小さい頃からあまり欲というか、物を欲しがるコトはなかった

例えば誕生日やクリスマスとかに欲しい物を聞かれても、自分からコレが欲しいと言ったコトはなかった。だから答えた言葉は『何も要らない』だった。
そういうと両親は困ったような顔になって、申し訳なくて悪いコトをしたような気がしたからTVで見たゲームやオモチャが欲しいと言った。
そうすると両親は嬉しそうな顔になって、楽しみにしててねと綺麗な顔で笑った。
そんな風に昔から、あまり物欲がなかったのだ。




家が代々の名家で裕福なのもあるし、家族が早くに死んで、人に頼るコトが出来なかったのもあるかもしれない。
今でも誕生日プレゼントをあげると言われても答えに困るし、友達がたくさん欲しいとか流行の服が欲しいとか全然思わない。レストランでメニューを見ても中々決められない典型的なタイプだ。
僕はおかしいのかなと双子の弟に言ってみたら、美卯君は欲が無いからねえ、と彼は面白そうに笑っていた。
それは僕の長所でもあるから気にするなと言って貰えたけど、今でも少しだけ気にしていた。



桂木美卯は物欲が無い。欲が無い人間だ。
僕と親しい人はそれを知っていて、僕も自覚していた。



知っていた筈なのに。












「それで李卯君、小春ちゃんに殴られちゃって・・・・。勇二君が慌てて止めてくれて、大変だったんですよっ」
「李卯君も悪戯が大好きだからね。まあ、程々どにしないとね」


水曜日の放課後、僕はこの日週に1度雫さんと会う。
雫さんは水曜日の日は僕の為に空けてくれて、2人のお気に入りの喫茶店で会っている。
そのお店はシンプルだけど暖かい雰囲気で、知る人ぞ知るお店という感じでいつもあまり人が入らない。毎週毎週来ているからすっかり僕達は常連になっていて、今では注文しなくても目的の商品が運ばれてくる。
僕は甘ったるい少し冷めたココアを、雫さんは何も入ってないブラックコーヒーを。それを飲みながらずっとお喋りをする。

話すのは他愛ないコトで、喋るのはほとんど僕。雫さんはあまり話さないで聞き役。
学校で何があったか、こんなコトがあったとか。そんな僕の話を雫さんは楽しそうに聞いてくれる。
2時間くらいしか会えないけど、僕はその時間が何よりも好き。楽しくて楽しくて、いつまでも続けば良いと真剣に願ってしまう。
でも、そんなコトは無理な訳で。

 
「あ」


雫さんが短く呟いて胸ポケットから携帯を出すと、Timeオーバー。
いつも僕達は2時間キッチリに話を中断して、荷物を持って席を立つ。
ゴメンねとすまなそうに謝る雫さんに、僕は慌てて首を横に振る。


日本を裏から操る雫さんにとって、2時間はとても貴重な時間。いつも海外だの何処其処だの飛び回っていて、とても忙しいと聞いたから。それを空けるのがどんなに大変か、さすがの僕でも分かっている。
だから僕こそ謝って、ありがとうございましたと言う。

そうすると雫さんが笑って『また来週ね』と言ってくれるのを知っているから。
僕は手を振って雫さんが黒塗りの車(周りは皆避けてる)に乗るのを見てから、誰もいない家へと帰っていく。


 
僕の家には誰もいない。
1人で住んでいるのに3LDKのマンションはとても広くて、明かりのついていない家に帰るのはとても寂しい。

小さい頃に家族は死んで、唯一の家族である双子の弟とは別々に住んでいる。
別に仲が悪いとかじゃなくて、家の当主である弟―李卯君―は、もし家に何か遭ったときに危ないからと僕をこのマンションに住まわせてくれた。だから僕は帰国してから、ずっと1人で暮らしている。

家に帰ってからはするコトがあまりない。
夕食を作ってお皿を洗って、お風呂に入って学校の宿題をして(全然解けないけど)
広すぎる家は週末に掃除しているし、テレビとかはあまり見ない。まだお母さんが生きていた頃に、テレビを見過ぎると目が悪くなると言われたのを覚えているからかもしれない。
夕方のニュースと天気予報、あとはお気に入りのバラエティーだけ。
ベッドの上でクラスの子に借りた漫画(今話題らしい)を読んで、10時前にはベッドに入る。 



