あの時のことを、僕は今でもよく覚えてる
最後までいつもと同じだった
「ココアとミルクティー、どっちが良い?」
僕が気に入って使っているカップを手に、穏やかに聞いて来る。
珈琲が苦手だと知ってくれてるからこその言葉に、こっそりと頬を緩めた。
ココアにして下さいとお願いすると、手際良く作ってくれる。粉を軽量スプーンでキッチリと量り、お湯を注いでミルクも。
甘い物が大嫌いなのに、いつも僕が好きな甘ったるいココアを丁寧に作ってくれる。
何でもないふりをしていても、実は必死に済ました顔をしていて。甘い匂いを嗅がない様に、口で息をしてまで作ってくれる。
申し訳ないと思いつつ、僕の為に作ってくれるというのが嬉しくて仕方が無い。
形の整った眉を顰めながらも作ってくれるその姿が好きで、チラチラと盗み見る。
気配に鋭いその人は当然気付いていて、何時の間にか淹れていた自分の分の珈琲を手に、フローリングの床に直接座っている僕に向かい合うように彼も腰を下ろした。
「熱いから注意してね?」
取っ手のある方を渡してくれて、ソッと受け取る(熱いだろうに)
僕の好みを熟知して淹れてくれたココアは非常に美味しくて、ミルクとの配分も完璧。半分ほど飲んでから美味しいです!と言うと、ニッコリと笑った。
彼が飲んでいるのは、砂糖も何も入れていないブラック珈琲。以前1度だけ飲ませて貰ったが、あまりの苦さに思い切り顔を顰めた。
そんな僕を見た彼はおかしそうに、
『美卯君にはまだ早いよ』
苦笑しながらもう1杯ココアを作ってくれた彼の姿を、僕は今でも覚えてる。
美味しそうに珈琲を飲んでいる姿はまるでドラマのワンシーンのようで、ついつい見惚れてしまう。
緑がかった黒髪や、高すぎず低すぎない鼻梁。
お肌も本当に綺麗で、実はメークしてるのかな?と思ってしまう。
改めて見ると、あまりの綺麗さに直視出来なくなります。
「美卯君?早くしないと冷めちゃうよ?」
ボーッとしてた僕に気付いて不思議そうに声を掛けると、我に返った僕は慌てて少し温くなったココアに口付ける。
最初は火傷するくらいに熱かったのに、暫くすると丁度良く冷めてしまう。
飲み物を入れたカップを壊すことは出来ても、冷めてしまったお茶を再び温かくすることは出来ない
と、目の前で静かに珈琲を飲んでいるその人は言ったけど
確かに、壊れたカップも冷めたお茶も、もう戻らないけれど。
新しいカップに温かいお茶を淹れることは出来るんだよ?
そんなことを考えながら綺麗に全部飲み干すと、僕は空になったカップを手に立ち上がった。
「流しに置いてくるがら、貸してけさまい」
空いた方の手でもう1つ空になったカップを受け取り、流し台にそっと置いた。
ふと流しの横にある冷蔵庫の上に置いている時計を見ると、時刻は午後の4時頃。どうりで寒いなあと思っていた。
ペタペタという音を出しながら先程までいたリビングに戻り、ソファーに畳んで置いた上着を手にした。
「行くの?」
「はい、もう暗くなっちゃうから。李卯君が心配しちゃう」
窓から見える景色は薄暗くて、空が赤くて綺麗。
カーテンを開けているので日当たりの良い部屋は赤く染まっていて、彼のとても白い肌も薄らと赤く見えた。
きっと僕もそうなってるのかな。
僕を見ている彼の瞳が、僕と同じようだったから。
「ココアどもどもございました。僕、雫さんの作るココア凄く好ぎでしたよ!」
心からの気持ちを伝えると、彼は嬉しそうに微笑んで。
「僕も、僕が作ったココアを飲む美卯君が好きだったよ」
穏やかに話して笑うその姿は、いつも僕を見てくれていたのと同じ優しい眼差しで。
折角夕日で部屋の中が赤いから、きっと僕の顔はあまり見えなかった筈なのに。
頑張って誤魔化そうとしていたのに、涙が溢れた。
何も言わずに立ち上がった彼は、女性のようにしなやかで長いけど、僕よりずっと大きな手で僕の涙を拭ってくれた。
その仕草がとても優しくて、触れた体温がとても温かくて。
離れたくないと願ってしまった僕を許して下さい。
だって、こんなにもまだ愛おしいのに。
喉が引き攣って上手く声が出ないけど、
目頭が熱くてあまり目を開けられないけど、
唇が震えて上手く動かせないけど、
心臓が痛すぎて潰れそうだけど、
それでも精一杯、彼が好きだと言ってくれた笑顔を作った。
「さよなら、雫さん」
貴方は今、笑えてますか?
日本語訳では「私が貴方を愛していたことを貴方は知っていましたか?」という意味です。こんな結末もありかなと思いまして。
雫が政略結婚する事になって別れるしかなかったとか。実はこれ続きがあります。