまった人も多かったような感じがしました。あれこれと、いろいろなことを書いたもんな〜(^^;;)。

今回の本は、これまでの僕の二作を途中で投げ出してしまった人でも、最後まですらすらと読めたと言ってくれているので、素直に喜んでいます。
本の中身の論点の是非については、もちろん賛否両論いろいろあるでしょうが、それなりに読みやすくて、一通り眼を通してくれたのは、成功だったかなと思います。

いろいろと指導して頂いた徳間書店の編集長や編集担当者の方にお礼を申し上げたいです。もともとの原稿の分量は、今回発表された内容の約2倍はあり、クローン以外についても論じていたところがあったのですが、思い切って削れるところは削って、内容をクローンのみに絞ったのが、結果的によかったと思います。ありがとうござました。

ところで、もしかして、クローン人間をまともに支持する本っていうのは、日本では初めてなのかな?
世界ではどうなんでしょう?

ところで、ジュンク堂って、今では全国的に名前が知られている大手書店のようですが、もともとは確か神戸が発祥の地じゃないでしょうか。僕が高校2、3年の時に(今から約25、6年ほど前?)、神戸三宮駅前近くの「センター街」というところの地下にできたのが、ジュンク堂第一号店だったように思います。まだ当時は、神戸に特に大きな本屋はなかったように思いますが、専門書の点数日本一というふれこみで、ジュンク堂はスタートしたのではなかったかな?
初めて訪れた時、とても大きい〜!っと感激したのを覚えています。

当時は、ラジオを聴いているとジュンク堂のCMが流れてきて、その時のキャッチは、「あたり一面、本の海〜!」というものだったように思います。

その頃から、僕は何を隠そう、ジュンク堂のファンなのです。^^
今は、阪急西宮北口の駅前にも大きなジュンク堂があるし、大阪北新地の堂島にも、とても大きなフロア面積を誇るジュンク堂があります。大阪のジュンク堂本店は、ここ1、2年、よく通っています。どこもとてもきれいです。
本屋に行くのは、やっぱり楽しいです。

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■「クローン人間誕生以後」発売前夜 02/05/17

ようやく私の三作目が完成、出版となりました。*^^*
今日手元に届いた本の出版日は5/31になっていますが、おそらく、来週中には都心部の書店を中心に発売されることでしょう。

私の記念すべき一作目は、「<謎解き>聖書」
1998年に徳間書店から出版させて頂きました。
次の二作目は、「複製された神の遺伝子」
これは、1999年に同朋舎/角川書店から出版させて頂きました。

それから約3年・・・ようやく三作目の出版が実現しました。
思えばずいぶんと長い道のりだったようにも思えます。

昨今、イタリア人医師セベリノ・アンティノリ氏がクローンベビーは年内に生まれると表明し、大騒ぎになりました。一部では、同医師の言っている内容の信憑性に疑問を投げかける人もいますが、真偽は現時点では闇の中。

同じく2000年9月に、2001年中にクローン人間を誕生させると公言した、ラエリアン・ムーブメント、並びにその関連ベンチャー企業であるクローンエイド社は、その後、クライアントとの間で行き違いがあったようで、少なくとも現時点まででは、クローンベビーの誕生には至っていないようです。

アンティノリ医師の場合もそうですが、クローンベビーの誕生については、いろいろな憶測が流れているようで、どれが事実を正確に語っているかはなかなかわからないようです。しかし、いずれクローンベビーが、電波を通じて世界の人々の前に現れることになるでしょう。

世間では、クローン人間を誕生させることに反対する方向で進んでいるようですが、今回の本は、クローンベビー誕生に「賛成」の立場から、論を進めています。

内容は、別のところにも書いているとおりなのですが、昨年の5月頃、クローンエイド社の責任者であるブリジット・ボアセリエ博士や、ラエリアン・ムーブメントの設立者であるラエル氏に、電子メールによってインタビューを行っており、その質疑応答の結果を本の中に盛り込んでいます。

アンティノリ医師にせよ、ボアセリエ博士にせよ、クローンベビーを誕生させようとしている当事者たちだって、世の中がクローン人間に猛烈に反対していることぐらいは百も承知のはずです。そうなると、僕たちが興味を持つのは、そうした風潮の中で、あらゆる批判や非難に臆することなく、彼らはなぜ敢えてクローンベビーを誕生させようとしているのか、ということです。彼らの世界観や哲学などを知ることは、世間の人たちにとってもなかなか興味深いのではないかと思います。

しかし、同じクローン人間を誕生させるといっても、アンティノリ氏は不妊治療をターゲットにしていますが、クローンエイドは、クローン人間を誕生させることそのものをターゲットにしているように思えます。その意味で、クローンエイドこそは、クローン人間誕生をもっとも強力に推進しているグループなのではないかと思われます。

