男には、どうしても逃れられないこともあるんです








 もう休め








イシュリオナの戸拍子もない提案で、何故か急にイシュリオナの家に集まることになった美卯達。
せっかくの休日を潰されて文句タラタラだが、断ると大変怖い目に遭うので誰も逆らう者はいなかった。



「はい皆、Welcome〜」
「いや、ウェルカムじゃないから」
「休日を潰されて、大変いい迷惑なんですが」
「リフェールなんて半分寝ておるぞ」

不機嫌極まりない面々の中でも、リフェールは額に青筋を浮かべながら器用に立ち寝していた。
医者という仕事柄、リフェールは物凄く忙しい。夜勤明けをして来ていたので、正直死にそうになっていた。
それに対して今回の元凶は、


「寝ている人がいたら殴って下さい」
と実に快活に告げた。
リエル達は逃げるのを諦めて、乾いた笑いを浮かべた。




「そもそも何で僕達は集められたのかな?」
「はい、雫君良い質問。今回皆を集めたのはぁ、筋トレをしようと思ったからですー」
「「「筋トレ?」」」
「そう筋トレ。皆は日頃運動してないでしょ?それを補うために運動しようかなーって思いまして」
「それじゃあ俺や美卯君達は関係ないじゃん、体育あるし。何で俺達まで呼ばれるのよ?」
「儂じゃってそうじゃ。毎日鍛錬しておるぞ」

当然の疑問を述べる李卯。それに続けとばかりにエセルも口を挟む。
イシュリオナはチッチッと小さく言いながら指を振った。


「剣術師範のエセルはともかく、週に2度の体育くらいで運動不足じゃないって言えるのぉ?若いんだから運動しなくちゃ」
「だからって休日に呼ぶことないじゃん。俺は毎晩筋トレしてるけど」
「私もです」
「李卯君とリエルちゃん、筋トレしといてそれしか筋肉ないの?ふっ・・・・・・・」

最後は馬鹿にしたように言ったイシュリオナに、リエルはこいつ殴りてぇと心底思った。思っていたらエセルに取り押さえられた。
それを抑えながらエセルが口を開く。


「リエルはともかく、なら何故儂は呼ばれたんじゃ?必要ないとお主が言ったじゃろ」
「エセル煩い。・・・・ねえみんな、
これ以上文句を言って帰れなくなるのと素直にやるの、どっちが良い?



笑顔の脅迫に負けた美卯達は、無言で事前に用意しろと言われていた運動しやすい恰好に着替えた。







 *** ***





 
「じゃあ、まずは腹筋からやろうかぁ。ペア組んでよー」
準備運動で皆がいい感じに筋肉が解れてきたのを見計らって、イシュリオナが声をかけた。

文句を言うのは危険だと分かっていたので、6人(ラゼンシアは始めから乗り気なのでを除く)は渋々ペアを組んだ。


「僕が先にやるのー!?」
「大丈夫だよ〜」
まず1組目は、見た目お子様2人組み。体格的に近いイシュリオナと美卯は、先に美卯がやるようでもう寝転がっている。


「リエルちゃん、そのまま俺の方に倒れなよv」
「死ね」
2組目は、李卯とリエル。何だかんだ言ってて息の合う2人は、既にリエルが李卯の足を押さえていた。


「先にお主がやると良い。補助をした方が良いか?」
「ああ」
3組目は、長身のデカ男ペア。2人とも194cmと187cmなので、互いでないと無理なのだ。


「では私が先にやりますね!補助お願いします」
「あまり無理しないでね」
最後の4組目は、ラゼンシアと雫の一見美女ペア。 華奢なラゼンシアには細身の雫がちょうど良く、この組み合わせになっていた。


