
| ■「忙しい」とは「心が亡くなる」こと・・・ 02-06-13 |
| 誰でも必ず一度や二度は「忙しいからできなかった」という言い訳をしたことがあるでしょう。 僕は誰かが言い訳をすると、「言い訳していいわけ?」とヘタなシャレを言って逆にひんしゅくを買うのですが(^^;;)、「忙しい」という言葉は、言い訳の材料としてはどうも最も頻繁に使われる言葉じゃないかと思います。 「忙しい」の「忙」は「りっしんべん」に「亡」・・・つまり「心が亡くなる」と書きますね。 「忙しいとは『心が亡くなる』」ことを意味するのではないかと思います。 本当に忙しいとき、僕たちはついイライラして怒りっぽくなったりしないでしょうか? 忙しい時は「時間がない」から忙しいと感じるのかも知れませんが、時間がないのと同時に、もう一つ「心も亡くなっている」のではないかと思います。そういう心が亡くなっている状態が「忙しい」という状態ではないでしょうか? また、僕は、誰かが「ごめん、忙しくてできなかったよ」って言うとき、「あ、この件は、この人にとっては優先順位は低いんだな」って解釈しています。 「優先順位」の低いものは、いつだって必ず「忙しくてできない」んです。笑 みなさんも、電話や訪問販売などで英会話の教材や浄水器などの勧誘を受けたことがあるかと思いますが、そんな時はたいてい「今、忙しいから・・」と言って勧誘の手から逃れようとしますよね。 本当に忙しいかも知れませんが、特にすることもなくだらだらしていても、つい「今、忙しいんだよ!」と言ってしまいます。 勧誘に限らずに、誰かからちょっとした事を頼まれたり、あまり快く思っていない人から食事やデートを誘われた時にも、「ちょっと今忙しいから・・・ごめん」と言って断ったことはありませんか? こういうふうに、「忙しい」という言葉は、相手からの依頼を断る常套手段として頻繁に使われますが、必ずしも時間がなくて忙しいわけではない。会社で嫌な人から食事を誘われたりしたら、「あ、今日忙しいから・・・ごめん」って言っても、好意を持っている人から食事を誘われたら、「あ、頑張って仕事を早く切り上げるから、ぜひ行きましょう!」なんて答えたりします。(^^;;) このように「忙しい」というのは、その人の中での優先順位を示しているのではないかと思います。 どんなに仕事が忙しくても、今手をつけている何かが忙しくても、突然地震が起きたり、自分が居る場所が火事になったりしたら、やはりその場から逃げようとするでしょう。 それは、仕事や今手をつけている何かよりも、「自分の生命を守る」方が、はるかに優先順位が高いからなのでしょう。 そんな時でも、「今、忙しいから・・・」などと言う人は、滅多にいないと思います。(^^;;) **** 「ごめん! ○○をしなくちゃいけなくてさ〜。忙しくて、あなたとの約束、守れなかったよ。ごめんね!」と人が言うとき、当然ながら、その人の中では、○○の方が、自分との約束よりも優先順位が高かったわけですね。 「忙しい」って言葉を使うのは、ある意味で世の中を渡っていくときの、相手との摩擦を減らすための緩衝剤の役目を果たしているように思います。 「ごめん! 私にとっては、○○の方があなたとの約束よりも優先順位が高いのよ。だからあなたとの約束は守れなかった。ごめんね!」なんて言われると、ちょっとムッときませんか?(^^;;) 僕たちは、どんな人でも一日に使える時間は24時間と決まっています。その限られた時間の中で、あらゆる人たちは、意識的にせよ無意識にせよ、優先順位を付けて自分の行動をとっていると思います。 優先順位という言葉は、「選択」という言葉に置き換えてもいいかも知れません。 いろいろな選択肢がある中で、何かを選択するということは、そのいくつかの選択肢の中からある一つのものを選ぶ、ということになりますが、逆に言えば、選択するということは、一つのもの以外の全ての選択肢を却下する、という行為でもあると思います。 今、僕はこうして朝の早い時間、仕事に行く前にパソコンに向かってこの文章を書いているわけですが、この時間、僕はもう一度寝床にはいる事もできるし、シャワーを浴びることもできます。散歩だってできるでしょうし、コンビニにいくこともできます。新幹線や飛行機に乗りに行くこともできます。すぐ横にある書斎の窓から飛び降りることもできます。 ・・・・この瞬間、実に無数の選択肢があると思います。 でも、僕が今こうしてパソコンに向かってせっせとタイプしているのは、あらゆる選択肢の中から、この行為を選択したからに他なりません。 この瞬間、この行為を最優先したわけです。 もし、今、友達から「今から会わない?」って連絡が入ったら?・・・「ごめん、今、忙しいから・・・。また今度ね!」って断るでしょうが、好きな女性から「今から会わない?」って誘われたら、「え?いいんですか?」って言って、さっさとパソコンの電源を切ってルンルン気分で会いにいくでしょう。爆 これが、優先順位、「選択」だと思います。(ちょっとたとえが露骨だったかも・・・)(^^;;) そう考えると、人生は「無数の選択の積み重ね」だと思います。 このことについては、また後日お話させてくださいね。 |