そのために、僕は、ボアセリエ博士やラエル氏にインタビューを試みました。

この本を具体的に書き始めたのは、2001年の1月からでした。それまでにも、下地となるところはあれこれ書いていましたが、クローン人間をテーマに絞って書き始めたのは、2001月の1月からです。
いったん8月頃に書き終えたのですが、その後いろいろな新しい事実が報道されるたびに書き直していました。

新しい事実をいったんできあがった本文に書き加えていくのは、簡単なようでなかなか煩雑でしたが、どうにか2002年の4月にひとまず脱稿した次第です。

この本は、クローン人間を真っ正面から支持しているという意味で、世界でも珍しい本ではないかと思います。さらにクローン人間誕生をプロジェクトとして促進している当事者たちの思想や世界観をふんだんに紹介した、という点についても、世界でも類を見ないものになっていると思います。

夏には、スターウォーズの最新作「エピソード2 クローンの攻撃」も国内で公開され、「クローン」に関する関心も(肯定的な意味、否定的な意味は別にして)高まることと思います。そうした中で、この本がお一人でも多くの人の目に触れれば・・・と思います。ご興味のある方は、ぜひ一度読んでみてください。m(_ _)m

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■「老いてなお美しいということ」 02/05/05
テレビを見ていると、若い頃よりも年を取った今の方がすてきに思える女優さんや女性タレントがいます。まあ、少なくとも僕の感覚なのですが、たとえば、飯島直子、浅野優子、浅野温子、黒木瞳などは、昔よりも今の方がよりきれいで洗練されていると思います。若い頃のぎらぎらとした若さが薄れ、しっとりとした人間味が顔に滲み出ているように思えるのです。

僕は飯島直子さんの大のファンなのですが、彼女の昔の姿をDVDで見ても、今の方がずっとすてきだと思います。

彼女たちに限らずに、僕の周囲にも、若かった頃よりも年輪を重ねた今の方がすてきに思える男性や女性がいます。みなさんの周りにも、そういう人たちがおられるでしょう。

「16歳で美しいのは自慢にはならない。でも60歳で美しければ、それは魂の美しさだ。」(M・ストープス)の言葉があるように、若い頃というのは、特に何もしていなくても、ただそこに存在しているだけで、「若さ」という絶大な特権のために、とてもすてきに見えてしまいます。でも、その特権にあぐらをかいているだけでは、年を重ねていずれ世間的に「若い」と思われないほどに年を取った時、身も蓋もないように思うのです。

日本は世界でも有数の高齢社会であることは周知のこと。国連の定義によると、65歳以上の高齢者の割合がその国の総人口の7%以上を占めると「高齢化社会」とみなされ、さらにその割合が14%以上を維持すると、「高齢社会」となるそうです。

日本は高齢者の割合は、すでに14%以上であり、立派な「高齢社会」と言えそう。そんな高齢者が多い日本では、なおさらのこと「老いてなお美しい」ことは、とても重要な魅力ある要素になるのではないでしょうか。

年を取ることは「醜い」ことだと言う若者たちがいます。そういう人たちは、自分たちが「若さ」という、誰もが持つことのできる特権の上にあぐらをかいていることを忘れないでいてほしいと思います。
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■「超高機能なケータイは必要か?」 02/04/20

1年半ほど前に購入した携帯電話が壊れてしまいました。愛用していたのは、DocomoのP209iS。
折り畳み式で、背面(こちらが表面かな?)に時刻やかかってきた相手の電話番号やらがいろいろと表示されるタイプで、おそらく業界初の電話だったと思います。
僕は時計を持たないので(安物の時計ばかりを使っていたせいか、どうも手首にしっくりなじまなかったので、ついに時計をすることをやめてしまいました)、携帯の外側に時刻が見えるのは、なかなか重宝できると思ったのです。
画面はそんなに大きくないですが、その分小さくて手のひらに十分すっぽりと納まってしまいます。それにフォルムも丸くていい感じです。
色はピンクシルバーがあり、僕はシルバーを使っていました。
なかなかのお気に入りだったのですが、約2ヶ月前に突然壊れてしまいました。電話もメールもできなくなってしまったのです。
それでまた同じタイプを買おうとしたのですが、このタイプはもはや売っていないとのことで、後継機種としてP503iSが売られていました。
これも一頃騒がれた機種ですが、どうも209iSに比べて一回り大きい。それ以外の機種は、他のメーカーのものもあわせてどれもが大きくて、かつゴツゴツした感じで、すべて満足できませんでした。

僕のパートナーがピンクの同機種を持っていたので、頼んでそれを使わせてもらいました。しばらくは彼女の番号を使っていたのですが、機種変更の手続きをして、自分の番号を登録してもらいました。

しかし、今回いろいろなケータイをざらっと見て回ったのですが、なんとも多彩な機能がついているな〜と改めて、機能の多さにびっくり!
それで素朴に感じたのは、「これらの多彩な機能を使いこなしている人は、果たしてどれぐらいいるのかな?」ということ。