「じゃあまず腹筋ねー。回数はぁ100回連続で」
「えー!!」

即座に美卯が反応するが、敢え無く却下と言われた。


「男子高校生ならこれぐらい出来ないと。あ、ラゼンシアは半分で良いからね」
「いえ、皆さんがやるのに私だけ半分なんて出来ません!頑張りますね」

ラゼンシアにはコロッと態度を変えるイシュリオナに、『こいつ本気で殴りてぇ』と美卯以外の気持ちが1つになった。勿論言わないが。


「美卯、キツかったら遅くなっても良いぞ。頑張れよ」

リフェールは励ますように言うと、自分も小さく溜め息を吐いた。毎日遅くまで働いていたので、すっかり運動とは無縁だったからだ。
諦めたようなリフェールに諭されて、美卯は渋々頭の後ろに手を付いた。これ以上何か言うと、ペナルティを落とされた過去を覚えていたからだった。





 *** ***





「・・・・・97、98ィー」

イシュリオナの回数を数える声と、荒い息が無駄に広い庭に響いていた。
休憩ナシに連続してやっているのだから、当たり前なのだが。
始めは互いのペアと話していた面々だが、日頃運動不足の者だとさすがにキツい。
今では無言で、回数を数えているイシュリオナの声しか聞こえない。   
普段から筋トレをしている李卯は余裕だったが、残りの3人は見ていて辛そうだ。
ラゼンシアより体力のない美卯に至っては、既に息も絶え絶え。
それでもペースを崩さないのは、現役高校生というプライドだった。
女性のラゼンシアより息が上がっている時点で、そんなのは砕けていたが。


「・・・・9ゥ、100ー」
「・・・・・っはあ!」

漸く目的の回数を終えた瞬間、美卯は地面に勢い良く寝転んだ。   


しんどい、腹筋が悲鳴を上げている。途中で姿勢が悪くなり少し腰も痛い。
頭の中がドクドクいっていて、もう動きたくない。   
肩で息をしながらバテていると、

「はい、じゃあ次いってみようー」
「い、イシュリ・・・・ちょ・・・・・ま・・・・・・」
「イシュリオナ、ちょっと待ってだそうです」
「駄目だよー、筋肉が冷えないうちにやらないと。っていうか、補助だしね」

折角リエルが通訳したのに、鬼(と書いてイシュリオナと読む)は見事にバッサリと切り捨てられる。
イシュリオナ=ダーゼンシュタイン、意外に容赦のない人物なのだ。

だが、あまりに美卯がゼーハーゼーハー言っているのを見て、少し可哀想になったらしい。
リエルはタオルを貸してくれて、少しだけ休憩の時間が取られた。
普段運動をしないリフェールも大分キツかったので、内心感謝していた。
そんな訳で五分後に腹筋は再開された。


・・・・・・・が、


「はい、先生ー」
「何ぃ?雫君〜」
「どうして僕の補助が、美卯君なんでしょうか・・・・・?」
雫の記憶が間違っていなければ、雫とペアを組んでいたのはラゼンシアだった。

ならば雫の補助は相手の彼女がやる筈。
しかし、そのラゼンシアはイシュリオナの補助をやっていて、雫の前には・・・・・


「・・・・・雫さん?」


少し変わった髪形だが、誰よりもプリティーで可愛い可愛い可愛い!美卯君がいた。
もしかして今目の前にいるのは、美卯君の姿をしたラゼル君なのだろうか?

「ラゼンシア、ちょっとバテちゃってさぁ、僕の補助した方が体格的に楽でしょ?だから美卯君と代わって貰ったんだよ」
「すみません・・・・・」

そう言われてラゼンシアを見ると、確かにかなり疲れているようだ。
この中で唯一(もう1人の秋姫は欠席)の女性なのだから、それも仕方ないだろう。
自分より背の高い雫を補助するよりは、子供体型のイシュリオナの方が楽なのだ。それなら仕方ない。
雫は納得すると、目の前で座っている美卯に笑いかけた。


