作曲家ヴェルディが 遺した音楽家達の為の終の棲家。

華やかな全盛期を 充実と満足の中に過ごした音楽家も、
現役を退いた老後は、余りにも寂しく、孤独な日々を過ごしている
と感じたヴェルディは、私財を投じて、
音楽家たちの為に 余生を過ごす建物を建てました。

その建物は、思い浮かべたものとはまるで違い、
歴史あるホテルの様相を呈しているのです。

そこで働く人々も 一流のホテルマンという振る舞いをマナーとし
住む人は、管理をする全ての人から
「お客様」 と呼ばれる待遇を受けています。
その伝統は、100年を過ぎる現在も受け継がれていると…。



 そんなゆったりとした 時間の流れの中で
おぼつかない足取りで手を引かれつつも、そこで開かれる
演奏会の為に 練習に励む98歳になるピアニスト。
そのひたむきな彼の姿は 外部からの若い観客にも
生きることへの
大きな希望を与えているのです。



 関節炎で 全ての指の自由を失って入居した老婦人ピアニスト。
幼い頃から慣れ親しんだ「エリーゼの為に」を
リハビリ曲として弾き、
5年の入居で、
5本の指が 機能を取り戻した。。

夫婦での入居も、独りになる時を迎えたりではあるが、
お互いの尊厳の中で、
友情も芽生え、淡い恋も芽生え・・・互いの存在を認め合う。
人生の最後を
自分の生きてきた充実とともに 幕を閉じる事のできる環境が
そこには存在していました。



順風満帆だった人も、波乱万丈だった人も、
人生の締めくくりは穏やかに心静かに
幕を閉じたいと思うでしょう。

輝くばかりの実績かどうか、
人それぞれ生きてきた証はあるもので、
生きてきた という事が 実績そのものだと思うのです。


どのような環境の中にあっても、
人間は一人で生きてはいけないということでしょう。
その中で、
そばにいる人を 如何に理解し共感できるかによって、
良い関係が生まれるようです。



5年の歳月をかけて 5本の指の機能を取り戻した
老婦人ピアニストの姿は、
発声練習に 余念のないテノール歌手の共感を呼び、
彼は自分の伴奏を 遠慮がちに依頼したのでした。
彼女は 私で良ければと受け入れました。
そこに互いの音楽家として、そして人としての
存在を認め合う事が出来たからでしょう。

同じ環境の中に、そして、同じ様に
自己研鑽に余念のないオペラ歌手もいました。しかし、
彼は、「誰も、僕の伴奏を引き受けてくれない。歌手は
伴奏者がいなくては、その力は発揮出来ないのだよ」
と ぼやくのでした。

弾き手は、彼の身近にいるのに、
彼は自分の為だけの相手を求め、
弾き手の存在の素晴らしさを 感じる事が出来ないのでした。
誰も彼の伴奏を引き受けてはくれない・・・。



誰しも逃れられない人生の後半期。
傍にいる人の存在を認めないで、
自分を大切に出来る環境は 生まれないという事でしょう。

老人入門編である身には、興味深いテレビ放映でした。

あのホテルとは天と地ほどの差はあるにしても、
年老いた仲間が暮らせる長屋を
作りたいと思っていたのになぁと、
若かりし頃の夢を思い出してしまいました。

力?行動力?無いのよネェ〜・・・ム・ム・ム


ところで 「我が身を振り返り・・…」 という歌詞も 思い出しました。
傍らの人を大切に…ウゥ〜〜ん
これって、難問?…。



 記 
ヴェルディの遺した家