役に立つ機能はもちろん必要だけど、中にはなくてもいいのではないかと思えるようなものまである。
やたら高機能、多機能を前面に出すのは、どうも消費者のためのケータイというよりも、企業の商業ベースに消費者が必死で追いつこうとしているような図式を思い描いてしまいます。

当然ながら、ケータイメーカーは、他社のケータイとは違ったオリジナリティのある機能を売りにしないと、競争には生き残れないので、やたらと凝った機能を追加してくる。しかも、メーカーによって似たような機能でも、その使い方はメーカーによって様々で統一されていないので、いちいちマニュアルなんかを読まされる羽目に陥る。

こんなケータイ、お年寄りが満足に使えるものだろうか?
「年寄りにはケータイは要らない」なんていう声もちらほら聞こえてきますが、お年寄りがいちいち電話ボックスを探してそこまで歩いていくよりは、ケータイを持ち歩いていて、電話をしたい時にはその場で電話できた方が、ずっと楽だと思います。
ただ、お年寄りには電話をするぐらいまでが関の山で、それ以上の機能についてはほとんど使い方をマスターしていないようです。でも、高いお金を出してケータイを買わされています。

むしろ、そんな高機能、多機能なんて取っ払って、電池が全く消耗しないようなケータイとか、水に濡れても全く大丈夫で、落としても平気なケータイとか、そちらの方が、使う側にとってはありがたいのではないかな?とも思うのです。
それに最近のケータイって、どんどん高機能で多機能になるので、やたらと大きくないでしょうか?それに重いような感じがします。
なんだか「携帯」というイメージから遠ざかっているのが現状ではないでしょうか?
どこか消費者不在で、消費者がメーカーの開発戦争の犠牲者になっているように思えるのです。

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■「日本人のとっても低〜い科学関心度と科学教育の腐敗」 02/04/15

あなたは、「科学に興味がありますか?」と聞かれてどう答えられるでしょうか?
僕の感覚では、おそらく大半の人たちが「いいえ」と答えられるように思います。
特に日本人の場合は、科学に対する関心が低いように思います。

それを裏付けるような資料が、昨年6月に文部科学省から報告された「平成13年度科学技術白書」に記載されています。

その内容に触れる前に、次のいくつかの質問に対して、ご自分なりの答えを出してみてください。

 ■「理科は面白いと思った(思う)か?」
 ■「21世紀は、人類にとって希望のある社会になるか?」
 ■「21世紀は、科学の進歩で人間はより幸福になるか?」
 ■「人生の目標は、科学の分野で新しい発見をすることか?」
 ■「次の科学上の四つの項目に関心があるか? 
    科学上の新発見 新技術の発明・開発 医学上の新発見 環境汚染問題


日本、あるいは中国や韓国、欧米などの中高生に対して同様の質問が行われた結果が上記のサイトに記されていますが、その内容の一つをまとめたものが下の図です。
この図を見ても明らかなように、日本はいずれの質問に対しても四カ国中最低のポイントでした。

リンク集にも挙げていますが、内閣府総合科学技術会議内閣府世論調査、アンケート調査にも、日本人の科学に対する絶望的な姿勢が見て取れます。


<中高生の21世紀の夢に関する国際比較>
(「平成13年度科学技術白書」http://wwwwp.mext.go.jp/kag2001/index.html#toc2.2.1)参照

また、文部科学省が最近発表した教科書の審査の結果は、驚くべき内容でした。
なんと生物学の教科書から「DNA」という言葉が削除されたのです。
20世紀の科学上の最大の発見ともいわれ、これからはDNAなくしては生物を語ることなどできないはずなのに、このDNAを削除してしまうとは、どういう意図なのでしょう。

おまけに化学の教科書からは「イオン」が削除され、これからは「カルシウムイオン」は「カルシウム粒子」と表現されるそうです。<なんてこった!!>(^^;;;)

最近の教育はやたらと「ゆとり」、「ゆとり」と騒いでいますが、「ゆとり」と知的作業の放棄は違うように思います。小学校では円周率も「3.14」から「3」になっているし、世界有数の科学立身国だったはずの日本の将来は、どうもとても暗いように思えてきます。

20世紀は、それまでにないほど科学が発達した一世紀でしたが、21世紀は、それ以上にはるかに科学が発達し、人類社会に大きな影響を及ぼすことは、まず間違いありません。情報科学、ナノテクノロジー、生命科学、宇宙科学などが今後大いに発達していくはずです。
そうなると、これまでは科学技術などは一部の専門家たちに任せておけばよいというような「無責任」なことをいうことができなくなります。今のように科学の専門家でない国民の大半が、今、科学の世界でいったい何が起きているのかまるでわからないような状態は、その国自身の発展にとって大きなマイナス要因となるに違いありません。