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| ■「子供はほしい。でも多すぎると困る・・・」 02-06-09 | ||||||||
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「子どもはほしいけど、多すぎたら育てるのが大変だな〜」・・・
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| ■「人柄ってやはり滲み出るものですね・・・迷子になった子供」 02/06/06 |
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僕には二人子供がいます。 |
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| ■「子供を産んだら100万円差し上げます!?」 02/06/05 |
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日本の15歳未満人口は、ピーク時の1950年代の約3000万人から、今では2000万人を切るところまで減少しており、2025年には1500万人にまで減少すると予測されています。 |
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| ■「我が懐かしの街(その1)」 02/06/02 | ||||
| 今日は、天気もいいので、久しぶりに阪急電車の岡本という駅に降りてみました。 阪急「岡本」は、高級住宅街で有名なあの「芦屋」に隣接した地域で、僕が好きな神戸の街の一つ。 やっぱり、神戸沿線はいいな〜!! 中学、高校と、神戸市の東灘区に住んでいた僕は、当時はよくこの界隈をうろうろしたものです。 あれから約30年・・・。 街の雰囲気もずいぶん変わっていますが、このあたりはいろいろな大学があり、洒落た感じのお店が軒を連ねています。 阪急岡本駅のすぐ南側にはJR「本山」駅があって、その間の距離は、歩いて数分程度。 この間の界隈の雰囲気がなんだか好きなので、つい今日はぶらっと訪れてしまいました。 下の写真は、ほとんどの人たちにとっては、まったくどうでもいいような写真だと思いますが、僕にとっては、とてもなつかしい〜想い出がいっぱい詰まった風景です(;;)。こうした想い出って、たいていは好きな人との想い出が絡んでいるものですが、僕の場合もやはり、当時大好きだった女の子との想い出が、この街を僕にとって特別なところにしてくれています。 この界隈を歩いている時、思わず中学生の頃に流行った歌を口ずさんで歩いてしまいました・・・。 誰にでも、一つや二つ、とても懐かしい街の景色ってありますよね・・・。 |
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| ■「ちょっとだけ変身」 02/06/01 |
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今日、生まれて初めて髪の毛を染めてみました。 |
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| ■「『顔とトラウマ』を読んだ、ある女友だちの感想」 02/05/31 | |