「それじゃあ美卯君、補助宜しく頼むね」
「はい!頑張りますねっ」

補助で何を頑張るのかは謎だが、可愛いので良し。
雫は仰向けに寝て膝を90度に曲げると、美卯が両手で両足首を押さえてきた。


「じゃあはい、1〜」
そして全く普段通りの李卯の声を合図に、腹筋は開始された。




だが、それから暫くして先程終えた組はある異変に気付いた。




「・・・・・雫君、何かおかしくない?」

真っ先に気付いたのは、リエルの補助をしていた李卯だった。
それにつられたように先に補助をしている面々が一斉に雫を見ると、李卯の言葉に納得した。


雫は裏の帝王ということで武術に長けていて、毎日数時間は鍛錬していて体力も1番ある。
毎日5000回という化け物並の腹筋をしているので、100回なら楽勝だろう。

しかし、現在は違った。
俯いていて髪で表情が見えないが、雰囲気からして辛そうに見える。
体中が小刻みに震えていて、大量の汗がシャツに染みていた。まだ半分もいっていないのに、どう見てもおかしい光景だ。
補助を務めている美卯も、しきりに大丈夫かと話しかけている。

「何かずっと俯いてて、汗も異常に出てるし。ヤバくない?」
「そうですね、身体も震えているようですし・・・・・。どうしましょう、イシュリオナちゃん?」
「雫君、平気なのー?」

腹筋視ながらイシュリオナ声をかけると、雫は首を縦に大きく振ることで答えた。
その間にも黙々と回数をこなしているが、どう見てもその様子はおかしい。
腹筋をしている者達も異常に気付いて、イシュリオナがストップをかけた。


「本当にどうしたのさ?これくらいで疲れないでしょ?」
「体調でも悪いんですか?」
「リフェール、診てやってくれ」

エセルに言われてリフェールが物凄ーく嫌そうな顔をして、渋々だが雫の診察に入った。
今も俯いていて呼吸が荒く、グレーのシャツが濃い色に変わっていた。


「脈が異常に速いな、汗も異常だ・・・・・。体調が良くないのか?」
リフェールに問われて、雫は首を横に振った。だが、どう見たって様子がおかしい。

イシュリオナ達は顔を見合わせた後、どうにもならず首を傾げた。


「雫君、とりあえず少し休みなよ。周りも迷惑だし」
「そうだな、もう年だしな。三十路の手前は大変だな」

イシュリオナとリフェールに大変ムカつくことを言われて、雫は一瞬
こいつら殺したいと思った。
しかし、本気で心配しているラゼンシアやエセルにこれ以上迷惑をかけたくない。
短く溜め息を吐いて移動しようと顔を上げた瞬間、




雫は会心の一撃を受けた(ドラクエ風に)




勢い良く顔を伏せた雫に、周りの者達がギョッとした。
何かを見ないように必死で膝に顔を埋めている雫に、周りはどうしたら良いのか本気で分からない。むしろ気持ち悪い。
一体何なんだと思ったところで、漸く原因に気付いた賢者がいた。


「・・・あー、成る程ねぇ・・・・・・」


物凄くやる気のない声を上げたのは、僕らのリーダーのイシュリオナだった。
虚ろな目をして薄く笑っているとても怖い姿たったが、何に気が付いたのか気になった李卯達は声をかけた。