そのためには、まず、国民ひとりひとりが、科学の基礎知識、ならびに科学的な物事の考え方を修得する必要があると思います。そして、こうした科学技術を築いていくための人材の育成が必要だと思います。「創造力」と「想像力」のある人材を育成することが、これからの教育には必要不可欠なのでしょう。

受験戦争は、そのさまたげになっているということは、以前からよく指摘されています。これまでの教育は、小中高に限らず大学教育においても、知識の伝授が中心になっていました。教えられたことを生徒や学生たちは鵜呑みにして覚えてゆき、その知識量を競うための熾烈な学力競争が繰り広げられてきました。

去年の応用物理学会で、中村修二さんが特別講演をされていました。中村さんは、20世紀中には無理だといわれていた高輝度青色発光ダイオード(LED)の開発に世界で初めて成功した人で、国内外で数々の賞を受賞し、「ノーベル賞に一番近い人」と評価されている方です。

この卓越した想像力と創造力の持ち主である中村さんが、「受験勉強なんてクイズみたいなもの」と言われていたのが印象的でした。覚えているかいないかだけを競い合うようなテストは無意味だということです。そして、日本の科学者たちは、自分のやりたいこともできずにいて、実にかわいそうだと何度も言われていました。科学立身国たるべき日本の科学者の境遇は、アメリカに比べて実に貧困なのです。

そういえば、日本の科学教育にしても、大阪大学の岸本大学総長が、「高校の化学の教科書の内容の70%、物理の教科書の内容の50%が19世紀の発見のことに終始し、生物学についてはDNAが選択学習項目になっている」という立花隆さんのコメントに言及して、こうした現状では、医学や生物学以外に進んだ人は、学習の機会を逃したまま社会に出ることになるため、基本的な知識を万人のものにする努力が必要だと思う、と述べています(2000年11月 「RITE設立10周年記念講演」)。

今回の教科書審査は、そうした受験弊害や知識偏重の今までの教育を反省した上で、「ゆとり」を持たすような内容に変更されたのでしょうが、どうやらその「ゆとり」という聞こえのよい言葉のために、想像力や創造力を育むための最低限の知識を持たず、自分なりの世界観や価値観を持つことさえできないような子供が大量に生まれるのではないでしょうか。

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■「アトムはクローンだったか?」 02/04/07

1950年代に生まれた僕にとって、21世紀なんてとっても未来の社会のように思われたのに、いつの間にか自分が21世紀の社会の中にます。そして、あの頃夢中になって見た「鉄腕アトム」の誕生日が、いよいよあと1年と迫ってきました。

日本は知る人ぞ知る、世界でも有数のロボット王国ですが、多くの日本人がロボットと聞いて思い浮かべるのは、やはり「鉄腕アトム」ではないでしょうか?
アトムについては、インターネットや雑誌、書籍などで様々な議論が行われていますが、ここでは「アトム=クローン」について考えてみたいと思います。

鉄腕アトムは「2003年4月7日」に生まれたことになっています。
これは朝日ソノラマサンコミックスや講談社全集に載っていたためですが、それ以前には、アトムは2013年に生まれたことになっていたそうです。

ところで、アトムはどうやって誕生したのでしょうか?
「アトム誕生の巻」には、その経緯が描かれています。

2003年のある日のこと、科学省長官天馬博士の息子「飛雄(とびお)」が交通事故で死んでしまいました。
悲嘆に暮れる天馬博士でしたが、ある時、次のように叫びます。

「飛雄・・・わたしはおまえをもう二度と死なないからだに生まれかわらせてやるぞ」


そして、天馬博士の命令に従った科学者たちの手によってアトムが誕生します。その時、天馬博士は、「飛雄・・・いまこそわしの手でおまえはよんみがえるんだぞ・・・」とアトムに呼びかけるのです。

死んだ子供を再び蘇らせる・・・この発想は、現在だと、多くの人たちはクローン人間を思い起こすことでしょう。
アトムは、まさしく愛息を失った科学者が我が子に再び命を吹き込むために作られたものであり、アトムが作られた動機は、クローン技術につながるものがあると思えるのです。

「クローンエイド」というアメリカのベンチャー企業は、生後10ヶ月で亡くなった男児をよみがえらせたいという親の依頼を受けて、その子供の細胞を使ってその子供のクローン人間を誕生させようとしました。まさしく現代版の「アトム」と言えないこともないでしょう。

(体細胞)クローン人間は、オリジナルの人の身体の細胞を使って、そのオリジナルと生物学的に全く同じ遺伝子を持って生まれた人間のことです。

手塚治虫氏がアトムを手がけた時は、まだクローン人間なんて夢のまた夢の話でしたし、もしかしたら作者自身にも、そのような発想はなかったかも知れません。もし、現在手塚氏が生きていたら、ロボットではなくクローン人間としてのアトムを描くかも知れませんね。笑

