綺麗なモノ
美味しいモノ
良い香り
美しい音
温かい温度


そんなの必要ない、意味がない




だって、









   だから知らない










「リーエルちゃんっ♪」



 
今日も煩いのが来た。

放課後の図書室で珍しく本を読んでいたのに、何で分かったのか。
このバカ従姉妹は楽しそうに笑って、図々しく私の正面に座った。他に席なんていくらでも空いているのに、物好きな奴だと思う。


無視して本(英語で書かれた原書)を読み進めると、何が楽しいのかまだ奴は笑ってコッチを見ている。
その視線が鬱陶しくて、仕方なく本から目を離した。


「・・・・・・・李卯」
「何?」
「ウザい」
「うわ酷いなー。何も言ってないのに」

酷いと言う割りに、顔は笑ったままで。何故だかそれが酷く気に障って、喋る気が失せた。
それに気付いた奴は、置きっぱなしにされていた本をパラパラと捲っている。
暫くすると、どうやら内容が気に入ったらしい。ページを始めに戻して、紫色の目で文字を追い始めた。





仕事も無くて、久々の自由の時間。
それをどうして、この従姉妹と過ごさなければいけないのか。


もう1人の従姉妹はとっくに帰宅していて、今頃は雫さんとお茶でもしているだろう。
週に1度しか会えないと言っていたので、今日から朝から上機嫌で気持ち悪かった。
あの2人はとっくに相思相愛(気に入らないが)なのに、未だに手を繋いだだけらしい。
見ていて飽きないのだが、何ともじれったいモノだ。



そんなコトを考えていると、又もやこのバカ従姉妹は無遠慮に私を見ている。図書室とは本を読む為にあって、決して私を見るためのモノではない。
こういう時に限って、この部屋には私とコイツしかいない。
それでも立ち上がる気もせず、自分でも分からないくらい苛々しながら本に視線を戻した。


「・・・・ねえリエルちゃん」
「何ですか?」

暫くすると、今度は本に視線を向けたまま口を開いた。無視してもまた面倒になるだけなので、私も仕方なく口を開く。
それについては何も言わず、従姉妹は話を続けた。


「あのさあ」
「はい」
「好きだよ」
「何がですか?」

主語と述語を正しく使えと、習わなかったのだろうかこのバカは。頭が良いだけに余計に始末に終えない。
本当は大学を卒業出来るほどの頭脳なのに、どうしてこんな平でしかない高校に好き好んで通っているのか理解出来ない。
慣れているので今更口には出さないが、コッチも疑問で返してやった。


が、酷く冷たい言い方をした筈なのに、そんなコトでコイツは怯まない。
細く長い指でページの端を摘みながら、一瞬だけ私を見ていた。





「俺、リエルちゃんが好きだよ」


もう何度聞いただろう、聞き飽きた言葉。
これが普通の者だったなら、どんな反応を示すのだろうか?
コイツは顔だけは良いので女性によくモテていて、手紙も頻繁に貰っている。その女子達なら、きっと大変喜ぶのだろう。

でも、



「そうですか」

私はそれだけ言うと、途中で止まっていた文字を再び追い始めた。
終礼が終わってからずっと読み続けている本は、ようやく終盤に差し掛かってきたからもう終わるだろう。珍しく気に入った話だったので、今日中に読めるコトに安心した。

私が少しも聞いていないのを知っているので、奴は話を続けた。


「小さい頃からずっと、ずっとリエルちゃんだけが好きだよ」
「従姉妹同士ですからね。小さい頃から知っているのは当たり前でしょう」
「俺の家が事故に遭って、美卯君と俺だけが生き残って俺が入院してたとき。リエルちゃんが見舞いに来てくれて慰めてくれた時から、ずっと好きだよ」




コイツが事故に遭ったコトは、よく覚えている。
私の母の姉夫婦の一家が事故に遭い、幼い双子の兄弟を残して後は全員死亡。
それが名家の一家(こんな奴の家が由緒正しいとは信じられないが)だったので、ニュースで騒がれたのを記憶している。


