空から東京の桜を撮るようになったのは、25年前のふとした事がきっかけでした。
機窓から毎日のように眺めていた、茶褐色であまり変化のない東京の町に、ピンク色のものが点々とあらわれてきた事に気付いたのです。
 それまで何気なく通り過ぎていたのに、その時以来、桜を急に意識し出したのでした。あらためて見まわすと、いたるところに桜が咲いているではありませんか。そして東京の町が何となく明るく見えるように思いました。
 桜の花はピンク色ということになっていますが、実際は白に近い淡い色です。それも、つぼみの時は、まだ薄いピンク色ですが、花が開くとともにだんだん白に近くなってしまいます。そのときには、まだそのことが分からず、どうしても桜のピンク色を出したくて、本格的に撮ってみようと決心したのです。
 また、桜に葉や花の出方がいろいろあることも知りました。初めに花が咲き、花が散ってから葉が出るものと、葉と花が同時に出るものとがあります。同時にでるものは葉がいっしょに写ってしまうので、桜の淡い色が出なくなってしまうのです。そこで、花が葉より先に咲き、花つきが多く、しかも東京にたくさんあるソメイヨシノに焦点を合わせることになりました。
 ちなみに、ソメイヨシノは、江戸時代末期に染井(現在の豊島区)の植木屋さんが、オオシマザクラとエドヒガンをかけ合わせてつくった”江戸っ子”品種で、明治になって東京中に広まったようです。初めはヨシノザクラと言われていたようですが、吉野山(奈良県)にまったくないため、ソメイヨシノに改名されたそうです。
 
 
 
 

私が航空写真の世界に入ったのは、まったくの偶然からでした。写真学校を卒業したのが東京オリンピックのすぐ後で、新聞社や雑誌社はどこも必要以上にカメラマンを抱えていましたので、就職先がありません。新聞広告で暗室マンの募集をしているところがあったので行ってみたら、そこが航空写真の会社だったのです。
 当時、航空写真はまだ新しい分野で、あまり知られていませんでした。珍しいということで、仕事は多く、北は北海道から南は石垣島まで、日本全国まわりました。
 東北地方へ撮影に行ったときのことです。ある小学校の校長先生から宿に電話があり、本年をもって廃校となるので、記録に残しておきたい、ぜひ撮影してほしいと頼まれました。翌日、学校の上空へ行ってみますと、先生方と児童が、校庭に人文字をつくって並んでいました。撮影が終わると、子供達は着ている服を脱ぎ、それを手で振り回しながら、飛行機の旋回に合わせて走り出したのです。そのときの感激は、今でも私の心に強く残っています。
 さて、航空写真(斜め航空写真)は、文字どおり航空機(私の場合はセスナ機やヘリコプター)に載って撮る写真のことですが、写真を撮る以前に、飛行機に体が慣れないと作業ができません。高い所で作業する人とか、船に乗っている人も同じだと思いますが、初めの頃は気分が悪くなったり、頭の中が真っ白になったような感じがしたりしました。しかし、慣れてくると、地上での仕事と変わらなくなります。
 私は、調布飛行場を基地にしています。
まず気象室に行って撮影地の天気を調べます。そして飛べると判断したら、航務課へフライトプランを提出します。そして出発です。もちろんその前から、飛行機は整備士によっていつでも飛べる状態にされています。
 つぎに、よいアングルから写真を撮るためには、、飛行機を自分の思っている位置や角度に持っていかなければなりません。自分で操縦するわけにはいかないので、パイロットとのチームワークが必要になります。何度かいっしょに飛んでみて、パイロットの癖を知り、また私の癖も知ってもらわなければ、飛行機がほんとうの足になったとはいえません。
 天候もやっかいです。屋外で撮る写真は、みな多かれ少なかれ天候に左右されていますが、とくに航空写真は、霧やスモッグが多いときはだめです。被写体までの距離が遠いので、空気が澄んでいなければ仕事になりません。

 
 
 
   三月末ごろ、桜前線が北上してくると、毎日車で桜の咲き具合を見にいきます。そして天気予報とにらめっこ。東京の開花宣言の基準は靖国神社の桜ですが、同じ東京でも場所や木によっても違います。開花から散るまで、一週間から十日と短い命である上に、写真に向いているのは後半で、七分咲きのころが最もよいようです。
それより早いと、枝の色に左右されて薄汚く写るし、それを過ぎると、真っ白に写るので桜のイメージがなくなってしまいます。また、満開に近くなって強い風や雨に遇うと、一夜で散ってしまうこともあります。
 東京の桜を撮り続けていると、いろいろなことを発見します。その年によって咲き方(みごとさ)が違います。これは天候等の条件によるものだと思います。また、以前に写した桜が切られてしまったり、並木が少なくなったことに気付くこともあります。
 東京には緑が少ないと思っていたのに、以外とたくさんの木があります。桜もまた、お花見の名所だけでなく、公園や学校など、人々の生活の周囲にたくさんあるのです。お花見というと名所に殺到してしまうようですが、私は、都会人の身近に、生活とともにある桜を撮り続けたいと思っています。
 隅田公園の桜は対岸の浅草墨田公園と一対となって、下町の桜の一大名所となっています。そして、高速道路と隅田川にはさまているところが、なんとも東京らしい気がします。
 桜は川や池のまわり、あるいは、お堀端というように、水辺に植えられていることがたいへん多いのですが、それは桜が水とあいまって、人々に安らぎを与えるからではないでしょうか。上野の不忍池や千鳥ヶ淵公園、井の頭公園などがその代表でしょう。
 お花見というと、やはりたくさん咲いているところに行きたくなるのが人情ですが、一本か二本だけ咲いているのも絵になるものです。ただ、住宅街にある一本の桜というのは、なぜか写真になりにくいようです。
 多摩霊園の場合は、霊園内に点々と咲いているのですが、それがかえって霊園の雰囲気に合っているようです。この中に、私の好きな桜の景色があります。西のはずれの方に二、三本がひとかたまりになっていて、上からはピンクの綿アメのように見え、それがまた、まわりの墓石と調和してなんともいえません。この桜は何回か撮影しましたが、お花見の人陰を見かけたことはありません。
 中央線・西荻窪駅の北に善福寺公園があります。ここも、近くの井の頭公園と同じように、池のまわりに桜が植えられています。桜の数はそれほどでもありませんが、お花見客が少ないのでその分静かです。池のはずれにボート乗り場があります。上空から見ると、大きな桜の陰に隠れてボートが見えないくらいなのです。
 大田区の洗足池もすばらしい桜の名所です。とくに池の東側と北側にまとまっていて、花見の人々の姿が上空から見えなぐらい見事に咲きます。木も大きく、枝ぶりもよいからだと思われます。
 また、そのすぐ南側の、東急・池上線の東雪谷付近の桜もすばらしいものです。ただ、ここは池上線の土手沿いに咲いているので、地上からの花見には不向きかも知れません。航空写真ならではの美しさではないかと思います。
 
 
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