現在、人工知能の研究が盛んに行われていますが、アトムのような人工知能を持ったロボットを作ることは、まだもう少し先の話になりそうです。どうやら、そのようなロボットが完成するよりは、クローン人間の方が早く誕生しそうです。

ただ、クローン人間は、アトムのような「七つの威力」を持つことはないでしょうが。
七つの威力は、次のとおりです。

**********************
  「七つの威力」(鉄腕アトム「宇宙の寄生虫の巻」より)
   @目がライトになる
   Aどんな計算も一秒で
   B60カ国語を話す
   C耳がよく聞こえる
   D人のよしあしを見分ける
   Eちからは10万馬力
   F空を飛べる

**********************

BとDは頑張れば、実現できるかもしれませんね。
でも、@、E、Fは、今の僕たちの能力を超えているように思います。つまり、どんなにがんばっても得ることはできなだろうと思われます。

クローン人間を、あたかもSFのような怖い存在、あるいは非人間的な存在のように思っている人も多いと思いますが、、クローン人間も、僕たちと同じ生身の人間です。

もしクローン人間が銭湯に行って、裸になったとしても、誰もその人がクローンだなんて想像もつきません。僕たちと全く同じですから。
クローン人間を僕たちと違う存在と見なして差別視することはまったくナンセンスです。

それよりも、通常の生殖方法で生まれてきた黒人は、肌の色が違うということだけで現実に差別されています。
この問題の方がはるかに深刻だと思います。

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■「終末時計」の針の位置 02/03/01

「終末時計(Doomsday Clock)」というとても有名な時計があります。といってもこの時計は架空の時計で、核戦争によって起こりえる地球破滅の危険度を、12時への残り時間で表したものです。

「Bulletin of the Atomic Scientists(ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ)」という雑誌に1947年以降、ことあるごとに「時計の針の振れ」が掲載されています。

その主な「時刻」は、下記の通りです。いずれも12時「何分前」で示しています。
当然ながら、12時に近ければ近いほど、核戦争で人類が破滅する危険性が高くなるわけです。

その時計が、4年ぶりに動いたのです。
2月27日、その時計は2分進み、世界滅亡の7分前の午後11時53分に設定されたそうです。
今回時計の針が「進んだ」理由として同誌は、テロの脅威やインド−パキスタン関係の緊張、アメリカの弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退を取り上げています。

ブッシュ−コイズミ−シャロン・・・この時期に、よりよにって揃いも揃ったものですね。(苦笑)
黙ってみていると、どんどん時計の針が進むのではないでしょうか?

今のような原始的な文明社会(ほんとうに今の時代って、文明と呼べるような代物なんでしょうか?)では、その文明を構成している個々の要素である僕たち一人一人の意識が大切だと思います。

1947年  7分前
1949年  3分前 ソ連の原爆実験
1953年  2分前 米英ソ続けて初の水爆実験
1960年  7分前  仏初の原爆実験
1963年 12分前  米英ソが部分的核実験停止条約に調印
1968年  7分前 仏初の水爆実験、米個別誘導多核弾頭初実験
1972年 12分前 米ソが戦略兵器制限暫定協定に調印
1981年  4分前 米ソが欧州中距離核制限交渉を開始
1984年  3分前 米がトマホークの太平洋艦隊配備を声明
1991年 17分前 米ソ第1次戦略兵器削減条約
1998年  9分前 インド・パキスタンの核実験
2002年  7分前 テロの脅威
インド−パキスタン関係の緊張
ABM制限条約からの脱退


また、終末時計が進んだ翌日の28日、ベトナム戦争中の1972年に、当時のアメリカのニクソン大統領が、北ベトナムに核爆弾の使用を検討している際の生々しい会話の様子が公開されました。公開されたのは、72年4月25日のホワイトハウスで、ニクソン氏とキッシンジャー大統領補佐官との間でやりとりされた会話の録音です。

ニクソン氏は、ベトナム戦争で核爆弾の使用を検討していたことを明らかにしていましたが、実際にその時の様子が公開されたのは、今回が初めてです。

 ニクソン「私はむしろ核兵器を使いたいんだが」
 キッシンジャー「それはちょっとやりすぎだと思います」
 ニクソン「核兵器を使うのが何の問題になるというのかね?
       君にはもっと大きく考えてほしいね。」

もしこの調子でベトナムで核ミサイルが実際に使われていたら、今の世界はもっと違ったものになっていたでしょう。抑止力としての核装備など、全く理由にならなりません。米ソ関係が崩れて、新たな敵を見いだしたいアメリカの軍需産業は、今度はテロリストというかっこうの敵をつくりあげました。
9.11の出来事の後、ブッシュはすぐに「戦争」という言葉を使いましたね。
戦争をやりたがっている人たちに、自分たちの世界を任せるわけにはいきません。