その時の私はまだ8歳だったが、既に高校を卒業出来るくらいの知能は持っていた。
こいつが家族を亡くしたのと、名家だからこその遺産を巡る醜い争いに巻き込まれるのは予想していた。


だからなのだろう。
病院のベッドの上で包帯だらけの姿で魘されるコイツを見て、最初で最後の子守唄(テレビで見たのを)を歌ってやったのは。
それ以来コイツは私を好きになったらしい。



だが、私にはそんなコトなどどうでもいい。
今日は仕事がなかったが、帰ったら株価などニュースをチェックして、明日も明け方には起きてトレーニングして。
学校に通ってもう片方の従姉妹に甘えられて、学校が終わったら会社に直行して仕事して。
今や私しか残っていないのだから、家の会社は私が継ぐしかなかったから。
そんな変わらない毎日が待っているのだろう。

だからコイツの言葉など聞かなくていい。




「・・・・・リウシフィル」
「何?」
「私は貴方が嫌いです」
「知ってるよ」

仮にも好きだと言っている相手に嫌いだと言われているのに、どうしてコイツは笑っていられるのだろうか?普通は笑えない筈なのに。
理解出来ないのがまたイラついて、眉を顰めた。


「嫌いというより、私には理解出来ません」
「うん」
「貴方が私を好きだというのも、私に嫌いだと言われているのに笑っているのも。 全てが私には解らない」
「そうだね」

だから何でコイツは笑っているのだろうか? 
先程から私は悪意を込めて言っているのに、どうして笑っていられるのか?
私には解らない、私は知らない。








 
綺麗なモノも
美味しいモノも
良い香りも
美しい音も
温かい温度も、


私は知らない。
両親の名前すら知らず、祖父の怒声と罵声を暗い部屋で過ごした私には。



綺麗なモノらしいモノは白黒にしか見えず
美味しいモノもただの食料でしかなく
良い香りなど感じられなく
美しい音など聞こえず
温かい温度も冷たいままで

私の世界にはそんなモノなど存在しない。



唯一愛しいという感情を感じられる従姉妹さえ、私はその色を知らない。
青いらしい髪の色も、とても綺麗だというその瞳も私には白黒でしか感じられないのだから。


だから私は知らない、理解出来ない。理解しなくていい。







「貴方なんか嫌いです、私を好きにならないで下さい。私にはそんなモノなど解らない」


これ以上コイツの顔が見たくなくて、もう少しで終わる所だった本を閉じて席を立った。
床に置いていた鞄を手に取ると、足早に入り口に向かって図書室を出た。

だが、ただの雑音にしか聞こえない私の耳は良くて。聞きたくない言葉を拾ってしまった。








「それでも俺は、リエルちゃんが好きなんだよ」








その言葉を聴いた瞬間、凄まじい音を立てて扉が閉められた。
既に誰もいない校舎に響き渡るが、もう校内に残っている者がいないのが幸いだった。


 
早く帰りたい、一刻も早く帰らなくてはいけない。
誰も見てないのを良いコトに、私は階段の手摺を飛び越えて一気に下の階まで飛び降りた(運動神経は良い)。









私は知らない、私には理解出来ない。


きっと今頃、酷く落ち込んでいるだろう奴の顔を思い浮かべて。ああ見えてかなり繊細だから、泣いているかもしれなくて。いや、きっと泣いている。


そんなコトを考えて痛む胸も、酷く不快になる気持ちも。













頬を伝う液体が流れる意味もその理由も、私は知らない。
 






 リエル初登場。実はこんな性格してます、かなりグルグルです。
 この2人は特にどちらが攻とか決めてなく、くっつくまでが痛くて長い長い。別にシリーズやった方が良いくらいです。

 ちなみに「リウシフィル」というのは、クリスチャンだった李卯の母親がつけたかった名前です。