変わらない毎日、単調な生活。
李卯君はつまんないって言うし、イシュリオナは退屈って笑う。
でも僕にはとても大事な時間。幸せな毎日。
起きたら学校に行って、李卯君やリエルちゃん、小春ちゃんに勇二君とかクラスの皆に会えて。家族を事故で亡くして弟とも離れて、9年間を1人で過ごした僕には幸せすぎるくらい。
それで十分なんです。

十分な筈だった。









「ひっ・・・・・・・・・!」


恐怖に引き攣れた叫び声が聞こえて、それは自分の声だと自覚して僕は目を覚ました。
頭がドクドクして心臓があるようで、口の中が渇き切って気持ち悪い。持久走を走った後のように汗を掻いていて、髪が張り付いていた。
手探りで枕元に置いてあった時計を見ると、時刻はまだ12時前を指していた。
時計を置こうとして、初めて手・・・・・全身が震えているのに気付いて、ギュッともう片方の腕で手を握った。



久々に家族が死んだときの夢を見た。
目の前に迫るトラック、ぶつかって炎上した車。包帯でグルグル巻きになった自分の顔、変わり果てた家族の姿。
もう平気になった筈なのに、やはり夢で見ると耐えられない。とりあえず落ち着こうと深呼吸して、ギュッと目を瞑った。



大丈夫、アレはもう過去のコト。李卯君だけでも生きているし、僕も元気に生きている。
必死で頭の中でそう考えても、電気も付いていない暗い中、自分しかいない広すぎる部屋。
頭では分かっていても、怖くて不安で仕方ない。

でも僕は知っています。
いくら誰かに傍にいて欲しい、助けて欲しいと願ってもそれが叶えられるコトはない。
誰かに助けて貰えるなんてコトは、『本当』の意味ではないというコトを。
 
どうにか落ち着いて、カラカラに渇いて張り付く不快感を無くすために水を飲もうとリビングに行ったとき、



――RRRR



真っ暗な部屋に電話のダイヤルが光り、着信音のトルコ行進曲(初期設定がコレだった)が流れ出した。
家具にぶつからないように慌ててディスプレイを確認すると、伸ばした腕を止めてしまった。
目の前にある画面には『シズクサン』と映し出されていて、電話に出るのを躊躇う。

きっと僕は今酷い顔をしてるだろうから、でも電話だと顔は分からないから平気だし、何より雫さんが掛けてくれたんだから。
一瞬の間で脳内会議を行うと、無理矢理笑顔を作って明るい声で受話器を取った。


「はい、桂木です」
『もしもし、美卯君?雫です。こんな時間にゴメンね、寝てたかな?』
「いえ、大丈夫ですよー起きてました!宿題が終わらなくて』


受話器の向こうから聞こえたのは、やっぱり雫さんの声。
とても綺麗なその声に、ドクドクいっていた頭も落ち着いてくる。まるで鎮静剤のようだ。
そんなコトを思いつつ、折角の雫さんの電話に意識をソッチに集中する。

 
「でも、こんな時間にどうしたんですか?雫さんから電話って珍しいですねー」
『特に用はないんだけど、何か美卯君の声が聞きたくなって。それに夕方は途中で話が終わっちゃったでしょ?続きが気になってね。良ければ聞かせてくれないかな?』
「・・・・・・はいっ!」


僕の声が聞きたくなったと、さり気にとても嬉しいコトを言ってくれる。
モチロン僕が拒否なんて出来る筈も無く、途中で終わってしまった話を話し始めた。
僕が喋って雫さんが相槌を打ってくれる。きっとウンウン頷いてくれてるんだろうなと想像して可笑しかった。

 
わざわざ遅くに電話してくれて、僕の話を一々相槌を打って聞いてくれる。そんな行為がとても嬉しくて、涙が出そうになった。
雫さんにバレるのが嫌だから、本当には流さなかったけど。
貴方を泣きたくなるくらい好きなのは本当なんです。




「――あ、もうこんな時間!?ごめんなさい、こんな遅くまで!」


ふと時計を見ると、既に夜中の3時。3時間話し続けたコトになる。慌てて謝ると、電話越しに雫さんは笑った。

『ううん、僕こそゴメンね。明日は学校なのに。起きれるかな?』
「あ、全然大丈夫です!多分リエルちゃんが起こしに来てくれるから・・・・・・」


従姉妹のリエルは、毎日寝坊助の美卯の為にモーニングコールを掛けてくれて、寝過ごすと態々家まで叩き起こしに来てくれる(文字通り本当に叩かれる)
おかげでギリギリになるけど遅刻したコトはなく、とても感謝している。