「何、原因に気付いたの?」
「一体何が原因なんじゃ?あんなにおかしい雫は見たことがないぞ」

ひそひそと話しかけてくる李卯達に、イシュリオナはとても嫌そうに白銀髪の頭をバリバリ掻いた。
そしてこまた嫌っそうに溜め息を吐くと、小声で真相を話し始めた。


「あれだよあれ」
「あれって何よ?」
「何のことだ?ハッキリ説明しろ」
「こっちはいい迷惑ですよ」
「だからぁ、雫君の目の前にいるの」

代わる代わる責められたイシュリオナが指した方を見て、これまた一同は首を傾げた。
雫の前には、心配してオロオロしている美卯がいたからだ。


「どうして美卯君が原因なんですか?イシュリオナちゃん」
「特に何をしたようでも無かったんじゃがのぅ」

さっぱり分からないといったリエル達を見て、にやりと笑った存在がいた。


「皆甘いねぇ。ホワイトチョコレート並に甘いよ」
「李卯」
「お、李卯君気付いちゃったぁ?」
「バッチリだよ。あれはキツイよねー」

ニヤニヤと笑っているイシュリオナに李卯も同じように笑うと、クスクスと何かを囁いている。
意外と短気なリフェールはその様にムカついた。


「一体何が原因なんだ?もったいぶらないで早く教えろ」
「まあまあ。Be Coolだよ、リフ」
「そうそう。美卯君の恰好を見て何か気付かない?」
「美卯の恰好?」

ロゴが入った白いシャツを着ていて、下は普通のハーフパンツといった服装。
変わった髪型の髪は汗で少し濡れているが、特におかしい所は無い。
至って普通の姿の美卯を見ても、ピンとくる所は無かった。


「特に変わった所なんてないぞ。それがどうしたんだ?」
「だからそれが甘いんだって。これだから童貞(リフ)はねぇ・・・・・・」
「そのルビの振り方はやめろ!不愉快にも程があるぞ!」
「そうですよイシュリオナ。リフェールさんは青春を医学に捧げただけで、モテないという訳ではないんですから」
「リエル、そのフォローは何かが違うぞ」
「ていうか、話がズレちゃってるし。イシュリオナ、そろそろ言ってあげなよ」
「ハイハイ、それまで。いい加減言うから」

暴走し始めてる面々に、イシュリオナは苦笑しながら口を開いた。


「――雫君がおかしくなってるのは、美卯君の恰好だよ」
「「恰好?」」

言われて美卯を見るが、やはりおかしい所などない。


「特におかしい様子は無いようじゃが」
「甘ーいエセル!美卯君の服装じゃなくて、様子です様子」
「様子?」
「そう。美卯君はさっきまで腹筋しまくってて、汗がダラダラです。そうなると服はどうなりますか?」
「大量の汗を掻いて、服はそれを吸収するから湿るだろ」
「リフ正解☆さて、美卯君の着ているシャツは生地が白です。汗で湿ったらどうなる?」

模範回答を述べたリフェールにご褒美の飴を無理やり押し付けて、イシュリオナはリエルに問題を出した。


「どうなるって、透けてシャツの下が見えて・・・・・・・・・・あ、」
「好きな子のシャツが汗で透けて、その中が見えちゃう・・・・・・男だったら辛いよねぇ」
「しかもこれが、手を出さないように我慢してる雫君だもんねぇ。どれだけ辛いか、想像に及ばないね」

からかうように、しかし目頭を押さえているイシュリオナと李卯に、こいつら馬鹿だとエセル達は無意識に呟いた。
だが、同じ男である彼らは、現在雫がどのような状況なのかはよく解かった。
純粋(童貞)なリフェールは赤くなって耳を押さえていたが。



漸く原因を知った一同(ラゼンシアと元凶を除く)の気持ちは1つ。
未だ蹲ったままの雫の元に行くと、

「雫君・・・・・」

優しく名を呼ぶと細い肩にそっと手を置いて、



「辛かったでしょ?もう休んでなよ」
「男なら当然のことじゃから気にするな」
「美卯達には私達が誤魔化しておきますから、どうぞ安心して下さい。もう平気ですよ」
「ゴメンね雫君。うちの兄が迷惑かけて・・・・・・・・」

そう言って生暖かく微笑むと、元気付けるように雫の肩をポンと叩いてその場を離れた。
もちろん、未だ心配している元凶の美卯を連れて。






イシュリオナ達が去っていくと、取り残されたリフェールはどうしたら良いか散々迷った挙句、雫の肩をそっと叩いた。








「・・・生理的な反応だし男なら仕方のない事だ。あまり気にしない方が良いぞ」
「・・・リフ君、嬉しいけどフォローになってないよ・・・・・・」










普段は仲の悪い異父弟の初めての優しさを嬉しく思いつつ、雫は密かに涙を流した。






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 これは実話で、体育の時間に腹筋しながら思い浮かんだネタでした(殴打)