| 日頃、よくメールのやりとりをしている、ある女友だちに、先日、『顔とトラウマ』(藤井輝明編著 石井政之編集協力 かもがわ出版)という本をお貸ししました。 彼女が「五体不満足」の著者・乙武さんの話を、数日前のメールにちょっと書いていたことがきっかけでした。 この本は、「顔面上海綿状血管腫」という、顔面の毛細血管がとぐろを巻いて視神経を圧迫する病気を持った著者・藤井氏と、藤井氏と同じ症状をもつジャーナリスト石井政之氏が記した、顔に傷害を持つ人の内面を赤裸々に語った本です。お二人の他にも、いろいろな人の体験談が納められています。 その女友だちは、学生時代に障害者に関する卒論を書いているので、一度この本を読んでみて頂きたいなって急に思ったのです。 その友だちはとてもお忙しい方なので、本をお渡ししたものの、なかなか読み切れないかも知れないな・・・と実は内心思っていたのですが、すぐに詳細な感想文が送られてきました。 その内容は、僕の書評なんかよりもずっといいと思ったので(^^;;)、ご本人の許可を得て、そのメールの内容をここに掲載いたします。そのステキな感想文を送って頂いた彼女に、心から感謝いたします。 (プライベートなところは一部変更しています。ご了承下さい。)
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| ■「クローン人間誕生以後」発売直後 02/05/25 |
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徳間書店から出版の「クローン人間誕生以後」が5月22日から、東京、大阪などの大手書店を中心に売り出されました。 |
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| ■「クローン人間誕生以後」発売前夜 02/05/17 |
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ようやく私の三作目が完成、出版となりました。*^^* |
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| ■「老いてなお美しいということ」 02/05/05 |
| テレビを見ていると、若い頃よりも年を取った今の方がすてきに思える女優さんや女性タレントがいます。まあ、少なくとも僕の感覚なのですが、たとえば、飯島直子、浅野優子、浅野温子、黒木瞳などは、昔よりも今の方がよりきれいで洗練されていると思います。若い頃のぎらぎらとした若さが薄れ、しっとりとした人間味が顔に滲み出ているように思えるのです。 僕は飯島直子さんの大のファンなのですが、彼女の昔の姿をDVDで見ても、今の方がずっとすてきだと思います。 彼女たちに限らずに、僕の周囲にも、若かった頃よりも年輪を重ねた今の方がすてきに思える男性や女性がいます。みなさんの周りにも、そういう人たちがおられるでしょう。 「16歳で美しいのは自慢にはならない。でも60歳で美しければ、それは魂の美しさだ。」(M・ストープス)の言葉があるように、若い頃というのは、特に何もしていなくても、ただそこに存在しているだけで、「若さ」という絶大な特権のために、とてもすてきに見えてしまいます。でも、その特権にあぐらをかいているだけでは、年を重ねていずれ世間的に「若い」と思われないほどに年を取った時、身も蓋もないように思うのです。 日本は世界でも有数の高齢社会であることは周知のこと。国連の定義によると、65歳以上の高齢者の割合がその国の総人口の7%以上を占めると「高齢化社会」とみなされ、さらにその割合が14%以上を維持すると、「高齢社会」となるそうです。 日本は高齢者の割合は、すでに14%以上であり、立派な「高齢社会」と言えそう。そんな高齢者が多い日本では、なおさらのこと「老いてなお美しい」ことは、とても重要な魅力ある要素になるのではないでしょうか。 年を取ることは「醜い」ことだと言う若者たちがいます。そういう人たちは、自分たちが「若さ」という、誰もが持つことのできる特権の上にあぐらをかいていることを忘れないでいてほしいと思います。 |
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■「超高機能なケータイは必要か?」 02/04/20 |
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1年半ほど前に購入した携帯電話が壊れてしまいました。愛用していたのは、DocomoのP209iS。 |
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| ■「日本人のとっても低〜い科学関心度と科学教育の腐敗」 02/04/15 | |
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あなたは、「科学に興味がありますか?」と聞かれてどう答えられるでしょうか?