そう告げると雫はまた笑い、そろそろ切ろうねと言った。
本当はまだまだ話していたい、朝までずっと雫さんの声を聞きたい。そう思ったが、雫さんだって仕事があるし迷惑をかけるコトになる。我儘を言っちゃダメだ。
そうですねと言い、おやすみなさいと言おうとしたとき、ふと雫さんが何かに気付いたように声を上げた。


「?どうかしたんですか?」
『そういえば美卯君、電話に出たときに泣きそうな声出してたでしょ?どうかしたのかなって』
「・・・・・・・へ?」


雫さんの言ったコトが分からなくて、思わず聞き返した。
そう言うと、彼は少し間を置いてから話し出した。


『今日の美卯君、何となく元気が無さそうだったし、電話のときもいつもより声に元気が無かったから。それで気になって電話したんだ。遅くにゴメンね』
「・・・それで雫さん、電話したんですか?僕の元気が無いからって・・・・・・・・」
『?そうだよ。さすがに会いに行けないから、せめて電話ならって。迷惑だったかな?』


迷惑だったかななんて、そんなコトある訳ないじゃないですか。
そう言おうとして、ふと頬から何かが伝って床に落ちたのに気付いた。
驚いて頬に触れると、透明な液体だというコトに気付いて、次から次へと流れ出した。


『・・・・・・・・美卯君?』


受話器の向こうで雫さんが僕に呼びかけたけど、唇が震えて答えられなかった。

 


雫さんはズルイ。
そんなコトを言われて、僕が迷惑な訳ないじゃないですか。
その一言が僕にとってどんなに嬉しいか、雫さんは分かっていない。また聞きたいって思ってしまうじゃないか。


『美卯君、どうしたの?・・・・・・・・・泣いてるの?』


今も僕は必死で声を漏らさないようにしてるのに、雫さんは気付いてくれる。
それがどれほど幸せか、貴方に解りますか?


 『美卯君、どうしたの?美卯君?』


せっかく電話を切ろうとしたのに、迷惑かけないようにしてるのに。そんな声で呼ばれたら、もっと聞きたいって思っちゃうじゃないか。
貴方に迷惑かけたくないのに。




「っと、・・・・・・・です」
『え?よく聞き取れなかった、もう1回言ってくれないかな?』

ああ、もう限界です。



「・・・・・・・したいです」
『美卯君・・・・・・・・・?』

貴方を困らせたくなんかないのに。





「っと、雫さんとお話したいんです・・・・・・・っ!」

困らせる僕でいたくないのに。





小さい頃からあまり欲というか、物を欲しがるコトはなかった

例えば誕生日やクリスマスとかに欲しい物を聞かれても、自分からコレが欲しいと言ったコトはなかった。
だから答えた言葉は『何も要らない』だった。
そういうと両親は困ったような顔になって、申し訳なくて悪いコトをしたような気がしたからTVで見たゲームやオモチャが欲しいと言った。
そうすると両親は嬉しそうな顔になって、楽しみにしててねと綺麗な顔で笑った。
そんな風に昔から、あまり物欲がなかったのだ。




でも今は違う。
例えば誕生日とかクリスマスとかに欲しい物を聞かれても、今なら直ぐに答えられる。
TVで見たゲームやオモチャとかじゃない。物欲ではないけど、欲ならある。


例えば、雫さんにもっと会いたいとか電話したいとか、お話したいとか。
貴方に関するコトだけドンドン欲が湧いてくる。
何も欲しくなかった筈なのに。欲を知らない僕だったのに。






『馬鹿だなあね美卯君。・・・・・・・欲しいなら、口に出して言っても良いんだよ』





 
困ったような、苦笑するような雫さんの声を聞いて、僕は益々目の奥が熱くなって鼻がツーンと痛くなった。
こんなにも何かを欲しいと思う気持ちなんて、知らなかった筈なのに。









   僕は生まれて始めて、3文字の言葉を口にした

                                              


                                         





 あまり欲しい欲しい言うのもアレですが、本当に欲しいコトは何を捨てでも手にする権利はあると思うんです。