彫刻家・金城実

読谷村の米軍通信所、通称「象のオリ」を臨むさとうきび畑のなかで、彫刻家・金城実は巨大なレリーフの制作に取り組んでいる。テーマは「沖縄の近・現代史」。レリーフは高さ3メートル、長さなんと100メートル。描かれるのは琉球王朝下の時代から現代までの沖縄民衆の姿である。

金城実・63歳。沖縄本島の近くの浜比嘉島で生まれた。小さい頃、オレンジやステーキ肉は海でとれるものと信じていた。沖に停泊している米軍の軍艦から冷凍肉や缶詰が海に捨てられる。それを漁師たちが「収穫」していたのだ。

おもな作品は長崎平和記念公園の「平和の母子像」や「吟遊詩人」など。読谷村の集団自決を描いた「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」もその1つだ。

100メートルレリーフの制作には、彫刻など手がけたこともない地域住民も参加しているという。金城氏はこう言う。
「次の世代がさらに100メートル、孫の世代がさらに100メートル、こうして創り継いでいけば2000メートルもある読谷飛行場をぶち抜くほどのモニュメントが出来る」

(「沖縄近い昔の旅」 森口 豁著  凱風社  1999年 より要約)

 

          

 
<金城さんに会う!>

当初は行く予定ではなかったものの、偶然見つけたので金城さんのアトリエを見学しようということになった。
アトリエの裏に車を止めて、彫刻の写真を撮っていたところ、後ろから車が近づいてきた。その車は姫子たちの車を追い越すと、数メートル先で止まった。

すると、一人のおじさんが車から降り、手招きをする。

姫子:絶対怒られると思ったよー。無断で写真撮るな!って。

Dino:そんなことないよ。それよりも「このおじさんは何者?」って思ったね。

そのおじさんは姫子たちをアトリエの中に招いてくれた。しばらくすると寝起きの金城さんが2階から降りてきた。
それからいろいろな話を聞かせてくれた。作品のこと、自分が書いた小説のこと、英語の非常勤講師をしていたときのこと、次の日に行われる平和祭りのこと。

姫子:金城さんてとってもおだやかでいい人だった!仙人みたいで、いかにも芸術家って感じだったし。

Dino:そうだね。2階から降りてきたとき、ももひきだったもんね!(笑)一言一言にすごく重みがあったね。

姫子:暑いから6,7,8月は仕事しないんだってね。まあ、無理もないね。
姫子は全然芸術のことなんてわからないけど、金城さんが見せてくれた「野仏」が心に残った。無国籍、無宗教で作ったっていうやつ。

Dino:覚えてるよ、「野仏」。印象的な作品だったね。僕はね、あのおばあさんの座像。金城さんの作品はすべて心に響くものがあるよなー。

姫子:金城さんの作品は力強い感じがするよね。残波の大獅子もそうだけど。
金城さんは美術大学とか出てないんだよね。普通の大学出て、英語の非常勤講師をしながら彫刻を作ってたんだって。

Dino:金城さんにはまた会いたいよね。今度は100メートルレリーフの話も聞きたいし。

姫子:芸術が、芸術家だけでなく、一般の人と共に社会運動になってるんだよね。姫子もできたら手伝いたいな。

 

 

 

 

           

金城さんのアトリエ内。
金城さんの座るイスには「裸の王様のイス」と書いてあった。
アトリエの裏においてあった作品群。湿気に強い漆喰でできているので、沖縄の炎天下においていても大丈夫だとのこと。

 

         

沖縄市登川の農民研修センターで行われていた「平和祭り」に出展されていた作品。「米軍に立ち向かう沖縄民衆の像」
金城さんはこの米兵(右)が持っている銃剣の剣の先が、走り回る子供にささらないか、しきりに心配していた。優しい人です。
これらはみな実在の人物。
左:復帰後初代知事 屋良朝苗
右:伊江島土地紛争 阿波根昌鴻 (残念ながら今年の3月に亡くなりました。101歳だったそうです)

 

        

残波岬にある金城さんが作った残波大獅子。
比較のために姫子が前に立ってみました。

<おまけ>平和祭りにいた生後10日のヤギ。太郎という名前だと教えてくれた。ほんとにかわいくて感動!(姫子)