また、文部科学省が最近発表した教科書の審査の結果は、驚くべき内容でした。 |
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| ■「アトムはクローンだったか?」 02/04/07 |
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1950年代に生まれた僕にとって、21世紀なんてとっても未来の社会のように思われたのに、いつの間にか自分が21世紀の社会の中にます。そして、あの頃夢中になって見た「鉄腕アトム」の誕生日が、いよいよあと1年と迫ってきました。 |
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| ■「終末時計」の針の位置 02/03/01 | ||||||||||||||||||||||||
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「終末時計(Doomsday Clock)」というとても有名な時計があります。といってもこの時計は架空の時計で、核戦争によって起こりえる地球破滅の危険度を、12時への残り時間で表したものです。
「Bulletin
of the Atomic Scientists(ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ)」という雑誌に1947年以降、ことあるごとに「時計の針の振れ」が掲載されています。 その主な「時刻」は、下記の通りです。いずれも12時「何分前」で示しています。 その時計が、4年ぶりに動いたのです。
ニクソン「私はむしろ核兵器を使いたいんだが」 僕は、人類の、人間の知性を信じたい。 |
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| ■「さよなら」 02/02/24 |
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昨日、近くのレンタルショップで、昔懐かしい歌を集めたCDを借りてきました。僕が借りたCDは、2枚のディスクに、79年から80年にヒットした歌が30曲入っていましたが、う〜ん、なんだか懐かしい! |
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| ■未来を見つめる瞳・瞳・瞳・・・・ 02/02/22 |
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今日、下の子供の幼稚園の「お別れ音楽会」を聴きにいきました。 |
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| ■最後に「ありがとう!」の言葉をかけました 02/02/20 |
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僕が「死」というものを意識したのは、いったいいつだったでしょうか。 |
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| ■脳の世界 02/02/17 |
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先日、人間ドックと脳ドックを受けました。人間ドックはこれが2回めですが、脳ドックは今回が初めてで、ちょっとドキドキ気分で検査に臨みました。 下の写真、それが僕の脳です。 僕の脳は、わずかレタスほどの大きさにしか過ぎませんが、無限を感じることができます。 右側
左側 |
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| ■砂時計 02/02/14 |
| 皆さんは、砂時計をご存じだと思いますが、僕はあの砂時計が好きなんです。 砂時計の中に人生の意味を感じます。 砂時計は二つのガラスの小部屋に別れていて、上の部屋に溜まっている砂がどんどん下の部屋に落ちてきますよね。 落ちていく砂が、僕には人生で過ごす時間のような気がします。 下の部屋に溜まっていく砂は、その人が過ごしてきた人生の時間。 そして、どんどん少なくなっていく上の部屋の砂は、残された人生の時間。 今、上のガラスの部屋を黒い布か何かで覆ってしまうとどうなるでしょうか? 上のガラスの部屋は、もう見えなくなってしまいますね。 僕たちは、下の部屋に溜まっていく砂だけを見て感じることができます。 自分がどれだけ生きてきたかを感じることができます。 しかし、上の部屋に、あとどれだけの砂が溜まっているかは誰にも分かりません。 もしかしたら、もう最後の砂が落ちるところかも知れません。 あるいは、あとまだまだ砂が残っているかも知れません。でも、それは誰にも分かりません。 分かるのは、下の部屋に溜まった、過ぎ去った人生の時間だけ・・・。 そして、常に砂が、上の部屋から下の部屋に落ちていくということだけ。 上の部屋も下の部屋も、壊れやすいガラスでできています。 もしかしたら、何かの衝撃で突然ガラスが割れるかも知れません。 でも、下の部屋に溜まった砂は、光を当てるととてもきれいに輝きます。 上の部屋から下の部屋にどんどん落ちていく砂も、見る場所を変えれば、一粒一粒がとてもきれいに輝きます。 過ぎ去る一瞬一瞬に輝きを与えるのは、自分自身ですね。 見方によって、輝きを持たない砂になる場合もあれば、一粒一粒がきれいな真珠のように輝くこともあります。 僕の好きな言葉の一つです。 :*:・'゜☆。:*:・'゜★ 。:*:・'゜☆。:*:・'゜:*:・'゜☆。:*:・'゜★ 。:*:・ 今を大切に・・・ あなたの夢は、 今のあなたの努力によって決まるのです。 K・リーヌ・ケント :*:・'゜☆。:*:・'゜★ 。:*:・'゜☆。:*:・'゜:*:・'゜☆。:*:・'゜★ 。:*:・ |
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