これまでに世界は、二度大きな戦争を経験してきました。その愚行を再び繰り返すことがないように願っています。

アインシュタインの有名な言葉があります。
「第三次世界大戦が起きた後、ごく少数の生き残った人類は洞穴に住むだろう。そして、第四次大戦が起こるとすれば、棍棒で戦うだろう」

僕は、人類の、人間の知性を信じたい。
「歴史において、人は真実の叫びよりも戦いの叫びに追従することがあまりにも多かった」(アインシュタイン)

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■「さよなら」 02/02/24

昨日、近くのレンタルショップで、昔懐かしい歌を集めたCDを借りてきました。僕が借りたCDは、2枚のディスクに、79年から80年にヒットした歌が30曲入っていましたが、う〜ん、なんだか懐かしい!

  「大都会」(クリスタルキング)
  「ダンシング・オールナイト」(もんた&ブラザーズ)
  「テクノポリス」(YMO)
  「パープルタウン」(八神純子)
  「さよなら」(オフコース)
  「異邦人」(久保田早紀)
  「青い珊瑚礁」(松田聖子)
  「昴」(谷村新司)
などなど、今の中年のおじさん・おばさんが喜びそうな歌が勢揃い・・・。

この頃、1年間だけですが、僕は大学生で9畳の部屋に下宿していました。9畳というと、広く感じるかも知れませんが、家賃は1万3千円・・・。
広さの割にはとても安い!
お察しの通り、その分、生活するにはいろいろと大変でした・・・(笑)。
なんといっても、戦後すぐに建った木造住宅で、思い切り古い!
すぐそばには阪急電車が通っていて、朝と晩に行き交う電車の音に慣れるのにしばらく大変でした。

また、40歳代とおぼしき独身男性が住んでいた隣の部屋とのしきり壁も、とても薄くて、その住人が咳をする音や缶ビールの栓を抜く音まで聞こえてくる始末・・・。
おまけに夜な夜な、その部屋には女性が訪れて・・・・(^^;;)
その部屋を借りるとき、いろいろな条件があるのは知っていましたが、多少想像以上でした。
一度大学から帰ってくると、部屋の中に猫が入り込んでいて、食パンをかじっている場面に出くわしました。
猫と一瞬目があって、さすがに愕然としました。
木造の建物には、いろいろと隙間があって、どうやらそこから侵入したようなのです。(苦笑)
もちろん、ごきぶりやクモも、家賃は払っていませんが、みんな僕と同居していました。(^^;;)

ただ、部屋の広さだけは自慢できたので、レポート提出前や試験前には、僕の下宿で友達数名と一緒になって試練を乗り越えていました。
多いときは、8人ぐらいが僕の下宿に寝泊まりしていたんじゃないかな?
でも、友達が集まると、結局いつもなんだか飲み会みたいになってしまいましたが・・・。笑

また、当然お風呂なんてなかったので、近くの銭湯に通っていました。時々は、比較的近くに住んでいた、当時交際していた女性と一緒に、洗面器やバスタオルなどもって通っていました。
う〜ん、「神田川」(かぐや姫)の世界!(笑)。

それはさておき、「さよなら」っていう歌は、その女性と別れた直後に聴いて、なんだかとても癒された記憶があります。
クリキンももんたも、YMOも久保田早紀も松田聖子も、当時はみんな衝撃的だったな〜。

でも、僕が知っている流行歌は、だいたいこのぐらいの年代がほぼ最後。
これ以降の流行歌はほとんど知りません。歌番組は、ここ10数年間、一度も聴いたことがありません。
モー娘。や浜崎あゆみが何を歌っているのかすら皆目わかりません。宇多田ひかるもほとんど何も知りません。

20歳代の友達と時々カラオケに行くのですが、なんだかまるで知らない歌ばかりです。それでも懲りずにカラオケには時々通っていますが・・・。
明日もまた、いつものメンバーでカラオケに向かうのでありました・・・・。

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■未来を見つめる瞳・瞳・瞳・・・・ 02/02/22

今日、下の子供の幼稚園の「お別れ音楽会」を聴きにいきました。

たくさんの園児たちが、それほど大きくはない幼稚園内の会場の前に並んで、元気いっぱいに歌を歌っていました。上の子供の時も併せて、何度この会場で、この小さな天使たちの歌を聴いたか分かりませんが、彼ら彼女らがずらっと並んで歌っている姿を見るたびに、僕は感動で涙がこぼれてしまいます。

彼ら彼女らは、僕と30数歳離れていますが、これから成長していく過程で、彼ら彼女らは、そのつぶらな瞳でいったい何を見ていくのでしょうか。
  彼らの瞳に映る世界は、人が人を愛するすばらしい世界?
  それとも、お互いに憎しみあい、傷つけ殺し合う世界?

彼らがこれから生きていき、自分をとりまく世界を「すばらしい!」と感じるためにも、今の僕たちの世代が、美しい世界を彼らに譲り渡す義務があると思います。

確かに現在、人類は環境問題、人口問題、核兵器などなど地球規模の深刻な問題を数多く抱えていますが、人類が知恵をあわせれば、きっとそれらの問題も解決していくと、私は思っています。

人類が作り出した問題は、また人類が解決できるはずだと思います。

僕の眼の前にいた、この多くの子供たちが大人になる頃には、きっと今の僕たちとは違う価値観、違う世界観を持っているはずです。

僕たちが住んでいる今の世界は、まだ原始的な価値観、原始的な思想が横行しています。先進諸国の人たちは、常に最新の科学技術の恩恵を受けながらも、彼ら自身が持っている価値観、世界観は、未だに原始時代や中世の人たちと変わっていません。

チンパンジーやボノボのような大型類人猿がコンピュータ画面を見ながらキーを押している映像を見られた方も多いでしょうが、僕たちも、案外彼らと似たり寄ったりなのかもしれません。

古い世界観、カビの生えた価値観では、もうこれからの時代を生きていけないと思います。
新しい世界観、価値観を持って、自分自身を開放(解放、介抱、快方)し、すばらしい新世界を築いていきたいものですね!

今の地球にすむ62億人の一人一人が、すばらしい世界、美しい世界をイメージすることは、とても大事だと思います。一人一人のイメージが、今の地球文明をすてきな世界、すばらしい社会へと導く手助けをしてくれると思います。

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■最後に「ありがとう!」の言葉をかけました 02/02/20

僕が「死」というものを意識したのは、いったいいつだったでしょうか。

小学校1年の時、一緒に暮らしていた父親の母親、つまり祖母が死んだのですが、それが僕の人生の中で最初に知った身近な人の死でした。

その日は、母親の誕生日でもありました。確か日曜日だったと思います。
藤子藤夫の「おばけのQ太郎」を見終わってトイレに行ったのですが、祖母がその前にトイレに入っていました。
しばらくトイレの前で我慢していたのですが、尿意はどんどんきつくなってきたので、たまらなくなって、トイレの扉を開けてみると、開いたのです。
30年以上も昔のことなので、トイレと言ってもドアは木製で、トイレは和式でくみ取り式でした。

トイレに入りたくて、トイレのドアをがちゃがちゃといじっているとドアが開いたので、「おばあちゃん、おしっこ!」と言いながら(実際に言ったかどうかは覚えていませんが)トイレの中を見ると、祖母が和式トイレの中で、トイレにまたがってしゃがんだ状態で前のめりになっていたのです。
きっと祖母を何度か呼びかけたと思います。
それでも、祖母は何の反応もありませんでした。

様子が変だと思いましたが、まだ死という概念がはっきりしていなかったので、そのまま居間にいた家族に、「おばあちゃん、変な寝方してるよ」と言いに行きました。
そうすると、両親はびっくりしてトイレに行き、「おばあちゃん!!」と懸命に叫んでいるではありませんか。

その時、僕は何が起こったのか分かりませんでした。
それからしばらくして医者が来て、祖母の死を告げました。
その様子を見て、祖母が死んだことを初めて知ったのです。

祖母が66歳の時でした。

全く動きもせずに、布団を被り、じっと眼をつぶって上を向いている祖母・・・。
それとは対照的にあわただしく走り回る家族たち。近所の人たちもどんどん駆け寄ってくる。
昔だったので、近所同士のつきあいは、今よりもずっと濃かったと思います。

そのうち、親戚もぞくぞくとやってきました。
知っている人たちがたくさん集まってくるので、僕は、なんだか嬉しくなってきました。
その中で、物言わず横たわっている祖母の横にいたいと思い、布団の中にもぐって祖母の横に横たわってみました。

祖母が生きている時、「おばあちゃんが死んだら、僕ずっと泣いてるよ!」と言ったのですが、なぜかあまり涙が出てきませんでした。ただ呼びかけても、もうにっこりと答えてくれないんだ・・・という寂しさだけを感じました。
今でも、祖母が抱いてくれた時の暖かみを感じます。「おばあちゃんの孫や〜」と言いながらぎゅっと僕を抱いてくれた祖母。よく買い物に連れていってくれました。

・・・
それから3年後、今度は飼い犬の死に出会いました。
当時は、スピッツを飼っている人が多くて、僕の家もスピッツを飼っていました。
ある日の朝、そのスピッツが家の前の道路で横たわっているのを発見しました。
どうやら車にはねられたようでした。
その時、僕はオイオイ泣きました。
祖母の死に際してはあまり泣かなかったのに、飼い犬が死んだ時にはオイオイと激しく泣いたのです。
悲しすぎて、学校にも行く気なんて全くありませんでした。
きっと、その3年の間に、生と死というものに対する感受性が高まったためだったのでしょう。

それから今まで、祖父、姉、兄、自分の子供、父親の死を見届けてきました。
父親は二年前に亡くなりましたが、二カ月間入院し、その間、母親がずっと付き添っていました。
そこは、近代的な病院で、僕も週末には病院に通い、時には母親に代わって泊まったりもしました。

父は最後まで意識があったのですが、意識がある時に僕はやれるだけのことはしておきたいと思いました。
どこまで聞いてくれたかは知りませんが、いろいろなことを話しました。父も、自分の死が近いことは感じていたようです。

そして、父親が生きた日の最後の晩、僕が父親に言った最後の言葉は「ありがとう!」でした。

「僕を産んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。親父の人生はとてもかっこよかったよ。ありがとう!」

それが、僕が父親に語った最後の言葉でした。

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■脳の世界 02/02/17

先日、人間ドックと脳ドックを受けました。人間ドックはこれが2回めですが、脳ドックは今回が初めてで、ちょっとドキドキ気分で検査に臨みました。

僕の父親が昔、脳の中にあった動脈瘤が破裂してくも膜下出血で倒れたことがありました。幸い後遺症もなく、父親は社会復帰することもできましたが、僕もあまり若い若いと言えない年齢にも達してきているので、一度受けておきたいと思ったのです。

MRIによって撮られた脳内の様子は、これまでにも雑誌や本などでよく目にしていましたが、本当に自分自身の脳の中が、あのようになっているのか、とても興味がありました。

皆さんも、MRIによる脳のスキャニング写真はご覧になったことがあるかと思います。

下にMRIによって測定した私の脳内の様子の写真の一枚を示します。両方の眼球がしっかりと白く写っており、瞳の部分が黒く見えていますね。

初めて自分の頭の中を見ることができて、ちょっと興奮しました。
(周りの知人に見せると、誰もが気味悪がっていました・・・)(;;)

下の写真、それが僕の脳です。
僕の世界の全てです。
この脳で、世界のあらゆる動きを知り、人類の歴史を知り、自分たちの未来を想うのです。
この脳で、ものを見、ものを触り、ものを臭い、ものを聴き、ものを味わうのです。

この脳で、愛し、笑い、泣き、喜び、感動するのです。

僕の脳は、わずかレタスほどの大きさにしか過ぎませんが、無限を感じることができます。
僕よりもずっとずっと広い宇宙を見ることができ、僕よりもずっとずっと小さい細胞の、分子原子の世界を見ることができます。左脳が少し欠けているのが妙に気になりますが・・・(^^;;)

この脳で、愛する人美しさを見、その人の肌のぬくもりを感じ、その人の存在を愛するんです。

脳ってすばらしい!

右側左側
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■砂時計 02/02/14
皆さんは、砂時計をご存じだと思いますが、僕はあの砂時計が好きなんです。
砂時計の中に人生の意味を感じます。

砂時計は二つのガラスの小部屋に別れていて、上の部屋に溜まっている砂がどんどん下の部屋に落ちてきますよね。
落ちていく砂が、僕には人生で過ごす時間のような気がします。

下の部屋に溜まっていく砂は、その人が過ごしてきた人生の時間。
そして、どんどん少なくなっていく上の部屋の砂は、残された人生の時間。

今、上のガラスの部屋を黒い布か何かで覆ってしまうとどうなるでしょうか?
上のガラスの部屋は、もう見えなくなってしまいますね。

僕たちは、下の部屋に溜まっていく砂だけを見て感じることができます。
自分がどれだけ生きてきたかを感じることができます。

しかし、上の部屋に、あとどれだけの砂が溜まっているかは誰にも分かりません。
もしかしたら、もう最後の砂が落ちるところかも知れません。
あるいは、あとまだまだ砂が残っているかも知れません。
でも、それは誰にも分かりません。
分かるのは、下の部屋に溜まった、過ぎ去った人生の時間だけ・・・。
そして、常に砂が、上の部屋から下の部屋に落ちていくということだけ。

上の部屋も下の部屋も、壊れやすいガラスでできています。
もしかしたら、何かの衝撃で突然ガラスが割れるかも知れません。

でも、下の部屋に溜まった砂は、光を当てるととてもきれいに輝きます。
上の部屋から下の部屋にどんどん落ちていく砂も、見る場所を変えれば、一粒一粒がとてもきれいに輝きます。

過ぎ去る一瞬一瞬に輝きを与えるのは、自分自身ですね。
見方によって、輝きを持たない砂になる場合もあれば、一粒一粒がきれいな真珠のように輝くこともあります。

僕の好きな言葉の一つです。


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   今を大切に・・・

   あなたの夢は、

   今のあなたの努力によって決まるのです。
   
                        K・リーヌ・ケント

:*:・'゜☆。:*:・'゜★ 。:*:・'゜☆。:*:・'゜:*:・'゜☆。:*:・'゜★ 。:*:・
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